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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第2章 辺境都市アドヴァーン

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第44話 着流しが欲しいんしゃ

 さすがは、アドヴァーン一番の鍛冶師というべきか。


 ドルガンは今かなり仕事を抱えているらしいが、それでも十日後には鍉鍼を仕上げるという。


「十日で出来るのか?」


「ああ。こんな小せえもんならな。ただし、初めて作るもんだ。途中で何かありゃ遅れるぞ」


「もちろんじゃ。急いで雑なものを作られるより、ずっとよい」


「言われなくても雑な仕事なんぞするか」


「それなら安心じゃな」


 ドルガンは鼻を鳴らした。


 十日後に取りに来ると約束して、儂らは工房をあとにした。


 外へ出ると、工房の熱気に慣れていたせいか、朝の風がひどく涼しく感じられた。


「先生」

 アリエルが隣へ並ぶ。


「先ほどのお支払いですが、本当に先生がお支払いになるのですか?」


「そのつもりじゃが」


 鍉鍼そのものは、針金ほどの大きさしかない。


 しかし素材はミスリル。それも、これまで誰も作ったことのない形へ加工してもらうのだ。


 材料費だけでなく、前例のない仕事に対する技術料もある。結果として、なかなかの金額になった。


 日本では金の鍼も使っていたが、それと比べても遥かに高い。


 もっとも、前任者殿の家に残されていた旅費のおかげで、手持ちでなんとかなる。


 ミスリルの鍉鍼が出来たら、早めに仕事も再開したいところじゃな。


「先生。私たちに払わせてください」


「いや。それはいかん」


「ですが、先生には私を治していただきました。それに――」


「アリエル」


 儂は少しだけ強く言った。


「自分の仕事道具くらい、自分で揃えたいんじゃ」


「…………」

 アリエルは黙って聞いている。


「患者から治療代をもらうのは構わん。正当な仕事の対価じゃからな。じゃが、自分の商売道具を患者に買ってもらうのは、ちと違う」


 とはいっても、前任者殿が残してくれた金なのだから、あまり大きなことは言えん。


 それでも、アドヴァーン家に払ってもらうのは何か違う気がするのだ。


 アリエルはまだ何か言いたそうだったが、やがて小さく頷いた。


「分かりました」


「うむ」


「でも、困った時には言ってくださいね」


「その時は頼りにさせてもらうよ」


 それで話は終わった。


 無理に押しつけてこないところも、この娘のよいところだ。


 さて、これで鍉鍼の目処は立った。


 だが、今日はもう一つ行きたいところがある。


「アリエル、服屋へ行きたいんじゃが」


「服屋ですか?」


「うむ。どこか知らんかの?」


 異世界へ来てからというもの、前任者殿が残してくれた衣服を使ってきた。


 こちらの服にもすっかり馴染んだし、着心地が悪いわけでもない。


 だが、やはり長年慣れ親しんだ格好というものがある。


 作務衣。あるいは――着流し。


 さすがに、この世界にそのまま存在するとは思っていない。


 それでも、似たようなものを作ってもらえないか、相談してみる価値はあるだろう。


「高級な店でなくてよいぞ。儂が普段着るものじゃからな」


 すると、サラが手を挙げた。


「でしたら、ちょうどいいお店があります」


 ・・・・・・


 サラに案内してもらったのは、大通りから少し入った場所にある服屋だった。


 貴族向けというより、街の人間が普段使いする店らしい。


 店内には、仕事着や旅装、外套、肌着、子供服など、さまざまな服が並んでいた。


 さらに、人間以外の種族も暮らす街らしく、儂には用途の分からない形の服まである。


 これはよい。


 こういう店を探しておった。


「いらっしゃいませ」


 出迎えてくれたのは、中年くらいの女性だった。


 アリエルの姿を見て一瞬驚いたものの、大げさに騒ぐこともない。


 事情を話すと、すぐに儂へ向き直った。


「どのようなお洋服をお探しでしょう?」


「少し変わったものなんじゃがな」


 身振りを交えながら説明してみる。


 前を重ね、帯で留める。襟はこうで、袖はこのくらい。できれば身体を締めつけず、ゆったりと着られるものがよい。


「なるほど……」


 女性はしばらく考えていたが、


「あ、もしかしてあれなら…」


 何かを思い出したらしい。


「少々お待ちください」


 店の奥へ消えていった。


 ほどなくして、畳まれた一着の服を抱えて戻ってくる。

 

「こちらではいかがでしょう?」


 広げられた服を見て、儂は目を見開いた。


「……おお」

 驚いた。


 着物そのものではないか。


 もちろん、細かな仕立ては違う。


 だが、前合わせの形に、ゆったりとした袖。腰のあたりを帯状の布で締める構造まで、地球の着物によく似ている。


「これは……」

 思わず手に取った。


「ええのう」


「東方の国で着られている衣装なんです」


「東方?」


「はい。この辺りでは、ほとんど着る方はいませんけれど」


 なるほど。どうやら、この世界にも東洋を思わせる衣服の文化が存在するらしい。


 これは実に嬉しい発見じゃった。


 もしかすると、似た文化は他にもあるのかもしれない。


 衣服だけではなく、米や醤油、味噌のような食文化。


 それに――鍼灸や漢方に似た医学まである可能性もある。


 これは、いずれ調べてみる必要がありそうだ。


「しかし、儂に着られる大きさなのか?」


 十歳の身体である。


 そこが問題だった。


 すると女性が、少し困ったように笑った。


「実はこれ、ハーフリング向けなんです」


「はーふりんぐ」


 たしか、人間よりもかなり小柄な種族だったはず。


 子供ほどの背丈でも立派な大人なのだから、当然、その身体に合わせた衣服も存在する。


「以前、東方出身のハーフリングのお客様から注文がありまして。その時に何着か仕入れたんです。でも、こういう服を着るハーフリングの方は、この街ではほとんどいなくて……」


