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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第2章 辺境都市アドヴァーン

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第45話 老鍼灸師、やっぱり城から出られない

 着流しを手直ししている間に、作務衣も頼んでおいた。


 さすがに、こちらはちょうどよいものがなかったようだ。


 儂が簡単に形を説明すると、先ほどの女性店員はすぐに理解してくれた。


 上衣とズボンに分かれ、身体を締めつけず、動きやすく、紐で留められるもの。


「それでしたら作れますよ」

 

 こともなげに引き受けてくれた。


 やはり、実に頼もしい。


 色は着流しと同じく黒にしてもらい、細かなデザインは任せることにした。


 一から作ることになるので、完成には十日ほどかかるという。


 鍉鍼も十日後。


 作務衣も、その頃には出来上がるだろう。


 これで、今日の買い物は終わりじゃな。


 店を出て、新しい着流しの袖を軽く払う。


「さて、最後にもう一つ用事を済ませたいのだが」


「次はどちらへ行きますか、先生?」


「宿屋じゃ」


「…………え?」

 アリエルの足が止まった。


「宿屋ですか?」


「うむ。今日のうちに決めておこうと思ってな」


「先生」

 急に真剣な顔になる。


「もうしばらく、お城に滞在してください」


「いやいや」


「お願いします、先生。もうしばらくだけでも」


 困ったのう。


 アリエルだけではない。


 アーセルにも、好きなだけ滞在してくれと言われている。


 宿代もかからん。安全でもある。食事も出る。風呂まである。


 何より、皆が親切で言ってくれていることは分かっている。


 その気持ちは、素直にありがたいのだが──。


「いつまでも世話になりっぱなしというのも、座りが悪くてな」


「そんなこと、誰も気にしていません」


「儂が気にするんじゃよ」


「でも……」


「起きて半畳、寝て一畳、天下取っても二合半。儂の住んでいた日本という国に、こんな言葉があってな」


「え? ハンジョウ?」


 アリエルが目をぱちくりさせる。


「人が暮らすのに、それほど広い場所はいらん。どれだけ偉くなっても、食べられる量には限りがある。人が生きていくのに必要なものは、思うほど多くない、という意味じゃな」


