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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第2章 辺境都市アドヴァーン

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第37話 今から、あなたは儂の弟子じゃ

 周囲が慌ただしく動き始めた中、背後から声をかけられた。


「マコト様」


 振り返ると、そこにアリエルが立っていた。


「どうなされましたかな、アリエル殿」


 先ほどまでの明るい笑顔とは少し違う。背筋を伸ばし、真っ直ぐに儂を見ている。


「マコト様――いえ、先生」


 ん? 先生?


 アリエルは改めて姿勢を正した。


「どうか、私を弟子にしてくださいませ」


 その言葉に、部屋の空気が止まった。


「弟子?」


「はい」


 冗談を言っている顔ではない。アリエルは真剣な眼差しのまま、静かに続けた。


「私は、ずっと自分の身体のことで精一杯でした。魔力を使えば苦しくなって、無理をすれば寝込んでしまう。周りの人たちにも心配ばかりかけて……だから、いつも自分にできないことばかり考えていました」


 アーセルが、黙って娘を見つめている。


「でも、こうして先生に治していただきました」


 アリエルは自分の胸へ手を当てた。


「こんなに身体が軽いのは、生まれて初めてかもしれません」


 そして、その手をぎゅっと握る。


「だから、せっかく先生に治していただいたこの身体を、もっと人の役に立てたいのです」


 アリエルの目に、強い決意が宿っている。


「太極拳を学んで、もっと自分の魔力を上手に扱えるようになりたいのです」


 旅の途中で教えた太極拳は、ほんのさわりにすぎない。


 それでも、アリエルの身体と魔力の流れには、確かに変化があった。


「それから、先生の医術も学ばせてください」


「儂の医術を?」


「はい」

 アリエルは力強く頷いた。


「この土地では、たくさんの人が傷つきます。騎士も、兵士も、街の人たちも。魔物との戦いで傷つく人だって少なくありません」


 その言葉に、ガイルの表情がわずかに変わった。


「私にもできることがあるのなら、少しでも、そういう人たちを癒せるようになりたいのです」


 そこで一度息を吸い、アリエルはさらに声へ力を込めた。


「それに――いざという時に、誰かを守れるくらい強くなりたいのです!」


 アーセルも、ガイルも、サラも、アリエルの気迫に押されたように黙っている。


 まっすぐな娘だ。


 儂は頭を掻いた。


「しかしのう」


「はい」


「儂は、弟子を取れるような大した人間ではありませんぞ」


「そんなことはありません」

 即座に否定された。


 気持ちは嬉しいのだが――。


「いや、あるんじゃよ」


 それに、もう一つ問題がある。


「儂は、いつまでもこの地におるとは限らん」


 アリエルの表情が、ほんの少しだけ曇った。


「この世界へ来たのには、理由がありますからな」


 龍気と蛇気。森で起きていた異変。そして、アリエルの身体に起きたこと。


 分からないことばかりだ。


 蛇気はどこから来たのか。なぜ龍気と反発するのか。なぜ儂の真気が入ることで、二つは争わずに流れ始めたのか。


 何一つ、まだ答えは出ていない。


「それを調べるためには、あちこちへ出向くこともあるでしょう。ずっとアドヴァーンに留まっているわけにはいきません」


「はい。承知しています」


 それでも、アリエルは俯かなかった。


 儂はその顔を見ながら考える。


 もっとも、アリエルの身体のことも、これで完全に終わったとは限らない。


 あれほど膨大な魔力を持ち、一度は蛇気が全身へ広がっていたのだ。今はうまく調和しているように見えるが、この先も安定したままとは限らん。


 経過は診ておく必要があるだろう。


 それに――儂は部屋を見渡した。


 領主のアーセル、騎士団長のガイル、サラをはじめとした騎士たち。


 この街へ来て、まだ二日も経っていない。


 それでも、分かることはある。


 気持ちのいい者たちだ。


 領主の娘を守るために命を張った騎士たち。見知らぬ子供だと思っていた儂を逃がすため、ゴブリンの群れへ立ちはだかった者たち。


 そして、村人たちを救うために自分の護衛を減らしたアリエル。


 そんな辺境の者たちを束ねる、領主アーセル殿。


 この娘がもっと力をつけて、この土地を守りたいと願う気持ちも、よく分かる。


「うーむ」

 もう一度、周囲を見る。


 なぜか全員が、強い目でこちらを見つめていた。


 なぜおぬしらまで、そんな懇願するような顔をしておる。


「……よろしいのですかな?」


 儂はアーセルへ尋ねた。


「アリエル殿は、領主の娘なのですぞ。それを、素性もよく分からぬ鍼灸師の弟子などと」


 アーセルは娘を見つめ、しばらく黙っていた。


 やがて、ゆっくり頷く。


「娘が自分で決めたことだ」


「お父様……」


「それに」

 アーセルが今度は儂を見る。

「マコト殿になら、私からお願いしたいくらいだ」


 ガイルも深く頷いた。

「どうか、アリエル様の願いを聞いてはいただけないでしょうか」


 サラも深く頭を下げた。

「どうかお願いいたします」


 この者たちに、そこまで言われてはな。


「分かりました」


 その瞬間、アリエルの顔がぱっと明るくなった。


「ただし」


 儂は指を一本立てる。


「先ほども申したとおり、儂はいつまでこの街にいられるか分かりませんぞ」


「はい」


 儂を見つめるアリエルの目は、少しも揺るがなかった。


「それでもよいのなら――」


 儂もアリエルを真っ直ぐ見つめ返す。


「この地にいる間、儂の知っていることを教えましょう」


 アリエルの目に、うっすらと涙が滲んだ。


 少し照れくさい。


 だが、こういうことは、きちんと言葉にした方がよいのだろう。


「今から、あなたは儂の弟子じゃ」


「――ありがとうございます!」


 アリエルは深々と頭を下げた。


 そして顔を上げる。


 そこには、輝くような笑顔があった。


「それでは、これから私のことはアリエルとお呼びくださいね、先生!」


「いや、さすがにそれは……」


「だって、私はもう先生の弟子なのですよ?」


「それとこれとは……」


「先生」


「…………」

 押しが強い。誰に似たんじゃ。


 ちらりとアーセルを見た。何を笑っておる。


 仕方ない。 


「分かった」

 儂はアリエルへ向き直った。


「では、よろしくな。アリエル」


「はい!」


「言っておくが――」


 儂はニカッと笑った。


「一人前の鍼灸師になる修行は厳しいぞ?」


 アリエルは少しも怯まなかった。


 むしろ嬉しそうに胸を張る。


「はい、先生!」


 その笑顔は、窓から差し込む日の光よりも、ずっと明るく見えた。



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


このお話を書きながら、自分の師匠のことを思い出してました。

鍼灸師にとって、師匠に弟子入りするというのは大きな意味があります。


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。


よろしくお願いいたします。


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