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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第2章 辺境都市アドヴァーン

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第34話 治したのは、アリエル

 勢いよく扉が開き、全員がそちらを振り返った。


「お父様!」


 そこに立っていたのは、つい先ほどまで眠っていたはずのアリエルだった。


「アリエル!」


 アーセルが椅子を蹴るように立ち上がる。


 だが、駆け込んできた娘の姿を見て、すぐに言葉を失った。


 頬には血色が戻り、目にもはっきりと力がある。先ほどまで治療を受け、そのまま眠り込んでいた少女とは思えないほど、表情まで明るかった。


「もう起きて大丈夫なのか?」


「はい。目が覚めたら、なんだか身体の感じが全然違って……」


 アリエル自身も戸惑っているらしく、自分の身体を確かめるように腕を動かし、肩を回す。そのまま軽く背筋を伸ばしたところで、ふいに動きが止まった。


「……すごい」


「どうした?」


「身体が……ものすごく軽いんです」


 アリエルは信じられないものを見るように、自分の両手を眺めている。


 アーセルが慌てたように尋ねた。


「痛みはどうだ!?」


「ありません」


「身体のだるさは?」


「それも全然。息苦しくもありません」


 答えるたびに、アリエルの声が弾んでいく。


「お父様、私……こんなに身体が軽いの、初めてかもしれません」


「アリエル……」

 アーセルが再び言葉を失う。


「頭もすごくすっきりしています。それに――」


 アリエルが、そっと胸へ手を当てた。


「魔力が……」


 その瞬間、部屋の空気が震えた。


 ガイルとサラが同時に身構え、アーセルも目を見開く。


 儂にも分かった。

 アリエルの身体の奥で、何か巨大なものが動いたのだ。


 淡い白い光が陽炎のように立ち上り、少女の身体をうっすらと包んでいく。


 膨大な力だった。


 だが、以前とはまるで違う。

 これまでは全身のあちこちで引っかかり、押し合い、滞っていたものが、今は驚くほど滑らかに身体を巡っている。


「すごい……」


 一番驚いているのは、やはりアリエル自身だった。


 目を閉じ、恐る恐る自分の中の魔力を動かしているようだが、その表情はすぐに驚きから喜びへ変わった。


「こんなに簡単に動かせるなんて……。今まで、ほんの少し動かすだけでも、身体の中で何かにつかえるような感じがあったのに」


「アリエル、無理をするな」

 アーセルが慌てて止める。


 だが、アリエルは満面の笑みで首を振った。


「無理なんてしていません! むしろ、今までで一番楽です!」


 その顔を見た瞬間、感極まったようにアーセルの表情が変わった。


 そして、普段は鷲のように鋭い目が、すっかり父親のものになる。


「……そうか」


「はい」


「そうか……」


 大きな手が、そっと娘の肩へ置かれた。


 アリエルも何も言わない。


 二人はしばらく、そのままだった。


 やがてアーセルが儂へ向き直り、深く頭を下げる。


「マコト殿」


「はい」


「ありがとう」


 短い言葉だった。


 だが、その声には、これまでとは違う重みがあった。


「この子が何年苦しんできたか……。父として、これ以上の礼をどう言えばよいのか分からない」


 隣へ並んだアリエルも、同じように頭を下げる。


「マコト様。本当に、ありがとうございます」


 ガイルもサラも、黙って頭を下げていた。


「いやいや……」

 儂は少し困った。


 七十年以上も治療をしてきたが、こうして真正面から礼を言われるのは、どうにも慣れん。


「なあに。儂は少し手を貸しただけですぞ」


「手を……?」


「身体には、もともと治ろうとする力があります」


 儂がしたのは、話を聞き、脈を診て、舌を見て、身体へ触れたこと。凝りを緩め、経絡の流れを整え、ほんの少し真気を通した。


 それだけだ。そこまでしかできないのだ。


「儂が治したのではありません」


 儂はアリエルを見て、ニカッと笑った。


「治したのは、アリエル殿自身の身体じゃ」


「私の身体が……」


 儂が流れを作ったのではない。流れ始めたのは、アリエル自身の力だ。


 龍気も蛇気も消えてはいない。互いの性質を失ったわけでもない。それでも今は、白と黒が混じり合うことなく、同じ流れの中を絡み合うように巡っている。


 それが何を意味するのか、儂にもまだ分からない。


 だが、何年も続いた不調から解放され、目の前で笑っている少女がいる。


 今は、それで十分だろう。


「さて」

 儂はアリエルへ笑いかけた。


「調子がよいからといって、今日は無茶をしてはいけませんぞ」


「はい!」

 実にいい返事だった。


「それに、まだ何度か指圧はした方がよいでしょうな。急いで結論を出さず、身体の変化を見ながら、少しずつこの状態に慣らしていきましょう」


「……はい!」


 アリエルの喜びに満ちた声が、部屋に響いた。



挿絵(By みてみん)


お読みいただき、ありがとうございます。


私も鍼灸師なので、こうして患者さんが元気になるのは本当に嬉しいです。


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。


もし続きも読んでみたいと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


よろしくお願いいたします。



「医武一体」

挿絵(By みてみん)

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