 アリエルが大人しく聞いている。儂の言いたいことが分かってきたらしい。


「儂とグレイが二人で質素に暮らしていくだけなら、なんとかなると思うんじゃ」


 前任者殿から頂いた金銭もあるし、鍼灸師として働けば日銭も稼げるだろう。


「惜しまれておるうちが花、とも言うしな」


「何ですか、それは?」


「これも儂のいたところの言葉じゃ。まあ、惜しまれておるうちに引くくらいが、ちょうどええということじゃな」


 長居をして、いつの間にか「あの爺さん、まだいたのか」と思われるのも嫌だ。


 見た目は爺さんではないが。


「宿屋が決まったら、城を出るつもりじゃ」


「そうですか…………」

 アリエルが露骨にしょんぼりした。


「そんな顔をするな。稽古には行くぞ」


「本当ですか?」


「当たり前じゃ。弟子にしたばかりではないか」


「はい!」

 途端に顔が明るくなる。


 忙しい娘じゃのう。


「では、私がご案内します!」


「頼む」


 こうして、儂らは宿探しを始めた


 ・・・・・・


 アリエルに、手頃な宿屋を案内してもらうことになった。


 サラも、もちろん護衛として一緒についてくる。


 グレイは儂の足元を悠々と歩いていた。


 最初に入ったのは、大通りに面した大きな宿だった。旅人の出入りも多く、馬車を停める場所もある。


「一人じゃ。しばらく泊まりたいんじゃが」


 主人は儂の姿を見て少し戸惑ったが、アリエルが一緒にいるのを見ると、すぐに丁寧な対応へ変わった。


 部屋は空いているらしい。


 値段も問題ない。


「それと、こやつも一緒じゃ」


 儂は足元を指した。


「ニャ」

 グレイがちょこんと座っている。


 主人の顔が固まった。


「……その魔物も、ですか?」


「うむ」


「申し訳ありません」


 駄目だった。


 まあ、仕方ない。


 二軒目に案内してもらう。


「魔物はちょっと……」


 駄目。


 三軒目。


「従魔でも、客室には入れられない決まりでして」


 これも駄目。


 四軒目。


「猫なら構わないんですがねえ」

「猫じゃぞ?」


「魔物ですよね?」


「猫じゃが」


「角がありますよ」


「うむ。立派じゃろ」


「そういう問題では……」


 駄目だった。


 こんなに可愛いというのに。


「ニャ」

 グレイも同意している……たぶん。


 それからも何軒か回ったが、結果は同じだった。


 グレイが暴れるからではない。


 むしろ、儂の隣を大人しく歩いている姿を見て、「よく躾けられている」と感心してくれる者もいた。


 だが、それでも魔物は魔物。


 人間と同じ客室へ入れることには、どうしても抵抗があるらしい。


 考えてみれば、当然かもしれん。


 こちらでは、魔物は人を襲うものだ。


 グレイを知らぬ者に、儂と同じ感覚を持てと言う方が無理なのだろう。


 中には、ずいぶん親切な宿もあった。


「厩舎でよければ、その子も置いてやれるよ」


 宿の女将が申し訳なさそうに言った。


「馬とは少し離してやるから。魔物用の檻なんかには入れないよ」


 ありがたい申し出だった。


「お気遣い、感謝する」


 儂は心から頭を下げた。


「じゃが、今回は遠慮しておこう」


「そうかい?」


「うむ」


 グレイだけを厩舎で寝かせて、自分だけ暖かい寝床で眠る。


 それは、どうにも好かん。


「それなら儂も一緒に外で寝た方がええ」


「先生!?」

 後ろでアリエルが声を上げた。


「何を驚いとる」


「驚きます!」


「森では普通に野宿しておったぞ」


「だからといって、街の中で野宿しないでください!」


 そう言われてしまった。正論だ。


 宿を出ると、太陽もずいぶん傾いていた。


「困ったのう」


 さすがに今から、街中の宿をすべて回るわけにもいかん。


 かといって、グレイを置いて泊まるつもりもさらさらない。


 儂は足元を見る。


「ニャ?」

 グレイが見上げている。


「おぬしのせいではないぞ」


 頭を撫でると、グレイは気持ちよさそうに目を細めた。


 さて、どうするか。


 選択肢は、もうほとんど残っていなかった。


 儂はしばらく黙って考え――覚悟を決めた。


「……アリエル」


「はい」


「その……」

 どうにも言いにくい。


 一度は断ったのだ。


 それを、数刻もしないうちにこちらから頼むというのは、あまりにも格好がつかん。


「もし、まだ構わんようなら……」


「はい!」


 返事が早い。


 まだ何も言っておらんぞ。


「もうしばらく、城に置いてもらえんじゃろうか」


「もちろんです!」


「……すまんのう」


 思わず肩が落ちた。


「一度断っておきながら、面目ない」


「そんなこと、全然気にしなくていいんです!」


 アリエルは満面の笑みだった。


 どう見ても、困っている人間を慰めている顔ではない。


 嬉しくて仕方がない顔じゃ。本当にいい弟子を持った。


「先生、お風呂にも入れますよ」


「おお、そうじゃった!」


 思わず声が弾んだ。


 いかん。


 これでは、風呂につられて城へ戻るようではないか。


「いやいや。そういうことではない」


「遠慮なさらなくても」


「小さな部屋を一つ貸してもらえれば十分じゃ。食事なども、できるだけ自分で――」


「お風呂、大きいですよ」

 アリエルが囁いてくる。


