第66話 鍼灸師は治さない
「先生ー!」
明るい声が聞こえた。
振り返ると、ロイズがこちらへ駆けてくる。
その腕の中から、灰色の影が飛び出した。
「ニャアー!」
ドン!
「うおっ!」
グレイがロイズの腕を蹴るように飛び出し、そのまま儂の胸へ飛び込んできた。
「そりゃねえよ、グレイさん!」
……そういえば、いつの間にか“さん”付けになっておったな。
「さっきまで大人しく抱かれてたでしょ!」
ロイズが情けない声を上げた。
パシン!
追いついてきたサラが、ロイズの後頭部を叩いた。
「痛っ!? サラ先輩、何するんですか!」
「何するんですか、じゃないでしょ! あんた、さっき何したか分かってる?」
「グレイを助けようと……いや、なんの役にも立たなかったですけど……」
「そうじゃない! 勝手に飛び出して! あんたまでやられたらどうするつもりだったの!?」
「でも、グレイが危なかったんですよ!」
「それは分かってる!」
サラは大きく息を吐いた。
「……まったく。無事だったからよかったものの」
「……すみません」
ロイズが頭を下げた。
サラはしばらくロイズを睨んでいたが、やがて表情を緩めた。
「……まあ、グレイを守ったことだけは褒めてあげる」
「サラ先輩……!」
「あの時のあんたは立派な騎士だったよ。だからって、次も勝手に飛び出したら承知しないからね」
「はいっ!」
ロイズが嬉しそうに背筋を伸ばした。
儂の言いたいことは、サラが全て言ってくれたようじゃな。
考えなしの行動と叱られても仕方ないが……儂もあの時のロイズは立派な騎士だと思う。
「まったく、アドヴァーンの騎士たちはみな面白いのう」
「ニャ」
小声で呟いた声に、そうだね、とグレイが同意する。
「グレイ、さっきは助かったぞ」
「ニャー!」
どういたしまして!と言っておる。本当に頼りになる相棒じゃ。
頭から背中まで、わしゃわしゃと撫で回す。
ゴロゴロゴロゴロ……。
「ほれ。やっぱり猫ではないか」
「ニャア!」
「大したものじゃ」
「ニャ!」
誇らしげに胸を張っておる。
「そういえば……おぬし、さっき光っておったぞ」
「ニャ?」
「身体に模様が浮かんでおったが、あれはなんじゃ?」
「ニャア?」
首を傾げる。
どうやら、本人にも分からんらしい。
「うーむ……」
アリエルとグレイ、それに青龍にも現れた、光の経絡のようなもの。
やはり、何かある。
調べたい。非常に調べたい。
「……ニャ?」
グレイが、少しだけ警戒するような目で儂を見た。
「……まあよい」
今は我慢じゃ。後でじっくり調べよう。
「…………ニャ?」
大丈夫じゃ。
嫌がることはせん。
なるべくな。
「先生、ご無事ですか?」
念のため周りを警戒していた、ガイルも近づいてきた。
「うむ。なんとかなったようじゃな」
ガイルは青龍とエルヴァーナを見上げ、しばらく言葉を失っていた。
青空の下、青龍は神木に静かに身を寄せ、その全身にはまだ淡い光が残っている。
エルヴァーナの枝葉も、すっかり青々と繁り、風に揺れていた。
「……これを、『なんとか』と言うのですか」
ガイルがようやく呟いた。
「私は、先生のお力を知っているつもりでした。ですが……」
ガイルはそこで言葉を切り、再び青龍を見上げた。
やがて、ゆっくりとこちらへ向き直る。
「……見事でした」
そして、深く頭を下げた。
「何より、あの龍を最後まで患者として見ておられた。その姿に、心を打たれました」
「ありがたい言葉じゃ」
儂も、青龍を見上げた。
「じゃが、儂が治したわけではないぞ」
グレイをそっと地面へ下ろす。
「儂は、治るきっかけをほんの少し作っただけじゃ」
青龍を見る。
その身体の中には、まだ蛇気がある。
消えてはいない。
だが、もう龍気と争ってはいなかった。
白と黒。
二つの異なる気が、互いを消すことなく、穏やかに巡っている。
「治したのは、あやつ自身じゃよ」
青龍は、自らの力で立ち直った。
そして、エルヴァーナも。
この森もまた、自らの力で蘇ったのだ。
儂は神木へ歩み寄った。
最後にもう一度、確かめておきたい。
巨大な幹の前に立つ。
青々とした葉の隙間から、朝の光が降り注いでいる。
つい先ほどまで弱っていた姿が、嘘のようだった。
「元気になったのう」
そっと手を伸ばす。
神木エルヴァーナへ、掌を触れた。
その瞬間――森が消えた。
お読みいただき、ありがとうございます。
一件落着の穏やかムードから一転。
青龍編はまだもう少しだけ続きます。
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