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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第3章 神木エルヴァーナと青い龍

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第51話 異世界ならでは!ミスリルの鍼が輝く

「ガイル殿。少し、診せてもらえんか」


 騎士団の執務室を訪ねると、ガイルは机の上の書類から顔を上げた。


 勤務時間はとうに過ぎているが、騎士団長であるガイルはいつも遅くまで残っていた。


「私を、ですか?」


 儂は手にした小さな革のケースを軽く持ち上げた。


「ちょうど、新しい鍼が出来上がってのう」


「……なるほど」


 ガイルが納得したように笑った。


「試してみたい、と?」


「まあ、そういうことじゃ」


「正直ですね」


「カッカッカッ」


 もちろん、誰でもよいわけではない。


 以前から、この男の身体は気になっていた。


 ゴブリンとの戦い。アドヴァーンまでの道中。そして騎士団との稽古。


 剣の腕は疑いようもない。


 それなのに、身体の使い方には、どこか噛み合わないところがあった。


「前にも言ったが、腰が辛いじゃろ」


「ええ。ずいぶん前から」


「せっかく鍼も出来た。よければ、少し試させてもらえんか」


 すると、ガイルの表情が変わった。


 断られるか、あるいは軽い調子で了承されるかと思っていた。


 だが、ガイルの反応はそのどちらでもなかった。


 椅子から立ち上がると、儂へ向き直り、きちんと頭を下げる。


「どうか、私からお願いします」


「ほう?」


「マコト殿。私を治療してください」


 声も態度も真剣だった。


 鍼を試す相手として付き合ってくれる、という態度ではない。


 患者として、儂に頼んでいる。


「以前から身体のことを気にかけていただいていました。それに、アリエル様があれほど変わられたのも、この目で見ています」


 ガイルはもう一度、静かに頭を下げた。


「どうか、お願いいたします」


「……そうか」


 そこまで言われれば、こちらも試しに、などとは言っておれんな。


「では、きちんと診させてもらおう」


「……ありがとうございます」


「では、場所を変えるとするか」


 ・・・・・・


 いつも施術室として使わせてもらっている部屋に移動した。


 まずは問診からだ。


 いつから痛くなったのか。何かきっかけはあったのか。痛みはどう変化するのか。どんな時に辛くなり、どんな時に楽になるのか。


 脈と舌も診て、次は切診――身体に触れて状態を確かめる。


「では寝台に、うつ伏せで寝てくだされ」


 それから脚の状態を確かめ、股関節から腰、背中、肩へと、ゆっくり手を移していく。


 思っていた以上じゃな。


 筋肉が硬い。


 しかも、一か所だけではない。


 長い年月、同じ場所へ負担をかけ続け、その負担を別の場所で補い、さらにそこへ無理が重なっている。


 右脚の使い方が崩れれば股関節で庇い、そこから腰へ負担が移る。腰が疲れれば背中が補い、最後には肩まで余計な力が入る。


 身体全体で、どうにか帳尻を合わせながら使い続けてきたのだ。


「ガイル殿、よろしいかな」


 診断を一通り終えると、ガイルに話しかけた。


「はい。ぜひ率直におっしゃってください」


「これは病気というわけではないのう」


「では、やはり古傷が原因ですか?」


 儂は首を振った。


「古傷も原因の一つではあるじゃろう。じゃが、それだけではない」


「と、いいますと?」


「一番大きいのは、使いすぎじゃな」


「……使いすぎ?」


「そうじゃ」


 もう一度、腰へ触れる。


「どこか一か所が壊れておるわけではない。じゃが、休ませる暇もなく使い続けておる」


 心当たりがある、という顔じゃな。


「疲れが抜ける前に、また剣を振る。辛いところを庇って別の場所を使い、そこが疲れれば、さらに別のところで補う」


 ガイルは黙って聞いていた。


「それを、ずいぶん長いこと続けてきたようじゃな」


 しばらくして、ガイルが小さく息を吐いた。


「辺境ですから」


 以前にも聞いた言葉だった。


「魔物が出れば出ます。村から救援があれば向かいます。騎士たちが傷つけば、私が前へ出る」


 この男ならば、そうするだろう。


「休める時は休んでいるつもりなのですが」


「足りんのじゃろうな」


「……そうなのですか」


 儂はガイルの背中に触れたまま、少し笑った。


「よう働いてきた身体じゃ」


