質問は一つずつ
高瀬さんに最初の電話記録を任せる日、俺は説明用のメモ用紙を二枚用意した。
店の名前、折り返す時刻、予約の内容、相手が何に困っているか。順番に確かめていけば問題ない。俺はそう説明しながら、過去に間違いやすかった事例を紙の余白へ書き足していった。
「同じ店から二回電話がかかってくることもあります。時刻が近いなら同じ件かもしれないし、まったく別の予約かもしれません。人数だけを見ても判断できないので、画面の表示状況も」
ふと気づくと、高瀬さんの鉛筆を動かす手が止まっていた。
「いまの、最初の電話で全部確認するんですか?」
「必要な分だけで大丈夫です」
「その『必要な分』が、まだ分からなくて」
彼女は空白の目立つ記録用紙を見つめていた。分かったふりをして頷かれるよりずっと助かるのに、俺は先回りして情報を詰め込みすぎ、かえって彼女を黙らせていた。
瀬尾が横から用紙を一枚引き寄せ、店名の記入欄に指を置いた。
「私なら、最初に聞くのは『どちらのお店ですか』だけかな。次の質問は、相手の答えを聞いてから決めるよ」
「それだけでいいんですか?」
高瀬さんが尋ねる。
「うん。それだけで、電話の相手が一軒に絞られるでしょ」
俺は用意した二枚の説明用紙を裏返した。自分の頭の中では最初から相手の店が分かっているから、次の手ばかり考えてしまう。だが、初めて対応する人間にとっては、まずその一軒を特定することから始まるのだ。
午後、瀬尾が受ける問い合わせを高瀬さんが隣で記録することになった。電話の相手は小さな花屋だ。予定されている体験会で花束作りの席を申し込んだ客から、「案内されている時間が二つあって分からない」と相談されたらしい。
高瀬さんは鉛筆を構え、瀬尾の投げかける短い質問に耳を澄ませた。
「お店のお名前を確認してもいいですか。……はい。今、お客様が見ているのは、お店からの紙でしょうか。それとも予約の画面でしょうか」
瀬尾は相手の返答をじっと待った。高瀬さんが用紙に「紙」と書き留める。俺は隣から、管理画面に表示されている二つの時刻を指差しかけて、すっと手を引っ込めた。まだ店側がどの案内用紙の話をしているのか、特定できていない。
「店頭の案内ですね。では、そこに書かれている時刻を一つ読んでいただけますか」
相手の答えを聞いてから、瀬尾は店側の控えと管理画面のデータを照合した。店頭の紙は告知を作った時点の予定で、予約の受付開始時刻が印刷されていたのだ。客が実際に参加する開始時刻とは別だった。店の人が案内の横へ「申し込み開始」と書き足し、客には正しい参加時刻を改めて伝えることで話がまとまった。
通話が終わると、高瀬さんは手元の記録用紙を俺へ見せてくれた。店名、紙に記載されていた時刻、店側が客へ伝えた対応内容。余計な例は書いていない。
「これで、あとから見ても伝わりますか」
「伝わります。ただ、この行に『申し込み開始』と一言添えておくと、次に引き継ぐ人が時間の取り違えを起こさずに済みますよ」
「あ、確かにそうですね」
高瀬さんは鉛筆で書き足した。俺が口出しして答えを埋めるより、彼女が自分で動かす手のほうがずっと速い。
「久世さん、一つ質問してもいいですか」
「もちろん」
「さっき、途中で指を引っ込めましたよね。何か言いかけましたか?」
見られていた。俺は裏返したままの二枚のメモ用紙へ視線を落とした。
「画面に出ている時刻を先に教えようとしたんです。でも、相手が手元の紙を見ている以上、まずその紙に何が書いてあるかを聞かないと話が噛み合わなくなりますから」
「じゃあ、それもメモしておきます」
「俺の失敗まで記録するんですか」
「いえ、私が次にやってしまいそうな失敗として、です」
高瀬さんは用紙の端へ、小さく印を書き入れた。俺が二枚にわたって書き連ねた説明書きよりも、その控えめな印のほうが、次の電話で役立つかもしれない。




