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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
序章 治さない鍼灸師

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第4話 神と老鍼灸師

 真言を包んでいた光が消えた。


 足の裏に、再び感触が戻る。


 真言はゆっくりと目を開いた。


 そこは、上下も左右も判然としない白い空間だった。


 空もない。壁もない。風もない。それでも足元には地面らしき感触があり、呼吸もできる。


「ほう……」


 真言はまず、自分の身体を確かめた。


 両手を見て、握る。開く。手首を回す。それから手首に指を当て、脈を診る。


 異常はない。


「ふむ」


 そこでようやく、顔を上げた。


 少し離れたところに、一人の男が立っている。


 いや――男、人、と呼んでよいものか。


 姿は人に似ていた。


 玲瓏、という言葉がこれほど似合う者も珍しいだろう。人間離れした美貌。


 黒い絹のような長髪は、白い空間の光を受けて、きらきらと輝いているようにも見える。


 真言は九十二年生きてきたが、これほど美しい者を見たことはなかった。


 だが、その身から発せられるものには覚えがある。


 先ほどから幾度となく、自分へ向けられていたあの気配だ。


「なるほど」


 真言は小さく頷いた。

 

そして姿勢を正し、深く頭を下げる。


「お初にお目にかかります。黄崎真言と申します」


 神は、意外そうに目を見開いた。


「先ほどは、ずいぶんとお手間を取らせたようで。失礼いたしました」


「なぜだ」


 男が口を開いた。


「なぜ、あなたが謝る」


「何度もお呼びいただいたのに、儂がことごとく避けてしまいましたからのう」


「違う」


 神は首を振った。


「謝るのは、私の方だ」


 今度は神の方が姿勢を正した。


「あなたの意思も確かめず、一方的にここへ呼んだ。避けられれば意地になり、最後には逃げ場まで奪った」


 そして、深く頭を下げる。


「非礼を詫びる。申し訳なかった」


 真言はしばらく黙って相手を見ていた。


「頭をお上げくだされ」


 神が顔を上げる。


「なあに」


 真言はニカッと笑った。


「そちらにも、なにか事情がおありなのでしょう? そのお言葉だけでじゅうぶんです」


「しかし――」


「それに、なかなか面白い経験をさせていただいた」


「面白い?」


「先ほどの力です」


 真言は自分の掌へ目を落とした。


「気に似ておる。しかし、儂の知る気とは少し違う」


「あなたは……あれを感じていたのか」


「だから避けたのです」


その答えを聞いた神が、ふと真言を見つめた。


身体ではない。


その奥――魂を。


「…………!」


 男の目が大きく見開かれた。


「どうなさいました」


「あなたの魂が……変化している」


「儂の?」


 召喚する前から、真言の魂が並外れていることは知っていた。


 九十二年の生。そして、七十年以上に及ぶ鍼灸、気功、太極拳の修練。


 長い年月をかけて磨かれた魂は、人としては異例なほど澄み、そして強かった。


 だからこそ、神は真言を選んだ。

 だが、今はさらに違う。


「まさか……」


神は気づいた。


「あなたは、召喚の最中も私の力を感じていたのか?」


「ええ。珍しいものですからのう。つい」


 つい、感じられるものではないはずだが。


「感じていただけではない」


 神は真言を凝視した。


「あなたは……学んだのか」


「学んだ?」


「私の気配を。神の気を」


「神?」


 真言の目が、わずかに輝いた。


「あなた様は、神であられますか」


「……ああ」


 なんだと思っていたのだ。


「なるほど」


 真言は改めて、目の前の存在を見つめた。


「これが、神の気……」


「――!」


 神の表情が凍った。

 真言の魂が、わずかに反応している。

 まだほんのわずかだ。完全に同じものでもない。

 だが確かに、自分が放った神気の性質を帯び始めていた。


「人の魂が……神気を学習したというのか」


「ほう。神気というのですか」


「そこに食いつくのか……」


 神は思わず額を押さえた。


 だが、すぐに表情を戻し、改めて真言の魂を見る。


 召喚によって傷ついたのではない。


 むしろ逆だ。


 未知の力に触れ、それを感じ、学び、取り込んだことで――さらに高まっている。


 もはや、人という器の際まで来ている。


「この魂は……」


 神は息を呑んだ。


「神に至ろうとしているのか……?」


「はい?」


「……いや」


 真言自身は、まるで気づいていない。 


 神はしばらく真言を見つめた。


 それから、静かに姿勢を正す。


「黄崎真言殿」


「はい」


 真言もまた、姿勢を正した。


「改めて、非礼をお詫びする」


 神は深く頭を下げた。


「そして――あなたの深い技量と、その魂に敬意を払いたい」


 真言は少しだけ目を丸くした。


 それから、ニカッと笑って言った。


「なあに」



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。

本日は序章の後半三話を投稿いたします。

よろしくお願いいたします;

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