第61話 青龍の診断
とはいえ、どうするか。
治療以前に、まず診断をしなくてはならん。
「問診は……無理じゃな」
何が辛いのか。いつからなのか。食欲はあるのか。眠れているのか。
そうやって聞ければ早いのだが、相手は龍である。
さすがに会話は難しそうだ。
「脈も、素直には触らせてくれそうにないのう」
では、舌診はどうか。
「そもそも、舌はあるのか?」
あるとは思うが。
仮にあったとしても、素直に口を開けてもらう方が難しそうじゃ。
アリエルでさえ、あれだけ苦戦したのだから。
となれば――。
「切診しかないか」
東洋医学には、四診という診察法がある。
相手の様子を目で見る「望診」。
声や呼吸の音、匂いなどを確かめる「聞診」。
症状や身体の状態について尋ねる「問診」。
そして、実際に身体へ触れて確かめる「切診」。
この四つを組み合わせて、患者の状態を判断していく。
今の儂にできるのは、最後の切診くらいじゃろう。
脈診もその一つだが、それだけではない。
皮膚の状態や筋肉の硬さ、熱や冷え。それに気の流れまで、直接触れることで分かることは多い。
「まずは、触れさせてもらうぞ。龍よ」
儂は一歩、青龍へ向かって歩いた。
グルルルル……。
青龍がこちらを睨む。
次の瞬間、空気が震えた。
来る!
青龍が巨体を持ち上げ、巨大な爪を振り下ろす。
目の前に迫る圧倒的な質量に、反射的に身体が固まりそうになる。
儂は、身体に入った余計な力を抜く。
トロトロに。水のように。
ドゴォォォンッ!!
轟音とともに地面が砕けた。
「先生ーーっ!!」
遠くでロイズの声が聞こえた。
安心せい。潰されてはおらん。
爪が地面へ叩きつけられた、そのわずかな隙をつき、儂は一歩、さらに一歩と巨体の脇へ滑り込む。
今度は、龍の尾が横薙ぎに振るわれる。
太い。電車の車体くらいはあるだろう。
「小さな虫にでもなった気分じゃな」
尾の動きをよく見る。
力の起こりは、尾の先ではない。
巨大な胴が捻られ、その動きが尾へと伝わってくる。
儂はその流れを読み、足を運んだ。
しかし、尾の長さが尋常ではない。
地を蹴り、跳ぶ。
巨大な尾が、すぐ下を唸りながら通り過ぎた。
あれだけ太いと、かわすのも一苦労だ。
巻き起こされた風圧だけで、身体が持っていかれそうになる。
「これは厄介じゃな」
でかいだけではなく、とてつもなく速い。
これほどの巨体を、この速度で動かすのか。
地球の生物ではありえない動きだ。
龍気の為せる技、ということか。
この巨体だけでも十分な脅威なのだ。
人類にとって不可侵の存在とされるのも頷ける。
青龍が大きく身体を捻り、再び儂へ狙いを定める。
次の動きに警戒しながら着地した。
このままでは、まともに触れることもできん。
どこか、取りつけそうな場所は――。
あそこじゃな。
振り下ろされる腕をかいくぐり、その勢いのまま跳ぶ。
ようやく、儂は青龍の背へ乗ることができた。
「では、診断させてもらうぞ」
両手を、その青い鱗へそっと触れる。
「これは……たいしたものじゃ」
まず、鱗が硬い。まるでミスリルの板に触れているようだ。
だが、その奥には確かな温もりがあった。
儂は手のひらを押し当て、少しずつ意識を深めていく。
「……なんという生命力じゃ」
とてつもない量の龍気が、奔流のように身体の中を巡っていた。
人間とは、桁が違うどころではない。
実体を持ちながら、なかば霊体のようでもある。
あの小さな黒龍もそうだった。
龍とは、おそらく龍脈の気が形を得たような存在――いわば、龍脈の化身なのだ。
儂は手のひらをわずかに移動させた。
すると、気の流れに違和感があった。
力が弱いのではない。
むしろ、恐ろしいほど強い。
それなのに、流れが滑らかではないのだ。
勢いよく流れてきた龍気が、あるところで押し返される。
別のところでは、渦を巻くように乱れていた。
「なるほど……蛇気が原因であるのは間違いないようじゃな」
龍気の中に入り込んだ蛇気が、あちこちで流れを妨げている。
だが、直接触れてみて、ようやく分かった。
龍気そのものが衰えているわけではない。
十分すぎるほどの生命力がありながら、それをうまく巡らせることができずにいるのだ。
「気が足りんのではない。巡らせることができんのじゃな」
儂はもう一度、両手を鱗に当てた。
今度は、気の流れをさらに詳しく探ってみる。
上へ昇ろうとする気が、途中で押し戻される。
下へ降りようとする気も、蛇気と絡み合って流れを妨げられていた。
「……気の昇降が乱れておるな。それも、とんでもない規模で」
手のひらを少し移動させるだけで、伝わってくる気の状態が変わる。
滞っているところもあれば、激しくぶつかり合っているところもある。
これほどの巨体じゃ。
どこが滞りの中心なのか、今の段階では見当もつかない。
それでも、一つだけ確かなことがある。
この龍は、弱っているのではない。
あり余るほどの力を持ちながら、その力に苦しめられているのだ。
「あれほどの気が身体の中でぶつかっておれば……これは苦しいじゃろうな」
その時、青龍が吠えた。
巨体が激しく捻られる。
「おっと」
儂は体勢を崩さぬよう、その動きに合わせる。
さて、どう治療したものか。
黒龍の時は、朧灸でうまくいった。
だが、これだけ激しく暴れている相手に灸を据えるのは難しい。
米粒ほどの艾を置いたところで、一瞬で振り落とされるじゃろう。
指圧はどうか。
儂はあらためて青龍の巨体を見る。
「この大きさでは、さすがに骨が折れるのう」
となれば、使えそうなものが一つある。
出来上がったばかりの――ミスリルの鍉鍼。
「こんなに早く役に立つとはの」
そう呟いた、その時だった。
青龍の身体が大きくうねる。
「おぉっ!?」
足元が、一気に傾いた。
次の瞬間、儂の身体は宙へ投げ出されていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
青龍の全長は70〜80メートルほど。
初代ゴジラが50メートルなので、それよりさらに長いイメージです。
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