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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第3章 神木エルヴァーナと青い龍

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第62話 老鍼灸師、龍をぶん殴る

「おおっ!?」


 足場が消えた。


 しまった。診断に意識を向けすぎておったか。


 小さな身体が、そのまま宙へ放り出される。


「先生!!」


 遠くで、騎士たちの悲鳴に近い声が響いた。


 身体が空中で回り、天地が入れ替わる。


 なんとか体勢を立て直そうとした時、青龍がこちらへ顔を向けた。


 巨大な口が開く。


 その喉の奥へ、凄まじい力が集まり始めていた。


 ビリビリと空気が震える。


 青みを帯びた白い光が渦を巻き、見る間に密度を増していく。


「まさか……先生、逃げてください!」


 これまで落ち着きを崩さなかったガイルの顔色が変わった。


「あれは――ブレスだ!」


 騎士たちの間に動揺が走る。


 なるほど。これが龍のブレスか。


 できれば、もう少し落ち着いた状況で観察してみたかったが。


 地面へ落ちるまで、ほんのわずか時間。頭の中で状況を整理する。


 今、儂は空中にいる。足場はなく、かわす場所もない。


 ならば、使える手は一つじゃ。


 儂はすぐさま魔法無効化を放った。マジック・キャンセルとも呼ばれている術だ。


 騎士団との稽古で何度も試し、今ではかなり自在に扱えるようになっている。


 いつもの魔法なら、これで崩せる。


「なんじゃと?」


 消えない。


 青白い光は、そのまま青龍の口元へ集まり続けている。


 もう一度、放ってみるが、やはり駄目だ。


 耐えられているのではない。


 そもそも、儂の気が引っかからん。


 まるで何もないところを通り抜けるように、素通りしてしまう。


「これは……少々まずいか」


 青龍の口の奥で、光がひときわ強く輝いた。


 儂はブレスの直撃に備えようとした――その時。


 灰色の光が、森の奥から飛び出してきた。


「あれは……グレイ!?」


 とてつもない速度だった。


 小さな身体には、淡い光の筋が浮かんでいる。


 見覚えがあった。


 アリエルや黒龍を治療した時、身体の内側を走ったあの光。


 それとよく似た輝きが、経絡をなぞるようにグレイの全身を駆け巡っている。


 グレイは地面を蹴った。


 一気に青龍との距離を詰め、そのまま宙へ跳ぶ。


「ニャアアアッ!!」


 身体をひねりながら、前脚を鋭く振り抜いた。


 爪先から、刃のような気が走る。


 シュバッ!


 青龍の前脚を覆う鱗が数枚弾け、浅い裂傷が走った。


「グォッ!?」


不意を突かれた青龍が、反射的に傷ついた前脚を引いた。


 巨大な身体が、わずかに傾く。


 ほんのわずかな崩れだったが、ブレスの狙いを外すには、それで十分だった。


 次の瞬間――。


「グオオオオオオオッ!!」


 青龍の口から、青白い奔流が放たれた。


「――っ!」


 儂の身体すれすれを、凄まじい光が通り過ぎていく。


 直撃しておらん。


 それでも、叩きつけられるような衝撃に身体が大きく煽られた。


 儂は空中で身体を捻った。


 落下の勢いを殺しながら体勢を整え、そのまま両足で着地する。


 ブレスはそのまま森へ突き刺さった。


 ズドオオオオオオン!!


 轟音とともに、大地が揺れる。


 何十本もの巨木がまとめて吹き飛び、その向こうの木々まで次々となぎ倒されていく。


 土砂が高く舞い上がり、青白い光が消えたあとには、森を一直線に抉った巨大な跡が残されていた。


「……なんだ、あれは」


 ガイルが呆然と呟いた。


「……冗談でしょ」


 サラも目を見開いたまま、そう漏らした。


 ロイズも、ようやく声を絞り出す。



「まともに食らったら、跡形も残らねえぞ……」


 儂も思わず、抉り取られた森へ目を向けた。


「……とんでもない威力じゃな」


 さすがに、あれが直撃しておれば、儂もただでは済まなかったじゃろう。


「グレイ! 助かったぞ!」


 大きさだけを見れば、グレイと青龍など蟻と象ほども違う。


 それでもグレイは、青龍の意識が儂だけに集中した、ほんの一瞬を逃さなかった。


 グレイがこちらを見る。


「ニャッ!」


 儂が無事に着地したことを確かめたのだろう。


 すぐに青龍から離れようとする。


「グオオオオッ!!」


 怒り狂った青龍の前脚が、横薙ぎに振るわれた。


「いかん! グレイ、よけろ!」


 ドンッ!


