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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第2章 辺境都市アドヴァーン

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第27話 辺境都市に来たのは、大正解だったらしい

 アドヴァーンへ向かう旅も、二日目の午後を迎えていた。


「マコト様、見えてきました」


 馬車の窓から外を眺めていたアリエルが、少し弾んだ声を上げた。


「どれ」


 儂も窓へ顔を寄せる。


 街道の向こう、遠く霞む山々を背にして、巨大な城壁が見えていた。


 まだずいぶん距離はある。それでも、その大きさははっきり分かる。


 広大な大地の中に、灰色の城塞がどっしりと構え、そのさらに向こうには幾重にも山々が連なっていた。


「ほう……」


 思わず感嘆の声が漏れた。


 儂にとっては、生まれて初めて目にする異世界の都市だ。

 もちろん、見覚えのある景色のはずがない。


それなのに、どこか懐かしい。


 しばらく眺めているうちに、昔覚えた漢詩がふと口をついた。


「黄河遠く上る、白雲の間(かん)――」


「?」

 アリエルがこちらを見る。


 儂は遠くの城塞を眺めたまま、その続きを口にした。


「一片の孤城、万仞(ばんじん)の山」


 王之渙(おう・しかん)の『涼州詞』だ。


 黄河は遥か白雲の間へ上り、その彼方、万仞の山々の中に一つの孤城がある。


 もちろん、ここに黄河はない。山々も、詩に詠まれたものとは違う。

 ましてや、ここは地球ですらない。


 それでも、遠く山々を背負って立つあの城塞を見ていると、なぜか同じ景色が心に浮かんだ。


「美しい都市じゃな」

 自然と、そんな言葉が出た。


「……ありがとうございます」

 アリエルが嬉しそうに微笑んだ。


「あなたに礼を言われることでもないでしょう」


「いいえ。私の故郷ですから」


「なるほどの」


 そういうものかもしれん。


 いつの間にか馬車の近くまで来ていたガイルも、遠くのアドヴァーンを眺めていた。


「先ほどの言葉は、マコト殿の故郷の詩ですか?」


「うむ。王之渙という詩人の詩じゃ」


「意味は分かりませんでしたが……美しい響きですね」


「そうか」


 それを聞いて、少し可笑しくなった。


 王之渙もまさか、自分の詩が千年以上の時を越え、さらに世界まで越えて、異世界の騎士に褒められるとは思っておるまい。


 儂はもう一度、遠くの城塞へ目を向けた。


 アドヴァーン。


 どうやら、なかなか面白そうな町じゃ。


 ・・・・・・


アドヴァーンへ近づくにつれ、その大きさがはっきり分かってきた。


「これは……たいしたものじゃな」


 遠くからは一枚の壁にしか見えなかったものが、今では巨大な城壁となって視界を塞いでいる。


 高く、そして厚い。


 見栄えのために造られたものではない。長い年月、何かを防ぎ続けてきた壁だ。


 ところどころには塔があり、その上には武装した兵士たちの姿も見える。


 街道も次第に広くなっていた。


 荷馬車や行商人、旅人、武器を携えた者たち。アドヴァーンへ近づくほど、人の流れが増えていく。


 やがて、一行は巨大な城門の前へ到着した。


 門の前にはいくつもの列ができている。


 荷物を満載した商人が兵士と話している横では、武器や防具を身につけた者たちが順番を待っていた。


「あの方たちは?」


「冒険者の方々です」


 アリエルが教えてくれた。


「ほう。あれが冒険者か」


 また一つ、知らぬものを知った。


 どういう仕事をする者たちなのか詳しく聞いてみたいところだが、今は後でいい。


 儂らの一行は、その列には並ばなかった。


 辺境騎士団の旗を確認すると、門兵たちがすぐに道を開ける。


「アリエル様、お帰りなさいませ!」


 兵士たちが一斉に姿勢を正した。


「ご苦労さまです」


 アリエルが落ち着いて応じる。


 なるほど。本当に領主の娘なんじゃな。

 いや、別に疑っていたわけではないが。


 そして馬車が巨大な城門をくぐった。


 その先を見た瞬間――儂は目を見開いた。


「ほお……!」


 人がいる。とにかく、人がいる。


 広い通りの両側には、石造りの建物や木組みの家が並び、軒先いっぱいに商品を広げた店が続いていた。


 色鮮やかな布、見たことのない果物、焼いた肉の匂いに香辛料の香り。鍛冶場からは金属を打つ音が響き、商人の呼び声や子供たちの笑い声があちこちから聞こえてくる。


 荷車が行き交い、その隙間を人々が器用に縫って歩いていた。


 しかも、人間ばかりではない。


 地球にいた頃の儂より頭二つ、三つは大きそうな男もいれば、長い耳を持つ者もいる。逆に、ずいぶん小柄なのに、肩幅の広いがっしりした者もいた。髪の色も肌の色もさまざまだ。