 ガイルがわずかに顔をこちらへ向けた。


「悪い身体ではないぞ」


 むしろ、たいした身体だ。


 これだけ酷使されながら、今まで動き続けてきた。


 丈夫で、よく鍛えられている。


 だからこそ無理が利いた。


 無理が利くから、さらに使った。


 その積み重ねが今なのだ。


「剣と同じじゃ。よく手入れしてやらねばな」


 儂は革のケースを開いた。


 中には、ドルガンが仕上げたばかりのミスリルの鍉鍼(ていしん)が収められている。


 白銀の細い鍼が、静かに光を返していた。


「これが、ミスリルの鍼なのですね?」


「うむ。出来たばかりのな」


 儂は鍉鍼を手に取った。


「異世界での、記念すべき第一号じゃな」


「……光栄です」


「なあに」


 儂はニカッと笑った。


「この鍼を手にした時、儂がおぬしを治療したいと思った。それだけじゃ」


 ・・・・・・


「では、始めようか」


 ガイルは治療台代わりの寝台に、うつ伏せになっている。


「お願いします」


 儂は両手をガイルの背中へ置き、ゆっくりと撫で摩(さす)る。


 やはり硬い。


 肩から背中、腰まで、どこか一か所が悪いというより、全身が長い年月をかけて少しずつ固まっている。


 それでも動けていたのは、身体が強いからじゃろう。


 強いから無理が利く。


 無理が利くから、さらに使う。


 そうして積み重なってきた身体だ。


 まずは鍼ではなく、指圧で全身を緩めることにした。


 その方が、鍼も使いやすいはずだ。


「少し痛むぞ」


「構いません」


「では、まず筋肉をほぐしていこう」


 親指を沈める。


 ゆっくりと、深く。


「――っ」


 ガイルの背中が、わずかに跳ねた。


「ここじゃな」


「……かなり、きますね」


「カッカッ。ずいぶん溜め込んどるからのう」


 押して、離す。


 場所を変えて、またゆっくりと圧を入れる。


 力任せではない。


 硬くなった筋肉の奥へ、呼吸に合わせて少しずつ圧を届けていく。


 息を吐く時に沈め、そのまま凝りに指を当てて数呼吸待つ。


 肩から背中、腰へと進み、さらに臀部から脚まで、凝り固まったところを一つずつ探していった。


「すぐに鍼をするわけではないのですね」


 ガイルが意外そうに言う。


 てっきり、新しい鍼の実験台にされると思っていたのだろう。


「まずは表面の硬さを緩めて、身体の奥の状態を診やすくする。そのためにも、全身をある程度ほぐしておきたいんじゃ」


 主訴の腰だけに手を出すのではなく、首や肩、腕から順に診ていく。


 背中は特に念入りにほぐした。


 しばらくすると、ガイルの呼吸が変わってきた。


 最初は痛みに耐えるように浅かった息が、少しずつ深くなっていく。


「どうじゃ?」


「……不思議です。痛くないわけではありません」


 ガイルは顔を伏せたまま答えた。


「むしろ、かなり痛いところもある」


「今の状態では、そうじゃろうな」


「ですが……」


 少し間があった。


「たまらなく、心地いい」


「ほう」


「押されるたびに……身体の奥に溜まっていたものが、ほどけていくようです」


「指圧では、心地よい痛みというものも大切なんじゃ。痛(いた)気持ちいい、というやつじゃな」


 儂は腰の一点で手を止めた。


 この奥に、まだ強く張っているところがある。


 そこへ、ゆっくりと圧を沈める。


「――っ!」


 ガイルの身体がまた震えた。


 だが、逃げようとはしない。


 むしろ力を抜き、自分から施術を受け入れている。


「ここもじゃな」


「……はい」


 額には、うっすらと汗が浮いていた。


 激しい運動をしているわけではない。


 ただ横になって、治療を受けているだけだ。


 それでも、長く力の入っていた身体が緩んでいくにつれ、じわりと汗が滲んでくる。


「こんな……」


 ガイルが呻くように呟いた。


「こんな治療が、あるのですね」


「珍しいか?」


「少なくとも、私は受けたことがありません」


 この世界には治癒魔法がある。


 薬もあり、傷を塞ぎ、骨を治し、生命力を補う方法もある。


 だが、長い年月の中で少しずつ積み重なった疲れや、硬くなった筋肉、身体に染みついた使い方の癖を、こうして一つずつ見ていく治療は、あまり馴染みがないらしい。


「……身体が」


 ガイルが深く息を吐いた。


「解放されていくようです」


「大げさじゃのう」


「いえ」


 きっぱりと言った。


「本当に、そう感じます」


 儂は小さく笑った。なんといい患者だ。


 それから、さらに時間をかけた。


