↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第1章 異世界の森

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/13

第8話 十歳の体

 まずは、この身体に慣れること。それから、この家で暮らせるようになることだ。


 焦る必要はない。一つずつ、診ていけばいい。


 そう決めて、儂はまず家の中を見て回ることにした。


 小さな家だった。寝室と居間、台所に物置、それから簡素な便所があるくらいで、家具も必要最低限しかない。それでも生活するには十分だった。


 棚には保存の利きそうな食料が並び、鍋や食器、着替えまで揃っている。


「ありがたいのう」


 神から聞いていた通り、しばらく暮らすには困らなそうだ。


 机の上には何冊かの本も置かれていた。この世界について書かれたものだろう。本来なら真っ先に読むべきなのだが――。


 儂は窓の外へ目を向けた。


 身体が、うずうずする。 

「……いかんな」


 九十二にもなって、これほど気が急くとは。


 いや。今は十歳だった。


「それなら、仕方あるまい」


 ニカッと笑って、外へ出た。


 ・・・・・・


 朝の空気が全身を包む。


 まず大きく伸びをしてみる。腕を上げ、肩を回し、そのまま腰を折って両手を地面へ伸ばした。


 ぺたり、と掌がつく。


「ほう!」


 身体を起こし、今度は両脚を大きく左右へ開いて座る。そのまま上体をゆっくり前へ倒していく。股関節はほとんど抵抗なく開き、脚の内側にも強い張りはない。思っていた以上に、柔らかい身体だった。


「これは柔らかい!」


 思わず笑ってしまった。


 九十二歳まで身体を動かし続け、同年代と比べればかなり柔らかかったはずだ。それでも、十歳の身体はまるで違う。


 筋も腱も瑞々しく、関節にも余裕がある。頭で思い描いた動きに、身体が素直についてくる。


「若いというのは、たいしたものじゃ」


 脚を前へ、横へ、後ろへと振ってみる。どの方向にも軽々と上がり、身体を動かすこと自体が楽しかった。


 だが、何度か試したところで儂は動きを止めた。


 柔らかい。軽い。


 その代わり、まだ力はない。


 腿は細く、背中も薄い。腹にも十分な力がついていない。


 当然だ。十歳なのだから。


「さて。どう育てるかのう」


 一瞬、昔の鍛錬法が頭をよぎったが、すぐに打ち消した。


「いやいや」


 焦る必要など、どこにもない。


 この身体は未完成なのではない。今まさに育っている途中なのだ。


 ならば、その邪魔をしてはいけない。


 急いで筋肉をつける必要も、無理に負荷をかける必要もない。むしろ今の柔らかな身体だからこそ、関節を十分に動かし、全身を伸びやかに使う方がいい。


 歩く。走る。しゃがむ。跳ぶ。


 そして、よく食べ、よく眠り、よく動く。


「まずは、それで十分じゃ」


 身体は、こちらが余計なことをしなくても自分で育っていく。


 必要なのは、その力が働けるようにしてやることだ。


 それは治療と同じだった。


 そして、もう一つ。


 儂は森へ目を向けた。


 木々の間には、地球では感じたことのないほど濃密な気が満ちている。


 これから何十年と使う身体ならば、まずこの世界の気に馴染ませていかなければならない。


 身体だけではなく、儂自身の気をこの世界に馴染ませる必要がある。


「さて……」


 足を肩幅ほどに開く。


 膝を緩め、肩の力を抜き、顎をわずかに引く。頭頂は天へ、足裏は大地へ。


 そして、何もしない。


 ただ、立つ。


 傍から見れば、それだけにしか見えないだろう。


 だが、気を育て、練り上げるうえで、この「ただ立つ」という稽古は何より大切だった。


 九十二年間磨き続けてきたものを、十歳の身体でもう一度、最初から始める。


「まずは、ここからじゃな」


 目を閉じると、森の気が静かに儂を包んだ。



挿絵(By みてみん)


お読みいただき、ありがとうございます。

明日も二話投稿する予定です。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。