第29話 置き鍼の城
アーセルはさすが領主と言うべきか、立ち直るのは早かった。
「それで」
仕切り直すように、アーセルが真剣な顔で儂を見る。
「その七十年以上の治癒師としての経験を持つマコト殿が、娘の異常に気づいたと」
「ええ。もっとも、まだきちんと診察したわけではありません。今のところは、気になるところがある――という程度ですな」
「それで構わない。聞かせてほしい」
「では」
ここからは儂の仕事の話だ。
自然と背筋が伸びた。
「まず、この土地の下には、非常に大きな気の流れがあります」
「キの流れ?」
「ええ」
当然ながら、儂の使う言葉がそのまま通じるわけではない。
「儂の故郷では、人の身体を巡る生命の働きを“気”と呼び、その通り道を“経絡”と呼びます。儂が感じる限りでは、それと似たものが大地にもあるようなのです」
アーセルもアリエルも、黙って耳を傾けている。
「この世界で何と呼ばれておるのかは知りませんので、ひとまず儂なりに名前をつけました」
「名前を?」
「龍脈です」
「リュウミャク……」
アリエルがゆっくり繰り返した。
「龍の脈、と書きます。大地の下を巡る巨大な気の流れが、まるで龍のように見えましてな」
地中を這う龍のようでもあり、人の身体を巡る脈のようでもある。
だから、龍脈。
「そして、その龍脈がいくつも集まり、特に強く気が集まる場所があります。そちらは“龍穴”と呼んでおります」
「それも、マコト殿が?」
「ええ。今のところ、儂がそう呼んでおるだけです」
厳密には、地球にも似た考え方や言葉はあった。
だが、この世界で起きている現象がそれとまったく同じものかは分からない。だから今は、あくまで観察するための名前だ。
「人の身体にも、気が集まりやすく、働きかけることで全身へ影響を与える場所があります。それを経穴――いわゆるツボと呼びます。龍穴というのは、いわば大地のツボですな」
アーセルがゆっくり頷いた。
「つまり、龍脈が大地を流れる力の道で、龍穴がその力の集まる場所ということか」
「おお。その理解でよろしいですぞ」
話が早い。新しい概念をこれほど早く理解するとは、よほど頭が柔軟なのだろう。
「そして――」
儂は足元へ目を向けた。
「この城は、その龍穴の上に建っておりますな」
部屋の空気が変わった。
アーセル殿の目が鋭くなる。
「この城が?」
「おそらく、ですがな」
「なぜ分かる?」
「感じるからです」
「…………」
こればかりは、そうとしか言いようがない。証拠を出せと言われても困る。
「この遥か下で、いくつもの大きな流れが一つに集まっております。それも、森で見つけたものとは比べものにならぬほど大きい」
「森で?」
アリエルが尋ねる。
「うむ。儂がグレイと出会った森にも、小さな龍穴があったんじゃ」
「ニャ」
名前を呼ばれたグレイが、律儀に返事をした。
「そこで少しばかり、気の流れを整えてな」
少しばかり、で済ませてよいのかは分からんが。
「それで、この城を見て一つ思ったことがあります」
儂は窓の外へ目を向けた。
分厚い石壁を持ち、長い年月この場所に立ち続けてきた城。
「この城そのものが、置き鍼に似た働きをしておるのかもしれません」
「置き鍼?」
「鍼を身体へ刺し、すぐには抜かず、しばらくそのままにしておく治療法です。一定の場所へ刺激を与え続けるわけですな」
アーセルが眉を寄せた。
「その……鍼というのは?」
「人を治療するための道具です。ごく細い金属を身体の決まった場所へ刺します」
「刺すのですか!?」
アリエルが思わず身を引いた。
儂は笑った。
「そんなに怖がらんでも大丈夫ですぞ。きちんと使えば、それほど痛いものではありません」
「そ、そうなのですか……」
「その鍼と城が同じものだ、と言っているわけではありません」
ここは誤解のないようにしておこう。
「ただ、龍穴という大地の要所に、これほど巨大な建造物が何百年も存在し続けている。それによって、この場所の気へ何らかの働きかけが続いている可能性はある――そう考えたのです」
「城そのものが、大地へ影響していると?」
「ええ。あるいは城ではなく、ここに集まる人々や、長い年月積み重なった営みまで含めてかもしれません」
アーセル殿は窓の外へ目を向けた。
「そんな考え方は、したことがなかった」
「儂も、まだ思いついただけです。もともと龍穴を知っていてこの場所へ城を建てたのか。それとも地形や水、街道、防御の都合を考えた結果、偶然ここへ建ったのか。そこまでは分かりません」
だが、無関係とはどうしても思えない。
「この都市は、魔物から人を守る武の要衝です。それと同時に――」
儂はもう一度、足元の遥か下へ意識を向けた。
「大地を巡る流れそのものを守る場所でもあるのかもしれませんな」




