第37話 今から、あなたは儂の弟子じゃ
周囲が慌ただしく動き始めた中、背後から声をかけられた。
「マコト様」
振り返ると、そこにアリエルが立っていた。
「どうなされましたかな、アリエル殿」
先ほどまでの明るい笑顔とは少し違う。背筋を伸ばし、真っ直ぐに儂を見ている。
「マコト様――いえ、先生」
ん? 先生?
アリエルは改めて姿勢を正した。
「どうか、私を弟子にしてくださいませ」
その言葉に、部屋の空気が止まった。
「弟子?」
「はい」
冗談を言っている顔ではない。アリエルは真剣な眼差しのまま、静かに続けた。
「私は、ずっと自分の身体のことで精一杯でした。魔力を使えば苦しくなって、無理をすれば寝込んでしまう。周りの人たちにも心配ばかりかけて……だから、いつも自分にできないことばかり考えていました」
アーセルが、黙って娘を見つめている。
「でも、こうして先生に治していただきました」
アリエルは自分の胸へ手を当てた。
「こんなに身体が軽いのは、生まれて初めてかもしれません」
そして、その手をぎゅっと握る。
「だから、せっかく先生に治していただいたこの身体を、もっと人の役に立てたいのです」
アリエルの目に、強い決意が宿っている。
「太極拳を学んで、もっと自分の魔力を上手に扱えるようになりたいのです」
旅の途中で教えた太極拳は、ほんのさわりにすぎない。
それでも、アリエルの身体と魔力の流れには、確かに変化があった。
「それから、先生の医術も学ばせてください」
「儂の医術を?」
「はい」
アリエルは力強く頷いた。
「この土地では、たくさんの人が傷つきます。騎士も、兵士も、街の人たちも。魔物との戦いで傷つく人だって少なくありません」
その言葉に、ガイルの表情がわずかに変わった。
「私にもできることがあるのなら、少しでも、そういう人たちを癒せるようになりたいのです」
そこで一度息を吸い、アリエルはさらに声へ力を込めた。
「それに――いざという時に、誰かを守れるくらい強くなりたいのです!」
アーセルも、ガイルも、サラも、アリエルの気迫に押されたように黙っている。
まっすぐな娘だ。
儂は頭を掻いた。
「しかしのう」
「はい」
「儂は、弟子を取れるような大した人間ではありませんぞ」
「そんなことはありません」
即座に否定された。
気持ちは嬉しいのだが――。
「いや、あるんじゃよ」
それに、もう一つ問題がある。
「儂は、いつまでもこの地におるとは限らん」
アリエルの表情が、ほんの少しだけ曇った。
「この世界へ来たのには、理由がありますからな」
龍気と蛇気。森で起きていた異変。そして、アリエルの身体に起きたこと。
分からないことばかりだ。
蛇気はどこから来たのか。なぜ龍気と反発するのか。なぜ儂の真気が入ることで、二つは争わずに流れ始めたのか。
何一つ、まだ答えは出ていない。
「それを調べるためには、あちこちへ出向くこともあるでしょう。ずっとアドヴァーンに留まっているわけにはいきません」
「はい。承知しています」
それでも、アリエルは俯かなかった。
儂はその顔を見ながら考える。
もっとも、アリエルの身体のことも、これで完全に終わったとは限らない。
あれほど膨大な魔力を持ち、一度は蛇気が全身へ広がっていたのだ。今はうまく調和しているように見えるが、この先も安定したままとは限らん。
経過は診ておく必要があるだろう。
それに――儂は部屋を見渡した。
領主のアーセル、騎士団長のガイル、サラをはじめとした騎士たち。
この街へ来て、まだ二日も経っていない。
それでも、分かることはある。
気持ちのいい者たちだ。
領主の娘を守るために命を張った騎士たち。見知らぬ子供だと思っていた儂を逃がすため、ゴブリンの群れへ立ちはだかった者たち。
そして、村人たちを救うために自分の護衛を減らしたアリエル。
そんな辺境の者たちを束ねる、領主アーセル殿。
この娘がもっと力をつけて、この土地を守りたいと願う気持ちも、よく分かる。
「うーむ」
もう一度、周囲を見る。
なぜか全員が、強い目でこちらを見つめていた。
なぜおぬしらまで、そんな懇願するような顔をしておる。
「……よろしいのですかな?」
儂はアーセルへ尋ねた。
「アリエル殿は、領主の娘なのですぞ。それを、素性もよく分からぬ鍼灸師の弟子などと」
アーセルは娘を見つめ、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくり頷く。
「娘が自分で決めたことだ」
「お父様……」
「それに」
アーセルが今度は儂を見る。
「マコト殿になら、私からお願いしたいくらいだ」
ガイルも深く頷いた。
「どうか、アリエル様の願いを聞いてはいただけないでしょうか」
サラも深く頭を下げた。
「どうかお願いいたします」
この者たちに、そこまで言われてはな。
「分かりました」
その瞬間、アリエルの顔がぱっと明るくなった。
「ただし」
儂は指を一本立てる。
「先ほども申したとおり、儂はいつまでこの街にいられるか分かりませんぞ」
「はい」
儂を見つめるアリエルの目は、少しも揺るがなかった。
「それでもよいのなら――」
儂もアリエルを真っ直ぐ見つめ返す。
「この地にいる間、儂の知っていることを教えましょう」
アリエルの目に、うっすらと涙が滲んだ。
少し照れくさい。
だが、こういうことは、きちんと言葉にした方がよいのだろう。
「今から、あなたは儂の弟子じゃ」
「――ありがとうございます!」
アリエルは深々と頭を下げた。
そして顔を上げる。
そこには、輝くような笑顔があった。
「それでは、これから私のことはアリエルとお呼びくださいね、先生!」
「いや、さすがにそれは……」
「だって、私はもう先生の弟子なのですよ?」
「それとこれとは……」
「先生」
「…………」
押しが強い。誰に似たんじゃ。
ちらりとアーセルを見た。何を笑っておる。
仕方ない。
「分かった」
儂はアリエルへ向き直った。
「では、よろしくな。アリエル」
「はい!」
「言っておくが――」
儂はニカッと笑った。
「一人前の鍼灸師になる修行は厳しいぞ?」
アリエルは少しも怯まなかった。
むしろ嬉しそうに胸を張る。
「はい、先生!」
その笑顔は、窓から差し込む日の光よりも、ずっと明るく見えた。
お読みいただき、ありがとうございます。
このお話を書きながら、自分の師匠のことを思い出してました。
鍼灸師にとって、師匠に弟子入りするというのは大きな意味があります。
一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。
よろしくお願いいたします。




