第55話 老鍼灸師と、にぎやかな遠征隊
騎士団長ガイルとの手合わせから数日後。
儂は黒い作務衣に身を包み、ミスリルの鍉鍼を懐へ収めた。
城門前には、すでに騎士団の精鋭たちが集まっている。
いよいよ――神木エルヴァーナへ向かうのだ。
アーセルが選んだのは、騎士団の中でも特に実力のある者たちだった。
大人数ではない。
山をいくつも越え、魔物の棲む森の奥深くまで入るのだ。人数を増やせば安全になるとは限らず、かえって移動が遅くなる。
そこで今回は、少数精鋭となった。
まずは騎士団長ガイル。
まさか団長自ら同行してくれるとは思わなんだ。
そして──跳ねっ返り騎士ロイズ。
「先生! 道中の護衛は俺にお任せください!」
相変わらず、朝から元気すぎる。
「声が大きい」
その直後、ロイズの後頭部に女性騎士の手が飛んだ。
「痛っ!」
「これから森に向かうんだ。魔物に居場所を教えるつもり?」
「サラ先輩! 叩くことないでしょう!」
「いいから静かにしろ」
ギロリとひと睨みされる。
「はい……」
ほう。ロイズが一瞬で静かになった。
これは珍しいものを見た。
以前から城で何度か顔を合わせていた、アリエルの護衛騎士サラだ。
騎士ではあるが、特に索敵や斥候としての能力に優れているらしい。
森や山での経験も豊富で、足跡や折れた枝から魔物の移動を読み、地形を見て進むべき道を判断する。
今回のような遠征には欠かせない人材なのだそうだ。
それだけではない。
以前、儂が騎士団相手に稽古をした時も、この娘の動きは少し違っていた。
真正面から力で押してくるのではなく、こちらの死角へ滑り込み、気配を薄くしたまま間合いへ入ってくる。
相手の視線だけではない。
意識そのものから外れるような位置取りが上手い。
騎士というより、忍びを思わせる動きだった。
剣の速さや力だけなら、もっと上の者もいるのだろう。
だが、ああいう技は厄介じゃ。
真正面から強い相手とは、また別の怖さがある。
今回のように、何が潜んでいるか分からん森へ入るなら、実に頼もしい。
そして、ロイズの先輩でもあるそうだ。
「ロイズよ」
「なんですか、先生」
「おぬしにも逆らえん相手がおったんじゃな」
「先生まで何言ってるんですか!」
「ロイズ」
「はい、静かにします」
サラが一言呼んだだけである。
便利じゃのう。
今回、アリエルは城に残ることになった。
本人はかなり行きたがっていた。
だが、これは仕方がない。
アリエルは十三歳。
治療によって身体の状態は大きく改善したとはいえ、長い山道を歩き続けるだけの体力は、まだ十分についていない。
ましてや、神木周辺では魔物の凶暴化が確認されている。
遊びに行くのではないのだ。
「今回は留守番じゃな」
儂がそう言うと、アリエルはしばらく不満そうな顔をしていた。
だが、最後にはきちんと頷いた。
「……分かりました」
物分かりのよい子じゃ。
城門まで見送りに来たアリエルは、一人ずつ声をかけていった。
まず儂へ。
「先生、どうかお気をつけて。無理はなさらないでくださいね」
「うむ。行ってくる」
続いてグレイの前にしゃがみ、頭を撫でる。
「グレイ。先生をお願いね」
「ニャ!」
任せて、とでも言うように元気よく鳴く。
そしてアリエルは、ガイルの方を向いた。
「団長」
「はい、アリエル様」
「森では魔物が活性化しています。何が起こるか分かりませんから、どうか気をつけてください」
「ありがとうございます」
ガイルは落ち着いた笑みを浮かべ、しっかりと頷いた。
「どうぞ、お任せください」
その立ち姿には、以前のような身体の重さはもう感じられない。
治療を受けてからというもの、ガイルはまさに絶好調といった様子だった。
アリエルも、その姿を見て少し安心したように頷いた。
次にサラ。
「サラ。男性陣をお願いしますね」
「お任せください」
サラは真顔で頷いた。
「先生が迷子にならないように、目を離さないでくださいね」
「おい」
子供なのは外見だけだ。
「ロイズの相手も大変だと思いますけど」
「大丈夫です。慣れてますから」
「アリエル様、俺たちの扱いおかしくありません?」
ロイズが口を挟む。
儂をおぬしと一緒にするな。
俺たちと言うな。
そして最後に、アリエルはそのロイズを見た。
「ロイズ」
「はい!」
こういう時は、ちゃんと礼節を持った騎士の顔になるのだな。
「他の方々に、あまり迷惑をかけないようにするのですよ」
「俺だけ注意!?」
「心配なのです」
「アリエル様!?」
「さあ、そろそろ出発するぞ」
ガイルが歩き出した。
「団長まで!」
にぎやかな旅になりそうじゃ。




