↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第2章 辺境都市アドヴァーン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/64

第31話 休むことも治療のうちじゃ

 用意された部屋には、大きなベッドが一つ置かれていた。

 窓からは柔らかな日の光が差し込み、静かで落ち着いた部屋だ。


「助手をつけましょうか?」


 そう尋ねられたが、儂は断った。


「いや、必要ありませんぞ」


 診察をするだけなら、一人で十分だ。


 ただし、アリエルは十三歳の少女である。


 儂の中身が九十三歳の爺だろうと、見た目は十歳ほどの少年だ。余計な誤解を招く必要もない。


 結局、昨日の会談にも同席していた女性騎士が、付き添いとして一人だけ部屋に残ることになった。


 そこで、ふと気づく。


「そういえば、まだお名前を聞いておらなんだな。今日はよろしく頼みますぞ」


 声をかけると、その女性騎士は姿勢を正して一礼した。


 赤毛が印象的な凛々しい女性騎士だ。


「申し遅れました。サラと申します。辺境騎士団に所属しており、アリエル様の護衛を拝命しています。マコト殿、よろしくお願いいたします」


「サラ殿か。こちらこそ、よろしく頼みますぞ」


 落ち着いた話し方をする人だ。


 昨日の様子を見ても、周囲によく目が届いている。面倒見もよさそうで、どことなく姉御肌という言葉が似合う。


 アリエルの付き添いを任されるのも、なんとなく分かる気がした。


 アリエルがベッドの横に置いてあった椅子へ腰を下ろす。


「では、何をすればよいでしょうか?」


 どことなく楽しそうでもある。旅から帰ってきたばかりだというのに、さすが辺境領主の娘だ。肝が据わっておる。


「まずは話を聞かせてもらおうかの」


 儂は彼女の正面へ椅子を持ってきた。


 治療の前に、まず診察。

 そして診察は、問診から始まる。


 これは世界が変わろうと同じことだ。


「身体の調子が悪くなったのは、いつ頃からじゃ?」


 アリエルは少し考えた。


「はっきり覚えているのは、三年ほど前からです」


「最初はどんな具合じゃった?」


「疲れやすくなりました。魔法の訓練をしたあと、以前より身体が重くなるようになって……」


「ほうほう」


 そこから、儂は順に話を聞いていった。


 いつから始まったのか。最初はどんな症状だったのか。それが今までにどう変わったのか。去年はどうだったか。一昨年はどうだったか。


「今、一番つらいのは?」


「身体の重さ……でしょうか。朝起きた時から、身体の奥に何かが残っているような感じがします」


「楽になる時はありますかな?」


「眠ったあとは少し。でも、魔法をたくさん使うと悪くなります」


「食欲は?」


「あります」


「好き嫌いは?」


「……少しだけ」


「少し、というのは?」


 アリエルが、すっと目を逸らした。


 隣に立つサラの口元が、わずかに緩む。


 なるほど。

 本人は隠しているつもりでも、周りにはすっかり知られているようじゃな。


 さらに、食事や睡眠、小便や便通、これまでの怪我や病、生まれた時のこと、家族に似た症状を持つ者がいるかまで尋ねていく。


 質問が増えるにつれ、アリエルは少し不思議そうな顔になった。


「ずいぶん、いろいろなことを聞くのですね」


「身体というものは、全部つながっておりますからな」


 腹の具合と頭痛が無関係とは限らない。眠りと食欲も、呼吸と筋肉も、心と身体も、それぞれ切り離して考えることはできない。


 一つだけ見て分かることなど、たかが知れている。


 一通り話を聞き終えると、儂は手を差し出した。


「では、手を」


「はい」


 細い手首を取り、橈骨動脈へ三本の指を置く。


 アリエルが、不思議そうに儂の指を見た。


「何をしているのですか?」


「脈を診ております」


「脈?」


「鍼灸では、この脈を診る“脈診”という診断法を大切にしているのです」


 指先へ意識を集める。


 脈が浮いているか、沈んでいるか。速いか遅いか。強いか弱いか。滑らかに打っているか、それともどこか滞っているか。