 小さな灰色の身体が、弾丸のように吹き飛ばされた。


 木々の間を抜け、そのまま地面へ叩きつけられる。


「グレイ! 逃げろ!」


 ロイズが叫ぶ。


 グレイは立ち上がろうとした。


 しかし、脚に力が入らない。


 先ほどの凄まじい加速で力を使い果たしたのか。


 それとも、今の一撃のせいか。


「ニャ……」


 か細い声だ。


 致命傷ではなさそうだが、動けそうにない。


「グレイ!」


 その姿を見て、真っ先に駆け出したのは――ロイズだった。


「バカ! 止まんなさい!」


 サラの慌てた声が飛ぶ。


 ロイズは止まらない。


 倒れたグレイへ向かって、一直線に走っていく。


「やめろ! グレイに手を出すんじゃねえ!」


 青龍はロイズを一瞥した。


 だが、すぐに興味を失ったように、巨大な身体をグレイへ向ける。


「グルルルル……」


 再び前脚が持ち上がる。


 狙いは――グレイ。


 頭で考えるより先に、身体が動いた。


「グレイに――」


 地面を蹴る。


「何をするかあああっ!!」


 拳を振り抜いた。


 ドゴォォンッ!!


「グォオオッ!?」


 青龍の頭が大きく跳ねた。


 そのまま巨大な身体が横へ吹き飛び、木々をなぎ倒しながら地面を滑っていく。


「…………」


 森が静まり返った。 

 少し遅れて、背後から騎士たちの声が上がる。


「ええええええっ!?」


「ブ、ブルードラゴンを……!」


「ぶん殴った!?」


「素手で!?」


「あ」


 儂は自分の拳を見る。


「しもうた」


 つい。


 完全に、ついじゃ。


 今のは太極拳でもなければ、技と呼べるものでもない。


 ただ腹が立って――思い切り、ぶん殴ってしもうた。


「まだまだ修行が足らんのう……反省じゃ」


 いや、それよりも今は。


「グレイ!」


 すぐに駆け寄り、地面に横たわる小さな身体を診る。


「大丈夫か、グレイ?」


「ニャ……」


 返事はある。


 身体に触れ、骨や関節に大きな異常がないか確かめる。


 呼吸も悪くない。


「大きな怪我はなさそうじゃな」


 ほっと息を吐いた。


「動けるか?」


「ニャ……」


 グレイが身体を起こそうとする。


 しかし、すぐに力が抜けた。


「無理そうじゃな」


 先ほどの力を一気に使った反動もあるのかもしれん。


 儂はグレイを、そっと抱き上げた。


「ロイズ!」


「は、はい!」


 呆然とこちらを見ていたロイズが我に返り、すぐに駆けてくる。


「グレイを頼む」


「はい!」


 ロイズは両腕を差し出した。


「命にかえても俺が守ります!」


 力強い言葉だ。


 今は、その言葉を素直に信じられる。


 儂はグレイを預けた。


 グレイはまったく嫌がらなかった。


 普段なら、儂以外に抱かれるとすぐに身をよじるというのに、今はロイズの腕の中へすっかり身体を預けている。


「ニャ……」


 ロイズは壊れ物でも扱うように、そっと抱き直した。


「大丈夫だぞ、グレイさん」


「ニャ……」


 グレイが、さらに身体を預ける。


「ロイズ、感謝するぞ」


 ロイズは少し照れたように笑った。


「騎士なら、当然のことをしたまでです」


 気持ちのいいやつじゃな。


 こういうやつになら、背中を任せられる。


 儂は振り向き、青龍へ目を向けた。


 青龍はゆっくりと身体を起こしていた。


 低い唸り声。荒い呼吸。


 先ほどまでよりも、どこか辛そうに見える。


 儂が殴ったせいではない。多少は関係あるかもしれんが。


 巨大な身体の内側では、龍気と蛇気がいまだ激しく渦巻いている。


「さて」


 儂は黒い作務衣についた土を払い、袖を整えた。


「ちょっと手荒くなってしまったが――」


 青龍をまっすぐ見据える。


「治療の続きといこうかの」



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


ロイズがいいやつ。


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。


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よろしくお願いいたします。

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