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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第3章 神木エルヴァーナと青い龍

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第60話 荒ぶる青龍

 神木エルヴァーナの幹へ、そっと手を触れた。


 目を閉じ、神木の内側へと意識を向ける。


 まず感じたのは――大きさだった。


 巨木そのものの大きさではない。


 この巨大な木を巡っている気の量と、その先につながる大地の気の広がりだ。


「これは……」


 森の湖で黒龍に感じたものと似ている。


 だが、そのスケールが比較にならないほど大きい。


 大地の奥深くに、とてつもなく大きな気の集まり――龍穴がある。


 やはりじゃ。


 神木エルヴァーナは、龍穴と深く関わっている。


 しかも、ただその上に生えているというだけではない。


 大地へ深く伸びた無数の根が、巨大な気の流れそのものへ食い込むようにつながっている。


「すごいのう……」


 これほど大きな龍穴もあるんじゃな。


 だが、問題はそれだけではなかった。


 巨大な龍気の中に、別のものがある。


「やはり蛇気もおったか」


 それも、かなり多い。


 アリエルの身体で感じたもの。


 森の湖でも感じたもの。


 この世界の龍気とは、性質の異なる気。


 その蛇気が、巨大な龍穴の中で渦を巻いている。


 ただ混ざっているのではない。


 龍気と蛇気。この二つの異なる流れが、互いに絡みつき、押し合うようにして、流れそのものを邪魔している。


「これは……苦しそうじゃな」


 その時だった。


 ぞくり、と掌から何かが伝わってきた。


 気の流れが、変わった。


 いや――違う。


 儂が触れたことで、何かが目を覚ました。


「……まずい」


 考えるより先に声が出た。


「みな、下がれ!」


 次の瞬間。


 ザザザザザザッ――!