「アリエル殿」


「なんでしょうか?」


「あの耳の長い者は?」


「エルフの方ですね」


「おお。あれがえるふか!」

 思わず身を乗り出す。


「では、あの小柄な御仁は?」


「ドワーフです」


「どわーふ!」


 今の儂と大して変わらぬ背丈なのに、なんとも立派な体つきをしている。


 実に興味深い。


「あの店はなんじゃ?」

「魔道具店ですね」

「魔道具!」


「その隣は薬屋です」

「薬屋!」


 見たい。実に見たい。

 できることなら、今すぐ馬車を降りたいくらいじゃ。


「マコト様、とても楽しそうですね」

 アリエルが笑っている。


「それは楽しいでしょう。知らぬものばかりですからな」


「あれほど落ち着いてゴブリンを倒していた方と、同じ人とは思えません」


「おぉ、グレイも見てみい。あの店、本屋ではないか!?」


 アリエルが声を立てて笑った。


 足元では、グレイが呆れたような顔でこちらを見ている。


「なんじゃ、その顔は」

「ニャア」

「儂は普通じゃぞ」

「ニャ」


 どうも納得しておらんらしい。


「グレイ、マコト様は楽しそうなのですから、いいではありませんか」


「ニャ」


「そうですよね。あとで一緒に街を見に行きましょうね」


「ニャア」


 アリエルとグレイが当たり前のように会話をしている。


「おぬしら、いつの間にそんなに仲良くなったんじゃ」


 アリエルは楽しそうにグレイの背を撫で、グレイも当然のようにされるがままになっている。


 昨日までは、あれほど警戒していたくせに。一体、なにがあったのか。


 儂はもう一度、窓の外へ目を向けた。


 胸が躍る。


 九十二年生きても、初めて見るものはまだまだある。


 いや、異世界へ来たのだから当然か。


 今の儂だけを見れば、初めて大きな街へ連れてきてもらった十歳の子供そのものだったかもしれない。


 ・・・・・・


 馬車は大通りを進み、やがて街の中心部へ入った。


 その先に、大きな城が見えてくる。


「ほう……これがアドヴァーン城か」


 街の入口で見た城壁とは、また違った迫力があった。


 決して華美な城ではない。装飾は少なく、高く尖った塔も優美な彫刻もほとんどない。厚い石壁と小さな窓を持つ、無骨で頑丈な造りだった。


 美しく見せるための城ではない。


 守るための城――いや。

 戦うための城だ。


「いかにも辺境の城じゃな」


「華やかではないでしょう?」

 アリエルが言う。


「いや。儂は大変気に入りました」


「本当ですか?」


「まず無駄がない。それでいて、長い年月を耐えてきた重みがある」


 アリエルは、また少し嬉しそうにした。


 馬車が城へ近づいていく。


 その時だった。


 咄嗟に大きく飛びずさりそうになるのをなんとかこらえ、わずかに姿勢を変えるだけにとどめた。


 なんじゃ、これは。

 地面の下。

 しかも、かなり深い。


 街の喧騒や人々の気配に紛れて、巨大な何かが流れている。


 森で感じたものより、はるかに大きい。


 意識を静かに沈め、その流れを追っていく。


 地面のさらに奥を、太い気の流れが走っていた。


 しかも一つではない。いくつもの流れがこの辺りへ集まり、巨大なうねりとなっている。

 そして、その気が集まり、強く働いている一点。


 この下に、龍脈と龍穴がある。


 儂は城を見上げた。


 位置が重なる。

 偶然か?


 いや、これほど巨大な城を建てる場所だ。地形、水、街道、防御。さまざまな条件を考えた末に選ばれたのだろう。


 その結果として龍穴の上になったのか。


 それとも――最初から知っていたのか。


 さらに意識を向けると、城そのものからも、わずかに気の働きを感じた。


 石が積み上げられ、建物が立ち、人が住み、何百年という時間が積み重なっている。


 巨大なものが、同じ場所に長い年月据えられ続けている。


 それだけではない。


 この城そのものにも、何か魔法的な仕掛けがあるように感じる。


「……なるほど」


 ふと、鍼が頭に浮かんだ。


 置き鍼という技法がある。


 刺してすぐに抜くのではなく、その場にしばらく留めて刺激を続ける方法だ。


 もし、この城が何百年もの間、龍穴の上に据えられているのだとしたら――。


 城そのものが、大地へ働きかけ続けているとも考えられる。


 もちろん、本当にそうなのかは調べてみなければ分からない。


 だが、この場所に何かあるのは確かだった。


 魔物と人との境を守る城塞都市。そのさらに下を、巨大な龍脈が走っている。


 もしかすると、この街は人だけを守っているのではないのかもしれない。


 大地を巡る龍脈そのものを守る場所。

 

 そう考えると、いろいろと辻褄が合ってくる。


 そして、その大きな流れの中に――ほんのわずかだが、引っかかるものがあった。


 乱れている、と断言するにはまだ早い。だが、滑らかではない。


 森の龍穴で感じたものを、儂は思い出していた。


「……やはり」


「マコト様?どうかなさいましたか?」

 アリエルがこちらを見る。


「いや」

 儂は城を見上げた。


「ここへ来たのは、正解だったようじゃ」


「?」

 アリエルは不思議そうな顔をする。


 グレイも足元からじっと城を見つめていた。その黒曜石のような角を、城の方に向けている。何か感じ取っておろのか。


 儂はもう一度、大地の底を流れる巨大な気へ意識を向けた。

 龍脈。龍穴。そして、その中に混じる小さな違和感。


 まだ、何が起きているのかは分からない。


 ならば――診てみればいい。


 馬車はそのまま、ゆっくりとアドヴァーン城の門をくぐっていった。



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。


ついにアドヴァーンへ到着。

辺境都市を想像した時、なぜか王之渙の詩が思い浮かんだんです。

マコトだけではなく、私もこの都市のことがとても気に入りました。


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。


もし続きも読んでみたいと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


よろしくお願いいたします。



挿絵(By みてみん)

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