 左右を比べ、指の圧を変えながら、浅いところから深いところまで診ていく。


「それで、何が分かるのですか?」


「いろいろ分かりますぞ」


「いろいろ?」


「身体の調子、元気があるかどうか、どこに不調があるか、内臓の状態、食事や睡眠。それから――気の状態じゃな」


 アリエルが目を丸くする。


「脈だけで?」


「脈だけで判断するわけではありませんがの」


 しばらく診ていると、なるほどと思う。


 やはり疲れている。


 二日間の旅に加えて、その前にはゴブリンに襲われ、魔力も使っている。昨日より調子がいいとはいえ、身体そのものの疲労まで消えたわけではない。 


「旅で疲れておりますな」


「……分かるのですか?」


「ちゃんと脈に出ておりますぞ」


「すごい……」


「いやいや。これが仕事じゃ」


 念入りに脈を診ながら、その奥にあるものへ、ほんの少し意識を向けた。


 やはり、いる。


 この世界の人間から感じる気とは違う。森の異変で感じた、あれと同じものだ。


 薄い。

 だが、広い。


 アリエルの身体のあちこちへ、染み込むように存在している。


 まだ判断はしない。

 診断はまだ残っている。

 さあ次だ。


「では、舌を見せていただきましょうか」 


「…………え?」


「舌じゃ」


「舌ですか!?」


 なぜそんなに驚く。


「地球では、“舌診”と言って舌の状態を診て全身の調子をみるのです」


「舌で……全身を?」


「色や形、苔のつき方、潤い。いろいろ見るところがあるのですよ」


「はあ……」


「では、舌をべーっと出してみてくだされ」


「べー、ですか」


「べー、じゃ」


 アリエルは少しためらった。


 隣ではサラが、必死に表情を変えまいとしている。


「……笑っていませんか?」


「いいえ。決して」

 真面目な顔で否定するサラ。この娘もなかなかいい性格をしてるようだ。


「それでは、アリエル殿。口を開けてくだされ」


「…………はい」


 アリエルは覚悟を決めたのか、目を閉じ、おそるおそる舌を出した。


「べー……」


「うむ」


 儂は少し顔を近づけて観察する。


 色、形、舌苔、乾湿。

 ひと通り見たところで頷いた。


「もうよろしいですぞ」


 アリエルは、すぐに舌を引っ込めた。


 少し頬が赤い。


「こんな診察は初めてです……」


「儂は何万まいと見てきましたがな」


「何万回……」


 さて。問診、脈診、舌診は済んだ。


 まだ診たいものはあるが、儂は窓の外へ目を向けた。


 いつの間にか、日が傾き始めている。


 アリエルは今日、長旅を終えて帰ってきたばかりだ。


「今日はここまでじゃな」


「え?治療は?」


「明日からにしましょう」


「でも、私はまだ大丈夫です」


「大丈夫かどうかを決めるのも、儂の仕事なのです」


 優しく、だがきっぱりと言うと、アリエルは黙った。


「そして今日は休むことが、アリエル殿の仕事じゃ。よく食べて、風呂に入って、しっかりお眠りなさい」


「……それも治療なのですか?」


「むろんです。美味いものを食って、温かい湯に浸かって、ぐっすり眠る。身体を治すのに、これほど大切なものもないのですぞ」


 アリエルも、ようやく笑顔が戻ってきた。


「分かりました」


 儂はニカッと笑ってみせた。


「うむ。よい患者ですな」



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


今回登場した「脈診」は、東洋医学で大切にされてきた診察法です。

西洋医学では主に脈拍数やリズムなどを見ますが、東洋医学では脈の浮き沈み、強弱、速さなどから、身体全体の状態や気血、内臓の働きまで読み取ろうとします。

同じ「脈を診る」でも、考え方は少し違うんですね。


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。


よろしくお願いいたします。



「四診」

挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。