会議の席には名前がある
会議室の椅子を一つ多く出したら、岸本さんに「人数は合ってるぞ」と言われた。
俺の頭の中では、商店街の担当者、岸本さん、瀬尾、高瀬さん、そして俺。これで五人だ。並べた椅子もきっちり五つ。どこがおかしいというのだろう。
「久世は入口にも座るつもりなのか?」
「いえ」
「じゃあ、入口の椅子も数えてごらん」
入口の脇には、俺がいつも使う折り畳み椅子が置かれたままだった。六つ目だ。人を迎える準備に気を取られ、いつもの椅子を片づけ忘れるとは情けない。高瀬さんは笑いを噛み殺しながら、その折り畳み椅子を壁際へ寄せてくれた。
商店街の担当者が持参したのは、週末に開かれる体験会のちらしだった。広場にパンの成形台と花束作りのための小さな机を並べるのだという。参加には店舗ごとの予約が必要で、各店が「よやく帖」を使って受け付ける。つづりが催しそのものを主催するわけではない。予約画面に開催場所と時間を正確に表示し、問い合わせが入れば速やかに店舗へつなぐのが俺たちの役目だ。
「もし雨が強そうなら、屋内の交流室を使えますので」と担当者が言った。
岸本さんがメモを取る手を止めた。
「もう、屋内へ切り替えると決まりましたか?」
「いえ、まだです。準備だけは進めてありますが、商店街として判断を下すのは天気を見てからになりそうでして」
俺は手元の資料に「屋内案あり」と書き留めた。瀬尾は店舗ごとに連絡を入れる優先順位を確かめている。高瀬さんはちらしを手にしたまま、口を開かなかった。
隣から見ていると、彼女は紙の端を何度も親指でなぞっている。発言をためらっているのだと思い、俺は商店街の担当者へ向き直りかけた。
「あの、うちの高瀬さんが何か」
「久世、本人から聞こう」
岸本さんに遮られ、俺は口を閉じた。高瀬さんは驚いたようにこちらを見やり、それから手元の紙を机の真ん中へ置いた。
「このちらしは、もう配り始めていますか?」
「ええ。先週から店頭にも置いてありますよ」
「場所の表記が『広場』になっていますよね。もし途中で屋内へ変更した場合、予約した人には画面で知らせられます。でも、この紙だけを見て直接向かう人もいるのではないでしょうか」
ちらしの下部には、小さな矢印のイラストまで添えられていた。広場へ続く角を曲がるための案内だ。俺はシステムの「場所」の入力欄ばかり気にしていて、印刷物の導線まで頭が回っていなかった。
「紙のほうは、商店街側で差し替える形を取ります」と担当者が答える。「ただ、どの店舗に何枚ずつ配ったかまでは、今すぐには把握できなくて」
「場所を変更すると決まったら、張り替えが必要な箇所も一緒に確認しましょう」と岸本さんが引き取った。
会議の終わりに、高瀬さんはちらしを一部持ち帰る許可をもらった。駅から広場へ向かう人の目線で、あの矢印がどう見えるのかを確かめたいのだという。午後のスケジュールを確認した岸本さんは、俺にも同行するよう指示を出した。
会議室を出る際、高瀬さんがさっきの折り畳み椅子を静かに畳んだ。
「久世さん。さっき、私の代わりに質問しようとしてくれましたよね」
「発言しづらいのかと思ったので」
「紙に何が書いてあるのか、もう一度確かめたかっただけなんです」
「……待つべきでしたね」
「はい。……でも、最初に椅子を用意してくれたのは助かりました」
俺は彼女から折り畳まれた椅子を受け取った。座る場所を整えることと、相手の言葉まで肩代わりすることはまるで違う。会議室の机に残されたちらしには、広場を指し示す矢印がまだはっきりと描かれたままだった。