 神木エルヴァーナ全体が、大きく揺れた。


「なっ!?」


「神木から離れろ!」


 ガイルの号令が飛ぶ。


 反応が速い。こんな時でも落ち着いておるな。


 無数の葉が舞い、太い枝々が軋みを上げる。


 風など吹いていない。


 それなのに、あれほど巨大なエルヴァーナそのものが震えていた。


 やがて、地面まで揺れ始める。


 ドドドドドド……。


「先生!」


 ロイズが儂の方に来ようとする。


「儂に構うな! もっと下がれ!」


 儂も幹の根元から離れる。


 その直後だった。


 頭上から、低い音が響いた。


 ゴォォォォォ……。


 獣の唸り声とも違う。地鳴りのような、空気そのものを震わせる音だった。


 儂はゆっくりと見上げる。


「…………ほう」


 枝葉の奥で、何かが動いた。


 最初は、巨大な枝が揺れたのかと思った。


 だが――違う。


 青い。深い、青。


 枝葉の影から、まず巨大な頭が現れた。


 長く伸びた口元。鋭く並ぶ牙。


 額からは、天を衝くような二本の角が伸びている。


 その下で光る目は、ただこちらを睨んでいるだけで、身体が硬直しそうなほど力強い。


 続いて、長大な胴が姿を現した。


 太い四肢の先には、鉄でも切り裂きそうな鋭い爪。


 首筋から背へと続く白銀の鬣が揺れ、全身を覆う青い鱗が、木漏れ日を受けて鈍く光っている。


 一本一本の鱗が、まるで磨かれた青い金属のようだ。


 頭から尾の先まで、七、八十メートルはあるだろうか。


 あれほど巨大なエルヴァーナの幹に絡みついてなお、少しも見劣りしない。


 荒々しいほどの力強さ。それでいて、どこか神々しいまでの存在感があった。


 これは……青龍か。


 巨大な青い龍が、神木エルヴァーナの幹に絡みつくようにして、その全貌を現した。


「ブ、ブルードラゴン……」


 ロイズの声が震えている。


 森の湖で出会った龍と同じで、日本の昔話でよく見るような長い身体をしている。


 しかし、その大きさは比較にならん。


湖で出会った黒龍は、まだ幼かった。大きさは今の儂とさほど変わらず、黒い鱗に白銀の髭と鬣を持っていた。


 それが今度は――青。


「黒と、青……」


 ふと、頭に浮かんだ。


 ──五行説。


 古代中国では、この世のあらゆるものを、木・火・土・金・水という五つの性質で捉えた。


 そして、それぞれに色も配当されている。


 森で出会った黒龍は、湖にいた。


 水――すなわち黒。


 そして、この青龍は巨大な樹木とともにある。


 木――すなわち青。


「まさか……五行に則っておるのか?」


 もしそうなら、鍼灸師にとってこれほど面白いものはない。


「先生!」


 ロイズの声で我に返った。


 いかんいかん。


 また考え込んでしまった。


「いや。まだ二例じゃ。判断するには早すぎるか」


「何の話ですか!?」


「こっちの話じゃ」


 その時、青龍の鋭い目がこちらを捉えた。


 そして――。


 グォォォォォォォォォッ!!


 咆哮が森を揺らした。


 空気が震え、木々が大きくしなり、無数の葉が一斉に舞い上がる。


「ぐっ……!」


 騎士たちが身構える。


 怒っておるのだろうか。


 五行でいえば、木に配当される感情は――怒。


 目の前の青龍は、まるでその怒りを具現化したようにも見えた。


「来るぞ!」


 青龍の身体が動いた。


 巨木から身を離し、その巨大な身体がこちらへ迫ってくる。


「下がれ!」


 儂も走った。


 まずは距離を取った方がいい。


 ガイルたちとともに森の中まで退いた、その直後。


 ズドォン!


