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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第3章 神木エルヴァーナと青い龍

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第63話 鍼灸師の願い

 青龍が、こちらを睨みつけている。


 低い唸り声が森に響き、大きな身体が呼吸するたび、地面まで震えているようだった。


 その身体の内側では、龍気と蛇気が激しく渦巻いている。


「苦しいじゃろう」


 儂は青龍をまっすぐ見つめた。 

「安心せい。今、なんとかしてやるからな」


 ニカッと笑いかける。


 もちろん、返事はない。


 ただ、その鋭い眼光がほんの少しだけ戸惑って見えた。


 言葉が通じているわけではないようだが。


 治療を始める時、儂が願うことは昔から一つだけだった。


 よくなってほしい。


 元気になってほしい。


 鍼灸師は、それだけを願って鍼を打ち、灸を据える。


 痛みが少しでも和らぐように。


 苦しみが少しでも軽くなるように。


 そして、その人が自分自身の力で、また元気に暮らしていけるように。


 七十年以上、患者を前にするたび、そう願ってきた。


 もちろん、いつもうまくいったわけではない。


 治せなかった患者もいる。


 思うような結果が出なかったことなど、数え切れない。


 それでも患者の前に立つ時だけは、この人にとって何が最善なのか、それだけを考える鍼灸師でありたいと思ってきた。


 不思議なもので、心から相手のことを思っていると、その人の身体の状態が、我がことのように感じられる時がある。


 肉体だけではない。


 心の状態まで、こちらへ伝わってくるように感じることさえある。


 無理に探ろうとしなくても、身体の方から「ここが苦しい」「ここがおかしい」と語りかけてくるように思える時もある。


 儂は、いつもその声を聞きたいと思って治療してきた。


 そして今。


 目の前にいる青龍の気が、ありありと感じられる。


 巨大な龍気の中へ蛇気が入り込み、絡みつき、その流れを乱している。


 どちらも強い。


 あまりにも強いからこそ、互いにぶつかっているのだ。


 行き場を失った力が、身体の中を上へ昇っていく。


 さらに上へ。


 首を通り、頭へと集まっている。


「そこか」


 見つけた。いや、目で見えたわけではない。


 感じたのだ。


 青龍に心から共感することで、その乱れの中心が、はっきりと伝わってきた。


 青龍の頭上。


 頭頂の一点。


 人間でいうなら――百会(ひゃくえ)というツボだ。


 龍にも百会があるのだろうか。


 百会は頭のてっぺんにあり、諸陽の会とも呼ばれる、多くの経脈が交わる重要な場所だ。


 もちろん、龍と人間が同じ身体をしているはずはない。


 同じ経穴が、そのまま存在する保証などどこにもない。


 だが、気が集まり、乱れ、詰まっている場所がある。


 ならば、今はそれで十分だ。


 そこを何と呼ぶかなど、後で考えればよい。


「まさに、頭に血が上っておるようじゃな」


 あそこへ、ミスリルの鍉鍼を当てる。刺す必要はない。


 ただ一点。


 あの場所へ、ほんのわずかな刺激を加え、滞った流れにきっかけを作る。


 蛇気を追い出すのではない。


 龍気を強くするわけでもない。


 二つの気が、自分たちの力で巡れるように手を貸す。


 それでよい、と儂は思うのだ。


 治すのは、儂ではない。


 この龍自身の身体だ。


 儂は懐へ手を入れた。


 指先に触れたのは、なめらかでひんやりとした金属の感触。


 出来上がったばかりの、ミスリルの鍉鍼だ。


 小さく細い。長さは、わずか、五センチほど。


 目の前の青龍と比べれば、あまりにも小さい。


 だが――十分だ。


 鍼は、大きければ効くというものではない。


 深く刺せば効くというものでもない。


 必要な場所へ、必要な刺激を。


 それだけだ。


 儂は鍉鍼を握り、あらためて青龍と向き合った。



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


鍼灸師が願うことは一つですね。

患者さんの最善を願って、私も毎日施術しています。


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。


続きを読んでみたいと思っていただけたら、星の評価やブックマークで応援していただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。

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