第23話 治癒魔法でも、治すのは身体なんじゃな
しばらくして、団長のガイルがようやく咳払いをした。
「その……いろいろと伺いたいことはありますが」
ガイルはまっすぐに儂を見た。
「私は、マコト殿を信頼できるお方だと感じています」
誠実で力強いまっすぐな目だ。
「戦いの後の振る舞いを見て、そう思いました。少なくとも、我々に害をなそうとしている方ではない。それは信じております」
そこでガイルは、わずかに笑った。
正直であろうとする、不器用な男の笑い方だった。
その様子を見て、儂もつられて笑う。
どうやら、少なくともひどく警戒されているわけではなさそうだ。
それなら結構。
儂は改めて周囲を見回した。
「しかし、領主のお嬢さんの護衛にしては、ずいぶん人数が少ないように見えますがのう」
その言葉に、ガイルの表情が曇った。
「本来は、もっと多くの者が同行しておりました」
「何か、ございましたかな」
「魔物です」
最近、この辺境一帯で魔物の出現が急激に増えているという。
街道や村、農地など、これまでほとんど魔物が現れなかった場所にまで姿を見せるようになり、ここへ来る途中にも近隣の村から救援を求められたらしい。
「護衛の一部を、村へ向かわせました」
ガイルが答えると、アリエルが続けた。
「私がお願いしました。私一人のために、村の人たちを見捨てるわけにはいきませんから」
その結果、護衛の人数が減ったところを、あのゴブリンの群れに襲われたというわけか。
「なるほどのう」
儂はアリエルを見て、それから先ほど命がけで彼女を守っていた騎士たちへ目を向けた。
主人も主人なら、仕える者も仕える者ということか。
悪くない。
「アリエル様」
ガイルが気遣わしげに声をかける。
「一度、馬車にお戻りください」
「これくらい、大丈夫です」
アリエルはきっぱり答えた。
「大丈夫かどうかは、きちんと診てから決めた方がよろしいですぞ」
「え?」
儂はアリエルの顔を見た。
最初に見た時から、青白い顔色が気になっていた。
「よろしければ、アリエル殿もあとで診ましょう」
「私を?」
「ええ。儂は鍼灸師ですからな」
「シンキュウシ……」
今度は先ほどより少し真剣な顔で、その言葉を繰り返した。
「まあ、それは後でよろしいでしょう。まずは怪我のひどい者からですな」
周囲を見れば、座り込んでいる騎士が何人かいる。
今はこちらが先だ
・・・・・・
「ほう!」
思わず身を乗り出した。
負傷した騎士の傷口へ、別の騎士が何か液体をかけている。
「それは何じゃ?」
「消毒薬です」
「消毒!」
思わず顔がほころんだ。
前任者殿の家にも消毒液らしきものがあったが、やはりこちらでも一般的に使われているようだ。
さらに傷口を清潔な布で拭い、新しい布を当てる。手も洗っており、使用済みの布と未使用の布まできちんと分けていた。
「うむ、うむ」
何度も頷いてしまう。
衛生の概念がある。これはありがたい。
世界が変わったからといって、消毒という考え方から一から説明し直す必要はないらしい。
「何をそんなに喜んでいるのです?」
アリエルが不思議そうに尋ねる。
「いえ。こちらにも消毒という考えがあることに安心いたしました」
「当然では……?」
「それなら、なお結構」
上機嫌になっていると、今度は別の騎士が小さな瓶を取り出した。
「これは?」
「回復薬です」
「ほほう!」
傷を負った騎士がそれを飲む。
すると、腕に走っていた傷から血が止まり、開いていた傷口がみるみる塞がっていった。
儂はすぐに、その騎士の手首を取った。
「え?」
「すまんが、ちょっと診せてくれ」
東洋医学では、脈を診ながら、身体全体の力や気の状態などを読み取っていく。
しばらく脈を追っていると、その変化がはっきりと伝わってきた。
確かに何かが働いている。身体の回復を強く促しているらしい。
「これは面白いのう。ここまで急激に変化するんじゃな」
さらに、治癒魔法を使える騎士が負傷者の傷へ手をかざしていた。
淡い光が広がる。
「これは治癒魔法ですかな!?」
つい、声が弾んでしまう。
先ほどのゴブリン魔法師が集めていたものと似ている。
気とは違う。
