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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第3章 神木エルヴァーナと青い龍

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第59話 神木エルヴァーナ

 猿たちの襲撃の後は、何事もなく朝を迎えることができた。


 空が白み始める頃には、儂らはすでに出発していた。


 神木へ近づくにつれ、森の様子が変わっていく。


 木々は次第に大きくなり、そこに満ちる生命力も強くなってきた。


 地面には厚く苔が広がり、岩も倒木も緑に覆われている。


 朝露を含んだ空気はひんやりとしていて、どこか遠くから水の流れる音が聞こえてきた。


 何百年もの時間が、そのまま森になったような場所だった。


 ・・・・・・


「ここから先が、聖地と呼ばれる森です」


 サラが声を落とした。


 自然と、皆の口数も減る。


 人の手は、ほとんど入っていないらしい。


 巨大な木々が何本も立ち並び、その枝葉が幾重にも重なって空を覆っている。


 足元には苔むした根がうねり、古い倒木が横たわっていた。


 その倒木の上から、新しい芽が伸びている。


 死んだものの上から、次の命が生まれているのだ。


「……美しいのう」


 地球にも、こういう森はあった。


 長い年月を生きた杉が立ち、地面も岩も苔に覆われ、雨や霧の中に緑が幾重にも重なっている。


 屋久島で見た、あの古い森の景色を思い出す。


 ただ、ここは地球ではない。


 そのことは、奥へ進むほどはっきりしてきた。


 空気に含まれる気が、少しずつ濃くなっていく。


 やはり……ある。


 大地の下に、太い龍脈の流れが。


 それも、これまで感じたものより遥かに大きい。


 歩くたび、足裏からその気配が伝わってくる。


 まだ目的地までは距離があるはずなのに、それでも分かる。


 この先に、何か大きなものがある。


「先生?」


 サラが振り返る。


「いや。進もう」


 さらに森の奥へ入っていく。


 道らしい道はほとんどない。


 巨大な根をまたぎ、苔に覆われた岩を避け、古い倒木の脇を抜けて進む。


 木々はどれも太く、まっすぐ空へ伸びていた。


 幹には長い歳月を思わせる皺が刻まれ、枝には苔や蔓が絡みついている。


 森全体が、途切れることなく生き続けているようだった。生命が循環している。


 そして――進むほどに、大地の下を流れる龍脈が強くなっていく。


 もう、疑いようがない。


 この先だ。


 やがて、サラが足を止めた。


「見えてきました」


 木々の隙間から、何かが見えた。


 最初は、岩壁かと思った。


 森の奥に、巨大な崖でも立っているのかと。


 違う。

 

 それは――幹だった。


 言葉が出ない。


 でかい。あまりにも。


 地球で九十二年生きてきた。


 旅もした。山にも入った。古木も巨木も、いくつも見てきた。


 だが、これは比較にならん。


何十人もの大人が手をつないで、ようやく幹を囲めるほどだ。


 巨大な根は、大地そのものを掴むように四方へ伸び、その上に苔や草木まで抱え込んでいる。


 見上げると、幹は遥か上へ続いていた。


 首が痛くなるほど仰いでも、その全容が分からない。


 五十階建てのビルほどの高さはあるだろうか。


 枝一本が、そこらに生えている大木の幹ほどもある。


 その枝々が空を覆い、森の上に、もう一つの森を作っていた。


「これは……すごいのう」


 ようやく声が出た。


 神木エルヴァーナ。


 人々が神木と呼ぶのも分かる。


 ただ大きいからではない。


 長い時間を生きてきたものだけが持つ、圧倒的な存在感があった。


 生き物でありながら、山のようでもある。


 一本の木でありながら、森そのもののようでもある。


 儂はしばらく、ただ見上げていた。


 しかし、やがて視線が枝先へ移る。


 葉の色がおかしい。


「……枯れておるようじゃな」


 深い緑の中に黄色が混じり、茶色く変色した葉もある。


 ところどころでは、葉をほとんど失った枝まで見えた。


 足元へ目を落とすと、落ち葉も多い。


 季節の移り変わりだけでは、説明できそうにない。


 サラが静かに言った。


「以前は、こんな姿ではありませんでした」


「ふむ。そうなのか?」


「一年を通して葉を茂らせる木です。これほど葉が落ちたところなど、私は見たことがありません」


 そうなると、やはり何かしらの異変が起きておると考えるべきじゃな。


 もう一度、神木を見上げる。


 これほど巨大な生命が、弱っていることは分かった。


 だが、それだけだ。


 まだ何も診てはいない。


 幹にも触れていない。


 この下を流れる龍脈や、龍穴の状態も分からない。


 見た目だけで決めつけるわけにはいかん。


 儂らはエルヴァーナへ向かって歩き出した。


 巨大な根を越えていく。


 近づけば近づくほど、その幹は木というより、壁のように見えてきた。


 そして、ついにその前へ立つ。


 小さな十歳の手を上げる。


「さて――」


 神木を治せるかどうかなど、まだ分からん。


 そもそも、木を患者として診るのは儂も初めてじゃ。


 だからこそ、まずは診る。


 儂は神木エルヴァーナの幹へ、そっと手を触れた。


「脈を診せてもらおうかの」



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


今回登場した神木エルヴァーナは、高さおよそ150メートル、幹の太さは大人が何十人も手をつないで、ようやく一周できるほどをイメージしています。


高さだけでいえば、五十階建てのビルくらい。


ちなみに、現在知られている世界で最も高い生きた木は、アメリカ・カリフォルニア州のレッドウッド国立公園にあるコーストレッドウッド「ハイペリオン」で、高さは約116メートルです。


つまりエルヴァーナは、それよりさらに30メートル以上高いことになります。


地球にも信じられないほど巨大な木がありますが、エルヴァーナはさらにその上をいく、異世界ならではの神木として描いています。


次回、いよいよマコトがこの巨大な「患者」を診察します。


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。


続きを読んでみたいと思っていただけたら、星の評価やブックマークで応援していただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。

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