第21話 試しに魔法を散らしてみた
騎士団の中から鋭い声が飛んだ。
「何をしている! 動け!」
騎士の一人が我に返る。
はっとして剣を握り直した。
「ゴブリンを逃がすな!」
その声で、他の騎士たちも動き出した。
「お、おう!」
「囲め!」
「街道側へ出すな!」
一転して、騎士たちが攻勢に出る。
先ほどまで押されていたのが嘘のように、ゴブリンたちを追い詰めていく。
その中でも、リーダー格と思しき男の剣はひときわ鋭かった。
一歩踏み込み、横薙ぎに一閃。
ゴブリンが剣を受ける間もなく倒れる。
「ほう」
儂は思わず目を細めた。やはり、この男はかなりの使い手らしい。
剣の速さだけではない。間合いの取り方。相手の動きを読む目。踏み込みから斬撃へ移るまでの無駄のなさ。
長いこと剣を振ってきた者の身体だ。
たが――妙なところもある。
もう一体のゴブリンへ踏み込んだ瞬間、腰がほんのわずかに逃げた。
右脚へ乗るはずの重さを、無意識に左へ逃がしておる。
そのせいで、振り切った剣の勢いを最後まで身体で受けきれていない。
「身体が、剣についてきとらんのう」
ほんのわずかなものだ。普通に見ていれば、まず気づかんじゃろう。
当然、腕が悪いからではない。技があるからこそ、その小さな噛み合わなさが目につく。
まあ、今はよい。
戦いの最中に診察を始めるわけにもいかん。
儂は再び、ゴブリンの群れへ目を戻した。
逃げようとしたゴブリンへ回り込み、次々と斬り伏せていく。
儂もそれを止めなかった。
ゴブリンについては、前任者殿の本で読んでいる。繁殖力が強く、群れを作り人里を襲う。放っておけば、また数を増やす。
この世界で長く生きてきた者たちには、この世界なりの事情がある。
それを何も知らぬ儂が、横から口を挟むことでもあるまい。
「む………?」
妙なものを感じた。
騎士でもない。目の前のゴブリンでもない。
少し離れた場所。群れの後方だ。
一匹のゴブリンが杖を掲げている。他の個体より小柄で、ぼろ布のようなものを身体にまとっていた。
その周囲へ、白い光が集まり始めている。
「これは気か? いや、ちと違うようじゃな」
森で感じていた、白い“地の気”に近い。
空間に散っていた淡い白光が、ゴブリンの杖の先端へ吸い寄せられるように集束していく。
気とは違う。だが、ただの光でもない。
目に見えるほど濃くなっていく白い力から、異様な高まりが伝わってくる。
そして、その向いている先には――。
「まずい!」
騎士の一人も気づいた。
「魔法師だ!」
「防御!」
「間に合わん!」
ゴブリン魔法師が杖を突き出した。
集まった白い魔力が渦を巻き、一つの形を取ろうとしている。
「ほう。これが魔法か」
興味はある。実にある。できれば、最後まで見てみたい。
しかし、さすがに今はそんな場合ではないか。
儂は、その力の流れに意識を向けた。見えない力が一点へ収束していく。
なるほど、たしかに気とは違うようだ。
――粗すぎる。
神が放っていた、白い“天の気”はもちろん、森の“白い地の気”にも及びもつかない、
森の気は濃厚な霧のようなもので、包まれてしまうと、力ずくでは振り払える気がしなかった。
それに比べると、このゴブリンの気はあまりに稚拙だ。そよ風が吹いただけで掻き消されそうなほど頼りない。
「これなら、触れられるかもしれんのう」
儂は右手を上げた。指先へ、わずかに気を集める。
鍼灸では、気の乱れに、気をもって働きかけることがある。
多ければ減らす。少なければ補う。滞っていれば流す。逆らっていれば降ろす。
ほんの少し働きかけることで、その者の気が本来の流れを取り戻す手助けをする。
これも同じではないか、と思ったのだ。気には、気を。
ゴブリン魔法師の周囲で膨れ上がる力。
その流れへ向けて、儂は指先から、ほんのわずかに気を放った。
押さえつけない。打ち消さない。
ただ、その流れの中心へ――黄色に淡く輝く気をそっと差し込む。
ピッ。
空気が震えた。
「ギャッ!?」
ゴブリン魔法師が目を見開く。
一点に集まりかけていた魔力が揺らぎ、渦を巻くように乱れ、そして──。
バシュッ。
破裂するように霧散した。
「…………は?」
騎士の誰かが声を漏らした。
「魔法が……消えた?」
「詠唱を潰したのか?」
「いや、違う!」
「魔法そのものを……?」
儂は自分の指先を見る。
「やってみるものじゃな」
やはり干渉できる。気と同じではないが、まったく無関係でもないらしい。
「これは、あとで調べんとな」
ゴブリン魔法師が慌てて、もう一度杖を掲げた。
「おっと」
それは、もういい。今度は待たなかった。
「ギャッ!?」
一瞬で距離を詰め、ゴブリン魔法師の目の前に立つ。
「魔法は面白かったぞ」
掌を優しく胸へ添える。
「じゃが、二度目は勘弁してもらおう」
トン。
ゴブリン魔法師の身体から力が抜け、杖を落とし、そのまま崩れ落ちた。
さっきの魔法の無効化と原理は同じだ。儂の気で、ゴブリンの気に致命的な影響を与えた。
ゴブリンの気の流れを観察すると、どの個体にも胸の辺りに強い気の集中が感じられた。おそらく人の心臓に近い、重要な器官があるのだろう。そこに儂の気を楔のように打ち込んだ。
中国拳法の達人は一撃で相手を絶命させるという逸話は残っているが──儂の場合は、異世界の気を取り入れた成果だろう。
まだまだ精進せんとな。
ゴブリン魔導士が倒れたことで、一瞬だけ戦場が静まり返る。
「――残りを討て!」
リーダー格の騎士から号令が飛んだ。
「おおっ!」
騎士たちが一斉に駆け出した。
もはやゴブリン側に戦意はなかった。散り散りになって逃げようとする。
だが、騎士たちは逃がさない。
一匹。また一匹。確実に仕留めていく。
やがて最後の一匹が倒れ──静寂が戻った。
「ふむ……どうやら終わったようじゃな」
儂は周囲を見回した。ゴブリンの気配は、もうない。
騎士たちも息を整えている。
その視線が一つ、また一つと、こちらへ向く。
全員が儂を見ていた。
「なんじゃ?」
儂は首を傾げた。
それから、血を流して座り込んでいる騎士に気づく。
「ああ、そうじゃった」
戦いが終わったのなら、こちらの方が大事だ。
儂は騎士たちへ歩いていった。
「さて、怪我人を診ようか」
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