確認したつもりの返事
広場への矢印は、駅側から商店街を歩いてくると、ちょうど目の高さにあった。
高瀬さんはちらしを一枚胸の前に掲げて立ち止まる。俺は横から、通行人の邪魔にならない位置へと身体を寄せた。紙に描かれた矢印と実際の曲がり角が、ぴったり同じ方向を指している。晴れているなら迷う心配はない。だが雨が降ったときには、この正確さがかえって厄介になる。
「ここまで見てからスマホの画面を開く人、少なそうですね」
高瀬さんが言った。
「紙に正しい案内があれば、開く必要がないです」
「場所が変わったときが問題ですね」
ある店の前にある掲示板には、ちらしが透明なカバーの内側に留められていた。雨風をしのいで文字は消えない。俺にはそれが、古い案内がいつまでも残ってしまう仕掛けのように見えた。
会社へ戻ると、瀬尾がちょうど花屋からの電話を受けていた。会場についての確認だと分かり、瀬尾は店側の了承を取ってから通話をスピーカーに切り替える。俺と高瀬さんがその隣へ歩み寄った。電話口の店の人は、「雨なら屋内ですよね」と尋ねてきた。耳慣れた確認の口調だった。
「はい、屋内の交流室が候補になっています」
そこまで答えてから、俺は言葉を切った。「はい」と肯定しただけで、まるで決定事項のように聞こえてしまう。受話器の向こうで、店の人が「じゃあお客さんにもそう伝えて――」と言いかけた。
「すみません、まだ変更の決定自体は下りていません。商店街の担当の方が最終判断をしてから、正式な場所をお伝えします」
瀬尾が店の人へ同じ内容を丁寧に重ねて伝え、相手が了承した旨をメモに書き留めた。危ないところだった。電話が切れたあと、高瀬さんは持ち帰ってきたちらしの裏面をこちらへ見せた。商店街の担当者が会議中に書き込んだ、「雨天時案」という鉛筆の走り書きが残っている。
「『案』って、私たちの画面には表示されませんよね」
「画面に場所を書くのは、正式に決まってからです」
「電話だと、もっと伝わりにくいですね」
俺は静かに頷いた。相手の「ですよね」を、こちらの確認と勘違いしたのだ。名前や時刻だけでなく、その決定権が誰にあるのかまで確かめなくてはならない。
岸本さんに通話の経緯を報告すると、彼は咎めるよりも先に、店側への伝達内容を確認してくれた。
「店側は、まだ広場の予定として案内を続ける。変更が決まったら、主催者側から店へも知らせる。これで合ってるな」
「はい。瀬尾がそう伝えてくれました」
「なら、今のところはそこまででいい。久世、高瀬さんと一緒に現地の掲示を見てきてくれて助かったよ」
高瀬さんはちらしの余白に、先ほど見つけた掲示板の位置をメモしていた。俺が「全部の掲示板を回るつもりですか」と尋ねると、彼女は小さく首を横に振った。
「張り替えるのは商店街の方たちです。私は、ここにあるのを忘れないように控えているだけですよ」
「俺が何枚も自分で貼って回りそうな顔をしていましたか」
「少しだけ」
隣で瀬尾まで深く頷いてみせたので、俺は反論するのを諦めた。
窓の外はまだ穏やかに晴れ渡っている。だが昼の天気予報を見ると、週末の雨マークは昨日よりも濃くなっていた。俺が何より先に改めるべきなのは、画面上の開催場所ではない。「まだ決まっていない」と伝えるときの、返事の最初の一言だった。