 急がない。


 何年もかけて溜めたものじゃ。


 こちらも、一つずつ触れていけばよい。


 肩から背中にかけての力が抜け、腰も少しずつ柔らかくなる。


 股関節まわりの張りも、時間をかけるほどに緩んでいった。


 やがて、全身を一通り診終える。


「ふむ。こんなところか」


 儂は手を離した。


 ガイルは、しばらく動かなかった


「……終わりですか?」


「いや――ここからじゃ」


 儂は革のケースを開いた。


 白銀の細い道具を一本、取り出す。


 ドルガンが仕上げたばかりの――ミスリルの鍉鍼(ていしん)。


 この世界で作られた、儂の新しい鍼。


 そして、これが異世界で最初の鍼治療になる。


 儂は鍉鍼を指先で持った。


「それを刺すのでしょうか?」


 さすがのガイルも、少し不安そうだ。


 これを身体に刺すとしたら、少し覚悟がいると思ったのだろう。


「安心せい。これは刺さん鍼じゃ」


「刺さない鍼……」


 そういえば、そもそも刺す鍼も知らんのだったな。


「まあ、見ておれ」


 いや、うつ伏せでは見えんか。


 心の中で笑いながら、ガイルの身体へ意識を戻した。


 指圧によって、全身はかなり緩んでいる。


 滞っていたものも、少しずつ動き始めていた。


 だが、その流れを追っていくと、まだ一か所だけ鈍いところがある。


 腰から脚へとつながり、全身の動きをまとめる要となる場所。


「ここじゃな」


 腰にある「志室(ししつ)」というツボだ。


 第二腰椎と第三腰椎の間の高さで、背骨から外側へ三寸――指四本分ほどのところにある。


 東洋医学では「腎」と深く関わり、腰の痛みだけでなく、身体の根となる力や、水の巡りにも関わると考えられている。


 長年、身体を酷使してきたガイルには、まさに必要なツボだ。


 鍉鍼の丸い先端を、そっと当てる。


 刺さない。


 ただ、触れるだけ。


 そして、丹田から腕、指先へ。さらにミスリルの鍼へと、ごくわずかに真気を通した。


「――!」


 ガイルの身体が、小さく震えた。


 同時に、儂の目も見開く。


「……ほう」


 白銀だったミスリルの鍼が、金色に輝いている。


 ドルガンの工房で試した時よりも、その色はさらに濃くなったように見えた。


 そして――鍼先に真気が集束していく。


 指とは、また違う感触だ。


 余計なところへ散らず、狙った一点から身体の奥へ、深く、正確に届いていく。


 強く入れたわけではない。


 むしろ、ほんのわずかだ。


 少なすぎず、多すぎず。


 その匙加減こそ、鍼灸師の腕の見せ所じゃ。


 すると、ガイルの中で、それまで滞っていた流れが動いた。


 腰から股関節を抜けて脚へとつながり、そこから全身へ巡っていく。


 これまで身体のあちこちで流れを妨げていたものが、指圧によって緩み、この一鍼をきっかけに大きくほどけていく。


 まるで、堰き止められていた大河が、ようやく流れ出したように。


「なるほど。これがミスリルか」


 儂は手にした鍉鍼を眺めた。


 ただ軽く、丈夫なだけの金属ではない。


 少なくとも――鍼灸師の道具としては、これ以上のものはないのではないか。


「どうじゃ?」


 ん?


 返事がない。


「ガイル殿?」


 しばらくして、ガイルがゆっくり息を吐いた。


「……今、身体の中を何かが通りました。腰から脚へ。それから……全身へ」


 そこまで感じ取ったか。


 この男は、思っていた以上に身体への感覚が鋭いらしい。


「気が巡ったんじゃろうな」


 ガイルはゆっくりと身体を起こした。


 額や背中には、まだ汗が残っている。


 だが、その表情は明らかに先ほどまでとは違っていた。


「軽いです! 先ほどまでとは全然違う!」


 まるで重い鎧をようやく脱いだような、晴れやかな顔をしている。


 儂は手の中の鍉鍼を見た。


「なるほどのう」


 口元が緩みそうになる。


「これは、ええ鍼じゃ」



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


私もミスリルの鍼が欲しい!


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です


続きを読んでみたいと思っていただけたら、星の評価やブックマークで応援していただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。



挿絵(By みてみん)

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