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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第2章 辺境都市アドヴァーン

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第41話 跳ねっ返りのロイズ

「かかってこい、だと……?」


 若い騎士ロイズの眉がぴくりと動いた。


「このガキ、ふざけやがって!」


「おい!」

 騎士団長ガイルの怒声が飛ぶ。


「まあ待て」

 だが、儂は片手を上げて制した。


 ロイズは腰の剣へ手をかけた。


「先に言っておくぞ。多少の怪我は覚悟しろよ」


「何を言っとるんじゃ」


「あん?」


「殺す気で来い」


 訓練場が、しんと静まり返った。


「……先生?」


 アリエルが、何をするつもりなのかと少し不安そうに声をかけてくる。


「心配せんでよい」


 ここにある武器は、どれも訓練用だ。剣も槍も斧も、刃は潰してある。


 とはいえ、鉄の塊であることに変わりはない。魔力で身体を強化した騎士がまともに振るえば、普通の人間なら骨の一本や二本は簡単に砕けるだろう。


 それでも、手加減されては儂もこの者たちの実力が分からない。


「マコト殿。本当によろしいのですか?」

 ガイルが低い声で尋ねる。


「構いませんぞ」


 儂はアリエルを見る。


「アリエル、すまんな。今日はちょっと見学しておいてくれ。このあとで、ちゃんと太極拳をやろう」


 アリエルはため息をついたあと、仕方なさそうに頷いた。


「はい、先生。……やりすぎないでくださいね」


「儂をなんだと思っとるんじゃ」


「ゴブリンの群れを一人で殲滅した方です」


「む……」

 儂が答えに詰まると、周囲から小さな笑いが漏れた。


 さっきまで張りつめていた空気が、わずかに緩む。


 ただ一人、ロイズだけは笑っていなかった。


 青筋が浮かんでおるぞ。


「……舐めやがって」


 剣を抜く。刃を潰した訓練用とはいえ、十分に重そうな長剣だ。


 同時に、ロイズの身体から白い魔力が立ち上がった。


 脚から腰、背中、肩、腕へと滑らかに巡っていく。どうやら身体能力そのものを底上げしているらしい。


 なるほど。やはりこやつ、面白いな。


 態度は荒々しいくせに、魔力の練り方は実に滑らかだ。日々、かなりの修練を己に課しているに違いない。


「それでは――」


 ガイルが二人を見比べ、一瞬ためらってから右手を振り下ろした。


「始め!」


「いくぞ!」


 ロイズが剣を構える。


 儂は――歩いた。


 すたすたと、ただ普通にロイズへ向かっていく。


「……え?」

 誰かが声を漏らした。


 速くはない。走ってもいないし、鋭く踏み込んだわけでもない。


 ただ、歩いているだけだ。


 子供の足で、わずか数歩。


 それだけで、間合いが消えた。


「なっ――」

 ロイズの反応が遅れた。


 人は、派手な動きには反応できる。


 肩が動く。腰が沈む。脚へ力が入る。殺気が立つ。


 何かをしようとすれば、身体には必ずその予兆が現れる。


 だが、儂はただ歩いている。


 攻撃するとも、避けるとも決めた気配を身体に出していない。


 だから、相手の意識に引っかからない。


 気づいた時には、もう間合いの内側にいる。


「くそっ!」

 ロイズが慌てて剣を振りかぶった。


 遅い。


 しかし、振り下ろす速さはなかなかのものだ。思い切りがいい。太刀筋もいい。


 そして、子供の姿の儂に対しても手加減がない。


 ――いや。無意識なのだろうが、急所だけは外しておる。


 さんざん煽ってやったというのに、甘いことだ。


 戦う者としては甘いが、それがこやつの本性なのだろう。男としては、なかなか悪くない。風体はチンピラだが。


 儂は半歩間合いを詰め、振り下ろしてくる手を取った。


 力はいらない。


 相手がすでに力を出しているのだから、その力をほんの少し導いてやればいい。


 腰を回し、軸を変え、重心を落とす。


「ほい」


「うわっ!?」


 ロイズの身体が宙を舞い、ドサッと背中から地面へ落ちた。


 再び、訓練場が静まり返る。


「な……」


 ロイズ自身が、一番何が起きたのか分かっていないようだった。


 新陰流の「転(まろばし)」を、儂なりに応用した技だ。


 儂はこれを、「流転(りゅうてん)」と呼んでいる。


 儂は少し離れ、そのまま待つ。


「どうした?」


「……っ!」

 ロイズが跳ね起きた。


「まだだ!」


「うむ」

 いいぞ。そうこなくてはな。


 今度は先ほどより慎重だ。剣を構え、儂との間合いを測っている。


「はあっ!」


 鋭い踏み込み。先ほどより速い。魔力も、さらに強く使ったな。


