第24話 SIDE ガイル あの少年から目を離してはいけない
その日の戦いで、騎士団に死者は出なかった。
それだけは幸運だったと、ガイルは思う。
負傷者はいた。浅い者も、深い者もいた。だが全員、生きて戻ることができた。
これは全てマコトという少年の助力があってこそ。
もしあのままだったら、アリエル様を最後まで守れたかどうか。
騎士団長として、いくら感謝してもし足りないほどだ。
しかし――ガイルは、昼間の光景を思い出していた。
戦いが終わったあと、マコトはゴブリンの死体のそばにしゃがみ込んでいた。
最初は何をしているのか分からなかった。
祈っているのかとも思った。
だが違った。
腕を持ち上げ、関節の動きを確かめる。筋肉のつき方を触り、骨格を調べる。
やがて腹部まで開き、内臓の位置を確かめ始めた。胃の中身まで覗き込んでいる。
頭部にも興味を示した。脳。眼球。歯。顎。なぜか特に舌が気になっていたようだ。
ひとつひとつ、本当に楽しそうに観察していた。
『ほう……。こうなっとるのか」
あの時の声が、妙に耳に残っている。
子供が珍しい虫でも見つけたような、純粋な声だった。
もちろん、残酷さを楽しんでいたわけではない。
むしろ逆だ。
マコトは死体を粗末に扱ってはいなかった。
必要以上に傷つけることもなかったし、扱いは驚くほど丁寧だった。
老成した死者への悼みと、少年らしい無邪気な好奇心。その二つが同居するマコトを、ガイルは少し不気味に感じていた。
思えば、治癒師たちの魔法を見ていた時もそうだった。
ガイルは最初、マコトが治癒魔法そのものに興味を持っているのだと思っていた。
もちろん、それも間違いではない。
だが、見ていたのは魔法だけではなかった。
傷口だ。体の内部を覗き込むように観察していた。
魔法で裂けた皮膚がどう閉じるのか。血がどう止まるのか。傷跡がどう残るのか。身体のどこから、どのように変化が起きているのか。
そこまで見ていた。そして、やはり楽しそうだった。
ガイルは椅子の背にもたれた。
マコトが善良な人物であることは、もう疑っていない。むしろ、あれほど人の命を軽く扱わない者も珍しい。
傷ついた者がいれば迷わず診る。苦しんでいる者を放っておけない。
敵意のない相手には、驚くほど穏やかだ。
だが──研究対象を前にした時だけ、どこか普通の人間とは違うところへ行ってしまう。
ふと、考える。
もし今日、部下の誰かが死んでいたら。
マコトはどうしただろう。
きっと悲しんだ。死者を悼み、残された仲間にも心を配っただろう。
それは間違いない。
だが、そのあと。
きっと――診ただろう。
ゴブリンと同じように。
傷の入り方を確かめ、骨を見て、筋肉を触り、内臓まで調べたはずだ。
そう思えてしまう。
いや。妙なことに、確信に近かった。
敵だからではない。味方だからでもない。生きているからでも、死んでいるからでもない。
あの少年にとって、身体そのものが興味の対象なのだ。
ガイルは小さく息を吐いた。
「……変わった御仁だ」
変わっている、という言葉では足りない気もした。
グレイのこともそうだ。
角のある小さな猫型の魔物で、かなり知能も高い。あれほど高位と思われる魔物と、ほとんど言葉を交わすように意思を通じ合わせている。
マコトが声をかければ、グレイは意味を理解して動く。
グレイの鳴き声を聞けば、マコトも何を言いたいのか分かっているように見える。
そんな話は、聞いたことがない。
そして、ゴブリン魔術師の魔法を無効化した技──マジック・キャンセル。
信じがたいことに、あの少年は発動する前の魔法を掻き消した。防いだのでも、逸らしたのでもない。
消したのだ。
あれほど異様な技を使っておきながら、本人は大したことをしたつもりもないらしい。
さらにあの高度に洗練された武術。
数匹のゴブリンを前にしても慌てず、まるで散歩でもしているかのような動き。
多方向から襲ってくる剣や槍、斧を、残像だけを残して全てかわしてしまう。まるで幻の体であるかのように。
攻撃も意味不明だ。私にはゴブリンの体に優しく触れたようにしか見えなかった。それなのに、ことごとくゴブリンは崩れ落ち絶命していた。
あれほどの武闘家は王都でもそうはいまい。いや、王都最強の拳士、あるいは剣士でもいいが、あの技に勝てるかどうか。
それなのに、戦いの後の姿はどうだ。
傷ついた兵士を労わりながら、これまた見たこともない治癒の術を施してくれる。
『無理はせん方がええぞ』
『見事な戦いぶりでしたな』
『安心しなされ。すぐによくなるぞ』
そんな温かな言葉をかけながら。
話していると、本当に老人と向き合っているような気分になる。
見た目は十歳ほどの少年なのに。
「九十三歳、か……」
最初に聞いた時は、さすがに疑った。
他の世界から来た、神様に呼ばれて来た、という言葉はよくいって半信半疑といったところだったが。
だが今となっては、むしろそちらの方が納得できる。
問題は、それでもなお、マコトという人物を理解しきれないことだった。
もし自分たちがあの森で出会っていなかったら。
マコトは一人でアドヴァーンへ向かっていたのだろう。
道中で珍しい魔物を見つければ立ち止まり、怪我人を見つければ治療し、見たことのない魔法を目にすれば近づいて、無邪気に質問しただろう。
誰かに尋ねられれば、自分が異世界から来たことも、神に会ったことも、平然と話したかもしれない。
もし、マコトやグレイを危険視し、その人柄も実力も知らないまま敵対する者がいたら。
もし、それが辺境騎士団だったら。
ガイルはそこまで想像して、眉間を押さえた。
「……我々が先に見つけて、本当によかった」
口に出してから、自分でも少しおかしくなる。
命を助けられたのは、こちらの方だというのに。
マコト・イエローは善良であり、恐ろしく有能だ。
そして、見た目通りの十歳の少年ではない。
耳の奥に甦る、ゴブリンの死体を調べていた時の声。
我々を助けてくれた恩は、何としても返さねばならない。
だからこそ──目を離してはいけないのだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回は騎士団長ガイルからの視点でした。
一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。
よろしくお願いいたします。