 先ほどまで儂が立っていた場所へ、巨大な爪が叩きつけられた。


 土が爆ぜ、太い木の根が砕け飛ぶ。


 いやはや。これは、さすがに大きいのう。


 青龍は、それ以上追ってはこなかった。


 エルヴァーナの前へ立ちはだかり、こちらを睨みつけている。


 グルルルルル……。


 腹の底まで響くような低い唸り声。


「団長、あれは……」


 サラが青ざめている。


「ああ、分かっている」


 ガイルも険しい顔をしていた。


「人間がまともに相手をしてよい存在ではない」


 その通りだ。


 生物としての格が違う。


「一時退避する」


「賛成です」


 サラが頷き、退却の段取りを確認する。


「ここまで戻れば、追ってはこないようです。刺激せず、一度――」


「うーむ」


 儂は、その間も青龍を観察していた。


「先生、何をそんなに落ち着いてるんですか!?」


「なにを言っとるんじゃ。落ち着かんと診察できんじゃろ」


「診察!?」


 ロイズが信じられないという顔で青龍を指さした。


「あいつ、人間に聖地を荒らされたと思って怒ってるんですよ! 俺たちを殺す気ですよ!」


「そう見えるか」


「そうとしか見えません!」


 たしかに、怒っている。


 だが――儂には、少し違うようにも見える。


 怒りだけなら、あのまま追ってくることもできたはずだ。


 だが、青龍は神木の前から動こうとしない。


 何かを守っているのか。それとも──離れられないのか。


「先生? どうなさるおつもりですか?」


 ガイルがこちらを向く。


 儂は青龍から目を離さずに答える。


「儂には――」


 荒い呼吸。強張った身体。


 こちらに来るなと言わんばかりの厳しい目つき。


 そして、激しく乱れている龍気と蛇気。


「助けを求めているように見える」


「…………え?」


 全員がこちらを見た。


「アリエルの時と同じじゃ」


 龍気の中に蛇気がある。


 それも、あれほど巨大な身体だ。生命力が大きければ、龍気も大きい。


 そこへ入り込んでいる蛇気の量も、アリエルとは比較にならん。


 二つの気が、うまく巡っていない。


 ぶつかり合い、滞り、行き場を失った力が、身体の中で暴れている。


「怒っておるのは間違いない」


 だが、怒りには理由がある。


「あやつは、苦しいんじゃ」


「苦しい……あいつが?」


 ロイズが呆然と呟く。


「うむ」


 神木が枯れている。


 周辺の魔物が凶暴化している。


 そして、龍もまた荒れている。


 これらは別々の出来事ではない。


「苦しくて、痛くて、どうにもならんから暴れておる」


 青龍が再び低く唸った。


「患者がちょっと暴れたくらいで怒る鍼灸師はおらんよ」


「ちょっと……ですか」


 サラが苦笑いを浮かべる。


「先生、あれを『ちょっと』って言います?」


 ロイズが呆れたように言う。


 まあ、分かる。


 ガイルは真剣な顔になり、こちらを見た。


「しかし、先生。あの巨体です。近づくことすら容易ではありません」


「そうじゃな」


 あの様子では、近寄っただけでまた暴れ出しそうだ。


「何か手が?」


 儂は頷いた。暴れる患者など、これまで何人も診てきたわ。


「なあに、任せておけ」


 全員の視線が集まる。


「巨体をいなすことは――」


 まずは、あの暴れ回る身体をどうにかせんことには、診ることもできん。


「太極拳の得意とするところじゃ」


 儂はニカッと笑ってみせた。


「おぬしらは、森の奥まで離れておれ」


「しかし――」


「ガイル殿」


 儂はまっすぐ彼を見る。


「あやつの攻撃を受けながら、他の者の心配までできるほど器用ではないぞ」


 ガイルが黙った。


 足手まといだ、と言われたに等しい。


 やがて、小さく頷く。


「……分かりました」


 すまんな。


 おぬしにも立場があるのだろう。


「全員、後退する!」


 次は、足元のグレイに声をかけた。


「グレイ、みんなを頼むぞ」


「ニャア!」


 どうやら、自分も行くと言っておるらしい。


 実に心強い。


 儂はグレイの前にしゃがんだ。


「おぬしは儂の相棒じゃ。これが戦闘なら、おぬしにも来てもらう。じゃが、今からやるのは治療じゃ」


 頭を軽く撫でる。


「おぬしは、みんなのことを守ってくれ」


 グレイは不満そうに、じっと儂を睨んでいる。


「……ニャ」


 しぶしぶ、という顔ではあるが、分かってくれたらしい。


 もう一度、優しく頭を撫でた。


「先生!」


 今度はロイズが叫んだ。


「なんじゃ」


 ロイズが膝をつき、儂の顔を見た。


「俺にも手伝わせてください!」


 真剣な顔だった。


 震えてはいない。


 あれほどの龍を前にして、怖くないはずがない。


 それでも、こうして前へ踏み出そうとしている。


「治療というなら手伝います! それに、先生から太極拳を習ってます! 俺にだって、何かできることが――」


「ロイズ」


 儂はロイズの頭に手のひらを乗せた。


「……先生?」


 わしゃわしゃと撫でてやる。


「すごい勇気じゃな」


 ロイズの目が見開かれた。


「立派じゃ」


「……っ!」


 あ。泣きそうじゃ。


「じゃがな」


 もう一度、ぽんぽんと頭を叩く。


「弟子になりたいなら、師の言うことは聞くものじゃ」


 ロイズが唇を噛んだ。


「……はいっ!」


「よし」


 儂は青龍へ向き直った。


「では、まずは龍の診断をしてみるか」



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


五行説においては、

木─青

火─赤

土─黄

金─白

水─黒

という配当になります。


そういうわけで、アドヴァーン家のメインカラーもブルーになりました。


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。


続きを読んでみたいと思っていただけたら、星の評価やブックマークで応援していただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。



挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
青龍カッコいいですね。木に宿っているのが青いドラゴンなんで、まさに五行の世界観ですね!
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