だが、確かに何かが、怪我をした騎士へ向かって流れていた。
そして、目の前で傷口がゆっくりと閉じていく。
「ほおお……」
「ち、近いです」
術者が困った顔をするほど、儂は覗き込んでいた。
「すまんすまん。続けてくれ」
実に面白い。
回復薬もある。治癒魔法もある。
この世界には、この世界なりの治療法があるのだ。
ただ――治療を受けた騎士の手首を取り、もう一度脈を診る。
「ふむ」
傷は閉じ、出血も止まっている。
だが、脈はまだ弱い。
身体全体の消耗までは戻っていないようだった。
別の騎士も同じだ。
回復薬も治癒魔法も、傷そのものにはよく効く。
しかし、失った体力や身体の内側の乱れまで、すべて元通りになるわけではないらしい。
どうやら、身体が本来持っている回復する力を使い、それを驚くほどの速さで進めているようだ。
そう考えるなら、これも結局は自然治癒と同じなのかもしれん。
治しているのは、やはりその者自身の身体なのだ。
回復薬も治癒魔法も、その力が働くのを強く後押ししている。
「なるほどのう……それでも十分便利で、すごいことなのじゃがな」
この治癒魔法、儂にも使うことができるのだろうか。
これもまた、すぐに調べてみなくてはなるまい。
ふむ、この者の消耗はかなり激しいようだ。
「少し手伝おう」
儂は、負傷した騎士の背中へそっと手を当てた。
傷そのものは治っているようだが、顔色が悪く、ひどく具合が悪そうだ。
呼吸を合わせ、ごくわずかに気を流す。
強く入れる必要はない。
本人の気が巡り始める、そのきっかけを作ればいい。
「……あれ?」
騎士が不思議そうに顔を上げた。
「どうした?」
介抱していた別の騎士が尋ねる。
「いや……急に身体が楽になって」
儂はそのまま、同じような状態の騎士をもう一人、その次と診ていく。
呼吸を整え、滞っているところへほんの少しだけ気を働かせる。
すると、青ざめていた顔に少しずつ血色が戻り、浅かった呼吸も次第に深くなっていった。
どうやら、この世界の人間にも気功は問題なく働くようだ。
「これは……治癒魔法なのですか?」
アリエルが興味深そうに尋ねてきた。
「魔法とは違いますな。儂の世界では“気功”と呼ばれていた、医術の一つです」
「キコウ……?」
また首を傾げられた。
どうやら鍼灸師と同じく、こちらにはない言葉らしい。
「よろしければ、後で説明させていただきます」
今は怪我人が先だ。
一通り処置を終える頃には、騎士たちの顔色もかなり戻っていた。
・・・・・・
「それで、みなさまはどちらへ向かっておったのですかな?」
「向かっていた、というより、戻る途中です」
ガイルが答えた。
「辺境都市へ?」
「はい。アドヴァーンへ戻るところです」
辺境都市アドヴァーン。儂らが目指していた都市と同じだった。
魔物との戦いの最前線にある、長い歴史を持つ城塞都市。
しかも最近は、その周辺で魔物の動きまでおかしくなっているという。
どうやら、あちらへ向かうと決めたのは間違いではなかったらしい。
ふと、森で作った筮竹を思い出す。
――新たな、良き出会い。
「なるほどのう」
「何がです?」
「いや。こちらの話ですじゃ」
儂は笑った。
ガイルが姿勢を正す。
「よろしければ、我々とご同行いただけませんか」
「儂らもアドヴァーンへ行くつもりでしたからな。願ってもない」
「ありがとうございます」
「ただし」
儂はアリエルを見る。
「アリエル殿の治療はさせてもらいますぞ」
「私ですか?」
「そうじゃ」
青白い顔色だけではない。
この娘、妙に大きなものを身体の内に抱えている。
魔力というやつだろうか。
それだけではない。
さらにその奥に――どこか覚えのある気配がある。
だが、ここでは落ち着いて診ることができない。
「ちゃんと診るのは、アドヴァーンに着いてからですな」
「ですが……、私は怪我などしていません」
「そうではない。身体の内側の話じゃ」
アリエルの表情が変わった。
「……分かるのですか?」
「さあて」
儂はニカッと笑った。
「それを確かめるために、診させていただくのです」
こうして儂とグレイは、辺境騎士団とともに辺境都市アドヴァーンを目指すことになった。