「売れ残ったのか」


「……はい」


 女性が苦笑した。


「そろそろ処分しようかと思っていたところなんです」


 なんということか。


「それは幸運じゃった。儂にとってはな」


 店員は微笑んだ。


「もしそうなれば、私どもも嬉しく思います」


 さっそく試着してみる。


 さすがに、そのままぴったりというわけにはいかなかった。


 ハーフリングと人間の子供では、同じくらいの身長でも身体の比率が違う。


 だが、そこは店員の腕の見せどころだった。


「少しお待ちいただけますか?」


 女性はその場で袖や裾、腰回りを確かめ、印をつけると手早く調整を始めた。


 ほどき、縫い直し、また身体に合わせる。


 手際が実によい。


 この女性、なかなかの職人じゃ。


 ・・・・・・


 しばらく待って、もう一度袖を通した。


「おおーーっ!」


「ニャーーッ!」


 アリエル、サラ、店員、それにグレイまで声を揃えた。


 着心地がいい。実にしっくりくる。


 深い黒の着流しに、純白の帯。


 余計な飾りも派手さもないが、生地には落ち着いた艶があり、身体を動かしても邪魔にならない。


 鏡の前に立ってみる。


 白い髪に、小さな身体。


 その姿を、黒い着流しがすっきりと包んでいる。


 見慣れた自分とは、まるで違うはずなのに。


「……うむ」


 不思議なものじゃ。


 ようやく少しだけ、自分らしい姿に戻ったような気がする。


「……似合いすぎてません?」

 サラがまじまじとこちらを見ている。


「たしかに……」

 アリエルもこくりと頷く。


「ニャア……」

 グレイまで妙に納得したような顔をしておる。


「なんじゃ?」


「い、いえ、とてもよくお似合いです!」


 アリエルが満面の笑みで言った。


「そうか?」


「はい! すごく先生らしいです」


 まだ儂と会って数日しか経っておらんのだが。


 まあ、悪い気はせん。


 足元では、グレイもこちらを見上げている。


「どうじゃ、グレイ」


「ニャ」


「似合うか?」


「ニャア!」


「そうかそうか」


 グレイの黒い角と並ぶと、この着流しの色も悪くない。


「では、これをもらうことにしよう」


「ありがとうございます」


 そのまま着て帰れるというので、今まで着ていた服を包んでもらった。


 いい買い物をした。



 そうじゃ。


 せっかく服屋へ来たのだから、一つ聞いておこう。


「ところで、もう一つ欲しいものがあるのじゃが」


「なんなりとおっしゃってください」


 女性店員はにこやかに答えた。


 実に頼り甲斐がある。


「褌はないか?」


 店員の動きが止まった。


「……フンドシでございますか?」


「うむ」


「それは、どういったものでしょう?」


 やはり知らんか。


 儂は身振り手振りを交えながら説明する。


「細長い布を使ってな。腰に巻いて、股の間を通して身につけるんじゃ」


 アリエルとサラが黙った。


 グレイまで、なぜか静かになっている。


「締め方はいくつかあるが、まあ、儂が使っておったのは――」


「先生」

 アリエルが口を挟んだ。


「なんじゃ?」


「それは……下着なのですか?」


「そうじゃが」


 アリエルとサラが、あまり納得していない顔で儂を見ている。


 女性店員まで同じような表情だ。


「立派な下着じゃぞ?」


「そうなのですか……」


 三人とも、そんな紐が?という顔をしている。


 ふと足元を見る。


 グレイまで、三人と同じような顔でこちらを見上げている。


「ニャ……」

 おぬしまで、なんじゃその顔は。


「いや、いいものなんじゃぞ? こう、気持ちまで引き締まるというかな……」


「説明は結構です!」


 なぜかアリエルに強く言われた。


 どうも女性陣には評判がよくないらしい。


 そういえば、グレイも雌だったかのう。


 なぜか儂一人だけ、居心地が悪い。


 今使っている下着も、地球でいうステテコのようなもので、別に不満があるわけではない。


「……まあ、なければよいんじゃ」


「はい」

 店員の返事が妙に早かった。


「忘れてくれ」


「そういたします」

 またもや返事が早い。


 褌は、いずれでよいか。


 ともあれ――。



 鍼の目処が立ち、着るものも整った。



 儂は、新しい黒の着流しの袖を軽く払った。


「さて、邪魔したの」


 異世界へ来て、少しずつではあるが。


 儂の暮らしが、儂らしい形になってきたようじゃ。



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


実家が旅館だったので、和服を求める気持ちは分かります。


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。


よろしくお願いいたします。



挿絵(By みてみん)

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