「……広かったのう」


 昨日入った大浴場を思い出す。実にいい風呂だった。


 広い湯船に、たっぷりの湯。


 旅の疲れが溶けていくようで――。


「……いや、だからそういうことではないんじゃ」


「ニャッ!」

 グレイが抗議するように強く鳴いた。


 見ると、耳を伏せている。


「どうした、グレイ」


「ニャア!」


「おぬしも城へ戻れるぞ」


「ニャッ!」 


 なぜか嫌そうである。


 アリエルが、くすりと笑った。


「グレイは、お風呂が嫌なのではありませんか?」


 そういえば昨夜、せっかくだからと一緒に洗ってやったのだった。


「ニャアア」


「分かった分かった。今日は入れん」


 グレイが疑わしそうに儂を見ている。


 信用がないのう。


 大丈夫じゃ、グレイ。


 また明日から、儂が風呂の良さをお前に教えてやるからの。



 ・・・・・・


 城へ戻ると、さっそくアーセルへ事情を説明した。


「――というわけでして。まことにお恥ずかしい話ですが、もうしばらくお世話になってもよろしいでしょうか」


「もちろんだ!」


 ありがたいことに、即座に快諾してくれた。


「むしろ、そんなことで悩んでいたのか」


「いや、しかしですな」


「部屋ならいくらでもある。食事が一人分増えたところで何も変わらん。グレイ殿も好きにしてもらって構わない」


 グレイ殿。領主にまで殿をつけられておる。


「そう言っていただけると、ありがたい」


「十年でも二十年でも、居てくれていいのだぞ」


「カカッ、そういうわけにもいきますまい」


 なんと細やかな心遣いのできる方だ。


 儂が気を遣わないよう、わざと大げさに言ってくれているのだろう。


 さすが賢明な領主であり、アリエルの父君だ。


 たいした仁徳じゃ。


 だが、それでも一方的に世話になるのは落ち着かん。


「では、せめて何かお返しをさせてくだされ」


「お返し?」


「何か仕事があれば言いつけていただければと。掃除でも力仕事でも、儂に出来ることであれば手伝わせていただきます」


 アーセルが首を振る。


「何を言うのだ。恩人にそのようなことをしてもらうわけにはいかん」


 うーむ。無理に手伝うというのも妙な話だ。


 どうしたものか。


「それならば、今朝のように太極拳を教えていただけませんか?」


 アリエルが助け舟を出してくれた。


「そんなことなら、お安い御用じゃが」


「本当か!」

 アーセルの目が輝いた。


「こちらからお願いしたいくらいだ!」


 それなら儂としても気兼ねがない。


「では毎朝、太極拳の稽古をさせていただきましょう。それに、アリエルにも教える約束をしていますからな」


「ありがとうございます、先生!」


 横でアリエルが嬉しそうに頭を下げる。


「マコト殿、私からもぜひお願いいたします」


 ガイルも喜んでくれているようだ。


 いやいや、こちらこそじゃ。


「では、しばらくご厄介になります」


「ああ。好きなだけ居てくれ」


「ありがたく、お言葉に甘えさせていただきます」


 どうやらアーセルは、本気で歓迎してくれているらしい。


 ありがたいことじゃ。


 すると、その場にいたガイルも頭を下げてきた。


「マコト殿。明日からの稽古を楽しみにしています」


「おお。ガイル殿もやるか?」


「もちろんです。ただ……」


 なぜか言いにくそうにしている。


「なんじゃ?」


「今朝のような訓練を毎朝というのは……」


「なぜじゃ?」


 ガイルが真顔になった。


「任務に支障が出ます」


「支障?」


「本日、訓練に参加した者の多くが、身体のあちこちを痛がっております」


「む? 怪我はさせておらんはずじゃが」


「筋肉痛です」


「なんじゃ。それくらいなら、ええではないか」


「よくありません。疲労でしばらく立てない者もおりました」


 ピシャリと言われた。


 後ろにいたサラが、静かに目を逸らしている。


 そういえば、この者も今朝投げた気がする。


 明日になっても痛むようなら、儂が診てみることにしよう。


「では、基本を中心にするか」


「お願いいたします」


「一時間ほどでよいか?」


「十分です」


「たまには投げてもよいじゃろ?」


「……ほどほどにお願いいたします」


 難しい注文じゃのう。


 ともあれ。


 こうして儂とグレイは、もうしばらくアドヴァーン城で世話になることになった。


 朝は太極拳。その後はアリエルに指導。


 十日後には、ミスリルの鍉鍼と作務衣。


 その間に、この街のことも、もう少し調べてみたい。


 思いがけず、異世界での暮らしに一つの拠点ができた。


 まあ、居候ではあるがの。



挿絵(By みてみん)


お読みいただき、ありがとうございます。


昨日も少し書きましたが、実家が旅館だったので、大きなお風呂に釣られる気持ちはよく分かります。


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。


続きを読んでみたいと思っていただけたら、星の評価やブックマークで応援していただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。



挿絵(By みてみん)

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