 剣が儂の肩口へ入った――はずだった。剣がずるっとすり抜ける。


「……なにっ!?」


 だが、ロイズの剣が斬ったのは、儂の残像だけだった。


「後ろじゃ」


「なっ――!」

 ロイズが振り返る。


「今のだ!」

 騎士の一人が叫んだ。


「あの動きだ! ゴブリン相手にやっていたのも、あれだ!」


「残像だと!?」


「消えたように見えたぞ!」


「幻術じゃないのか!?」


「いや、魔法ではない! 技なんだ!」


「だが、どうやっているかが分からんぞ!?」


 周囲が一気にざわめき始めた。


 ゴブリン戦に参加した者たちは、これが見たかったようだ。あの場にいなかった者たちは、話には聞いていても、半信半疑だったのだろう。


 さらに皆のやる気が出たようで結構。


 ロイズの顔が険しくなる。ギリリと奥歯を噛み締める音が、こちらまで聞こえてきそうだ。


 怒るのは構わんが、力んではいかんな。


「くそっ!」

 再び剣が振るわれる。


 横薙ぎには半歩内へ入り、返す剣には肩を沈める。さらに追ってくれば足を運び、刃の軌道からするりと外れる。


 ロイズの剣だけが、儂のいた場所を次々と斬っていく。


 斬ったと思った時には、もうそこにはおらん。


 ただ速く動くだけでは、こうはならない。


 中国武術には、相手の攻撃線からわずかに身を外し、自分の中心を崩さずに動くための足運びや身体操作がある。


 肩や腰に余計な予備動作を出さず、体の内側の筋肉を使い、全身をつなげて動く。


 その積み重ねが、相手から見れば「消えた」ような動きになるのだ。


 焦りから、ロイズの剣が次第に大振りになってきた。 


「それでは、避けてくれと言っておるようなものじゃぞ」


「誰が言うか!」


「そういう意味ではない。大振りになっておるぞ」


「うおおおっ!」


 ロイズが剣を振り下ろす。


 儂はその力へ逆らわず、手首へ触れて肘を導き、そのまま一歩入った。


 ロイズの身体が宙を舞う。


「ほい」


 ドサッ!


「ぐっ!」


 また地面へ転がる。


 だが、すぐに立つ。そして、また来る。


 次は横から。今度は踏み込みを深くし、さらに魔力まで強めてくる。


 そのたびに儂は攻撃をかわし、体勢を崩し、地面へ転がした。


 何度目だったか。


「まだ……!」


 ロイズは膝をつき、剣を杖代わりにしながら、それでも立とうとしていた。


「まだ……やれる……」


 技は粗い。力にも頼りすぎる。熱くなれば視野も狭くなる。


 だが――いいではないか。


「なかなかいい根性をしとるの」


「……当たり前だ……!」


 ロイズは、もう一度立ち上がろうとした。


 しかし、さすがに脚へ力が入らず、そのまま尻餅をつく。


「くそ……」


「もうよい」


「まだ……」


「立てんじゃろう?」


「くそっ……!」


 実に悔しそうだ。


 生意気で、跳ねっ返りで、年長者に対する口の利き方も知らん。


 だが、こういう若者は嫌いではない。


 儂はロイズの前まで歩き、手を差し出した。


「いいものを持っとるぞ」


「……慰めか?」


「儂は、そんな面倒なことはせんよ。力もある。速さもある。根性もある。ただ――身体の使い方には、まだまだ伸び代がある。それだけじゃ」


 ロイズが顔を上げる。


「覚えれば、もっと強くなれるぞ」


 ロイズは黙って儂の手を見つめた。


 やがて、その手を掴む。


 儂はロイズを引き起こすと、訓練場の中央へ戻った。


 周囲の騎士たちの目が、先ほどまでとは明らかに変わっている。


 疑いは消えていた。


 代わりに浮かんでいるのは、驚きと興奮。そして、戦う者ならではの好奇心だ。


 いい目になってきた。


「さて。次じゃ」


 騎士たちがざわつく。


「まだやるのですか?」


 ガイルが尋ねた。


「もちろんじゃ。一人だけでは分からんじゃろ」


 それに、儂もまだこの騎士団の実力を十分に見ていない。


 剣だけではない。


 槍ならどう使うのか。斧ならどうか。複数で来た時にはどう動くのか。魔力をどこまで身体へ巡らせられるのか。


 知りたいことはいくらでもある。


 儂は騎士たちを見渡し、ニカッと笑った。


「さあ、どんどんかかってこい!」


 その瞬間――騎士たちの目の色が変わった。



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


こういう生意気だけど根性のある若者は大人に好かれそう。


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。


よろしくお願いいたします。



挿絵(By みてみん)

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