第65話 三つの青
青龍の身体に、光の経絡が次々と浮かび上がっていく。
頭から首へ、背から四肢へ、そして長い尾の先まで。
淡く細い光が、経絡をなぞるように巨大な身体を駆け巡っていた。
「グルゥ……」
青龍が、ゆっくりと頭を上げる。
その目は空を見ていた。
ふわり。
次の瞬間、青龍が宙へ舞い上がった。
「おおっ!」
巨体が一気に天へ昇る。
神木エルヴァーナの巨大な枝葉を抜け、そのまま厚い雲の中へ飛び込んでいった。
青い身体が、雲の中へ消える。
一瞬、森に静寂が訪れた。
グォォォォォォォォォォォ――!!
天を震わせるような咆哮が、雲の向こうから響き渡る。
その直後、空を覆っていた厚い雲が、大きく揺らいだ。
「おぉ……!」
雲の中心から、青空が覗く。
そこから一気に裂け目が広がり、厚い雲が左右へ押し分けられるように散っていった。
「雲が……!」
まるで青龍の咆哮そのものが、空を切り開いたかのようだった。
それまで薄暗かった森へ、眩しい光が降り注いだ。
現れたのは、どこまでも澄み渡る青空だった。
「なんと……」
その青空を――青龍が舞っていた。
長い身体をしなやかにくねらせながら、大きく旋回する。
全身に浮かんだ光の模様を輝かせ、広い空を自由に駆けていく。
先ほどまで苦しみ、怒り狂っていた姿が嘘のようだった。
どこか鈍く見えていた青い鱗も、今では一枚一枚が光を受け、まるでサファイアのように鮮やかに輝いている。
あまりにも雄大で、神秘的だった。
しばらく、声を出すことさえ忘れて空を見上げていた。
青龍はもう一度、大きく天を旋回する。
そして今度は、神木エルヴァーナへ向かってゆっくりと降りてきた。
巨大な枝々の間を抜け、長い身体が神木の幹へ巻きついていく。
ドクン。
足元から、深い脈動が伝わってきた。
「おぉっ!神木が!」
神木エルヴァーナが光っている。
青龍の身体を巡っていた光が、今度は神木へと流れ込んでいく。
幹から枝へ。
枝から、その先へ。
やがて、枯れていた枝の先から、小さな緑が顔を出した。
新芽だ。
一つ。また一つ。
いや――それだけではない。
見る間に、数え切れないほどの新芽が次々と芽吹いていく。
「まるで森全体に治癒魔法をかけたかのようじゃな……」
黄色く変色していた葉が、鮮やかな緑を取り戻していく。
枯れた葉は風に乗って舞い落ち、そのあとから新しい葉が次々と開いていった。
再生は、一つの枝だけでは終わらない。
隣の枝へ。
さらに、その隣へ。
まるで命そのものが駆け抜けていくように、緑が神木全体へ広がっていく。
ザアアアアアア――!
そして、無数の青葉が、一斉に繁った。
先ほどまでとはまるで違う、爽やかな風が森を吹き抜ける。
神木の葉が揺れ、その周囲の木々も揺れる。
足元の草花までが風にそよぎ、森全体が長い眠りから目覚めたようだった。
雲を払った空から降り注ぐ日の光が、蘇った神木エルヴァーナを照らしている。
その巨大な幹には、宝石のように輝く青龍が静かに巻きついていた。
青い龍。
青々と繁る神木。
そして、どこまでも澄み渡った青空。
三つの青が重なり合い、目の前に、この世のものとは思えないほど美しい景色を作っていた。
見ているだけで、胸の奥まで澄んでいくようだった。
儂はしばらく、その光景を黙って見上げていた。
これが――本来の聖域エルヴァーナの姿なのだろう。
ん?青龍がこっちを見ておるのか?
儂は青龍に向けて、ニカッと笑って見せた。
「よかったのう」
お読みいただき、ありがとうございます。
青空に青い龍は、想像するだけで美しいですね。
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