第34話 治したのは、アリエル
勢いよく扉が開き、全員がそちらを振り返った。
「お父様!」
そこに立っていたのは、つい先ほどまで眠っていたはずのアリエルだった。
「アリエル!」
アーセルが椅子を蹴るように立ち上がる。
だが、駆け込んできた娘の姿を見て、すぐに言葉を失った。
頬には血色が戻り、目にもはっきりと力がある。先ほどまで治療を受け、そのまま眠り込んでいた少女とは思えないほど、表情まで明るかった。
「もう起きて大丈夫なのか?」
「はい。目が覚めたら、なんだか身体の感じが全然違って……」
アリエル自身も戸惑っているらしく、自分の身体を確かめるように腕を動かし、肩を回す。そのまま軽く背筋を伸ばしたところで、ふいに動きが止まった。
「……すごい」
「どうした?」
「身体が……ものすごく軽いんです」
アリエルは信じられないものを見るように、自分の両手を眺めている。
アーセルが慌てたように尋ねた。
「痛みはどうだ!?」
「ありません」
「身体のだるさは?」
「それも全然。息苦しくもありません」
答えるたびに、アリエルの声が弾んでいく。
「お父様、私……こんなに身体が軽いの、初めてかもしれません」
「アリエル……」
アーセルが再び言葉を失う。
「頭もすごくすっきりしています。それに――」
アリエルが、そっと胸へ手を当てた。
「魔力が……」
その瞬間、部屋の空気が震えた。
ガイルとサラが同時に身構え、アーセルも目を見開く。
儂にも分かった。
アリエルの身体の奥で、何か巨大なものが動いたのだ。
淡い白い光が陽炎のように立ち上り、少女の身体をうっすらと包んでいく。
膨大な力だった。
だが、以前とはまるで違う。
これまでは全身のあちこちで引っかかり、押し合い、滞っていたものが、今は驚くほど滑らかに身体を巡っている。
「すごい……」
一番驚いているのは、やはりアリエル自身だった。
目を閉じ、恐る恐る自分の中の魔力を動かしているようだが、その表情はすぐに驚きから喜びへ変わった。
「こんなに簡単に動かせるなんて……。今まで、ほんの少し動かすだけでも、身体の中で何かにつかえるような感じがあったのに」
「アリエル、無理をするな」
アーセルが慌てて止める。
だが、アリエルは満面の笑みで首を振った。
「無理なんてしていません! むしろ、今までで一番楽です!」
その顔を見た瞬間、感極まったようにアーセルの表情が変わった。
そして、普段は鷲のように鋭い目が、すっかり父親のものになる。
「……そうか」
「はい」
「そうか……」
大きな手が、そっと娘の肩へ置かれた。
アリエルも何も言わない。
二人はしばらく、そのままだった。
やがてアーセルが儂へ向き直り、深く頭を下げる。
「マコト殿」
「はい」
「ありがとう」
短い言葉だった。
だが、その声には、これまでとは違う重みがあった。
「この子が何年苦しんできたか……。父として、これ以上の礼をどう言えばよいのか分からない」
隣へ並んだアリエルも、同じように頭を下げる。
「マコト様。本当に、ありがとうございます」
ガイルもサラも、黙って頭を下げていた。
「いやいや……」
儂は少し困った。
七十年以上も治療をしてきたが、こうして真正面から礼を言われるのは、どうにも慣れん。
「なあに。儂は少し手を貸しただけですぞ」
「手を……?」
「身体には、もともと治ろうとする力があります」
儂がしたのは、話を聞き、脈を診て、舌を見て、身体へ触れたこと。凝りを緩め、経絡の流れを整え、ほんの少し真気を通した。
それだけだ。そこまでしかできないのだ。
「儂が治したのではありません」
儂はアリエルを見て、ニカッと笑った。
「治したのは、アリエル殿自身の身体じゃ」
「私の身体が……」
儂が流れを作ったのではない。流れ始めたのは、アリエル自身の力だ。
龍気も蛇気も消えてはいない。互いの性質を失ったわけでもない。それでも今は、白と黒が混じり合うことなく、同じ流れの中を絡み合うように巡っている。
それが何を意味するのか、儂にもまだ分からない。
だが、何年も続いた不調から解放され、目の前で笑っている少女がいる。
今は、それで十分だろう。
「さて」
儂はアリエルへ笑いかけた。
「調子がよいからといって、今日は無茶をしてはいけませんぞ」
「はい!」
実にいい返事だった。
「それに、まだ何度か指圧はした方がよいでしょうな。急いで結論を出さず、身体の変化を見ながら、少しずつこの状態に慣らしていきましょう」
「……はい!」
アリエルの喜びに満ちた声が、部屋に響いた。




