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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第3章 神木エルヴァーナと青い龍

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第54話 アドヴァーンの宝

 模擬戦が終わり、騎士たちがまだ興奮冷めやらぬ様子でガイルを囲んでいた時だった。


 訓練場の入口が、にわかに騒がしくなった。


「先生」


 アリエルの声がする。


 見ると、領主アーセルと娘のアリエルがこちらへ向かって歩いてきていた。


 二人が儂とガイルの手合わせを見ていたことには、気づいていた。


 アーセルは真っすぐこちらへ来ると、まずガイルを見た。


 その目が、わずかに見開かれる。


「ガイル」


「はっ。アーセル様」


 ガイルは領主に対して、騎士の礼をとる。


「……本当に、戻ったのだな」


 ガイルが静かに頷いた。


「はい。自分でも驚いております」


 アーセルはしばらく、その姿を見つめていた。


 それから、儂へ向き直る。


「マコト殿」


「なんでしょう?」


「ガイル団長を治療していただいたと聞いた」


「治したのはガイル殿の身体じゃ。儂は少し手伝っただけです」


 アーセルは、わずかに苦笑した。


「あなたなら、そう言うだろうと思った」


 そして、深く頭を下げる。


「ガイルは、我が騎士団の宝だ」


 訓練場が静かになった。


「これまで何度、この男にアドヴァーンを救われてきたか分からない。魔物の襲撃があれば先頭に立ち、村が危機に陥れば誰より先に駆けつけ、若い騎士たちを守りながら戦ってきた」


 アーセルは一度、ガイルを見る。


「その身体が、以前から万全ではないことも知っていた」


「アーセル様……」


 ガイルが驚いたように呟く。


「それでも、私は頼り続けた」


 再び、儂へ向き直る。


「そのガイルを、ここまで戻してくださった」


 そう言って、もう一度深く頭を下げた。


 領主としてだけではない。


 長年、ガイルに支えられてきた一人の人間としての礼なのだろう。


「本当に、ありがとう」


「なあに」


 儂はニカッと笑った。


「ガイル殿の身体に治る力があったということじゃ。それに、まだ治療は始まったばかりですぞ」


「それでもだ」


 アーセルは顔を上げた。


「この感謝は、言葉では言い尽くせない」


 隣にいたアリエルが、一歩前へ出た。


「先生、私からも感謝いたします」


 そう言って、儂へ頭を下げる。


 しかし、頭を上げたアリエルの顔は、どこか悲しげだった。


「私は……今まで、自分のことばかりでした。身体が苦しい。魔力をうまく扱えない。どうして自分だけが、と」


 顔を伏せ、その声が少し小さくなる。


「そんな私を、団長はずっと守ってくださいました」


 ガイルが何か言おうとしたが、アリエルは続けた。


「団長のお身体が悪いことも、知っていました」


 そこで、ようやく顔を上げる。


「でも私は――怪我なのだから仕方がない、と」


 唇を少し噛む。


「それでも、あれほど強いのだから大丈夫なのだと、勝手に思っていました」


「アリエル様……」


 ガイルも、何と言えばよいのか分からないようだった。


「違ったのです」


 アリエルは首を振った。


「強いから、大丈夫なのではありません」


 ガイルを見る。


「強いままでいようとして、ずっと無理をしてくださっていたのですよね」


 ガイルは答えなかった。


 その沈黙が、何よりの答えだった。


「団長、ごめんなさい。そして……今まで本当にありがとう。お身体が回復されたこと、心から嬉しく思います」


 ガイルは表情を改め、その謝罪と感謝を受け止めた。


「もったいないお言葉です。これからも、命に代えて御身をお守りいたします」


 アリエルは、涙の滲んだ目で微笑んだ。


「はい! 頼りにしていますね、団長!」


 そして、アリエルはもう一度、儂へ向き直った。


「先生に教えていただきました」


「儂から?」


「はい」


 アリエルは自分の胸へ手を当てる。


「苦しんでいることは、外から見ただけでは分からないことがある。誰にも何も言わずに耐えている人もいる。そのことに気づくことが大切なのだと」


 少しだけ目を伏せる。


「私は、まだ何も見えていませんでした。……恥ずかしいです」


「恥じることではないぞ」


 儂がそう言うと、アリエルはゆっくり顔を上げた。


「いいえ」


 その目は真っ直ぐだった。


「忘れないために、恥ずかしかったと思っておきます」


 ほう。これは一本取られたの。


 儂は少し目を細めた。


「先生」


「なんじゃ?」


「これからも、先生のもとで学ばせてください」


 頭を下げる。


「身体のことも、治療のことも」


「うむ」


「人を見るということも」


 儂は少し困ったように笑った。


「それは、儂もまだ勉強中じゃな」


「先生が、ですか?」


「当たり前じゃ」


 ニカッと笑う。


「九十三年やっても、分からんことばかりじゃ。特に人の心はな」


 アリエルは一瞬、目を丸くした。


「……はい」


 そして、小さく笑った。


「でしたら、私も一緒に学びます」


「それがええ」


 横を見ると、ガイルが何とも困ったような顔をしていた。


「どうした?」


「いえ……」


 ガイルは苦笑する。


「私の腰の話が、ずいぶん大事になってしまったな、と」


「カッカッカッ!」


 訓練場に、ようやく笑い声が戻った。



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


いくつになっても、人の体と心は難しいのですね。


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です,


続きを読んでみたいと思っていただけたら、星の評価やブックマークで応援していただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。

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