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老鍼灸師は転生しても治さない  作者: かどやん。
第2章 辺境都市アドヴァーン

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第19話 老鍼灸師、良き出会いを占う

 儂とグレイが森を出て、五日ほど経った。


「さて……」


 儂は道端に腰を下ろし、地図を広げていた。


 グレイが隣から覗き込んでいる。


「お前、地図が分かるのか?」

「ニャ」

「そうか」


 たぶん分かっていない。


 前任者殿の家には、この土地で暮らすために集めたと思われる資料が、いくつも残されていた。


 森の周辺や国境、街道、町、近隣の国々まで記された地図。それに、この世界やこの国の歴史について書かれた本もある。


 森にいる間に、それらには一通り目を通しておいた。


 おかげで詳しいことまでは分からんが、少なくとも森の周辺に何があり、どの辺りに町や街道があるのかくらいは把握できている。


 その中で、儂が特に気になった場所があった。


 辺境都市アドヴァーン。


 この国の端に位置する土地だ。

 古くから魔物との争いが絶えず、何度も魔物の大移動が起こり、村が放棄されたこともあるという。


 今でも騎士団が常駐し、人と魔物の小競り合いが続いているらしい。


「魔物が多いなら……」


 儂の頭に浮かんだのは、あの異質な気だった。


 グレイ。森。湖。そして、小さな黒龍。

 これまで儂が診てきた異変には、いずれもあの気が関わっていた。


 しかも影響を受けていたのは、一匹の魔物だけではない。森の気は乱れ、湖は淀み、そこに暮らす生き物たちにも変化が及んでいた。


 ならば、魔物の活動が盛んな土地へ行けば、同じような異変や、その痕跡に出会う可能性も高いかもしれない。


 もちろん、行けば必ず何か分かるという話ではない。だが、ここに留まって考えているだけよりは、実際にこの目で見て、気を感じて、診た方が早い。


「まずは、この辺りじゃな」


地図を指で叩く。


旅の費用にも困らない。この世界の物価からすると、かなりの額の金が残されていた。

どうやら、しばらく旅をする程度なら十分らしい。


 ありがたいことである。


 そうなると、次の問題は――。


「どの道を通るかじゃな」


 道はいくつかあった。


 儂は空を見る。太陽の位置。時刻。方位。地図でいくつかの道を比べる。


 そして、背負い袋から細長い包みを取り出した。


 中には、自分で作った筮竹(ぜいちく)が入っている。

 森で見つけた、妙に気の強い木から削り出したものだ。


 儂は筮竹を取り、問いを定める。


「この道を進むこと、いかに」


 静かに筮竹を分ける。数える。戻す。また分ける。何度か繰り返す。 


 やがて卦が立ち、儂はしばらくそれを見つめた。


 出た卦は、良い。


「出会いがあるか」


 新しいものと出会う。

 そして、その出会いは儂にとって良いものとなる。


「それなら、決まりじゃな」


 行き先は決まった。


 儂は筮竹をまとめながら、ふと手を止めた。


 ……しかし、やはり妙だ。


 何度か使っているうちに気づいたのだが、この筮竹で卦を立てると、その意味がやけにはっきりと頭に浮かぶ。


 卦そのものは普通だ。変わった形が出るわけもない。


 だが、見た瞬間に、その卦が何を示しているのかが、以前よりずっと鮮明に分かる。

 時には、まるで答えを補うように、映像まで頭に浮かぶことがある。


 そして、それがよく当たる。


 奇妙なほどに。


 長年の経験によるものなのか。この世界の気のせいなのか。それとも、この筮竹の材料にした木のせいなのか。


「まあ、分からんものは仕方ない」


 当たって悪いものでもないだろう。


 地図を畳み、荷物をまとめ、立ち上がる。グレイも立ち上がった。


「行くぞ」

「ニャ」


 辺境都市アドヴァーンに向けて、街道を歩き始めた。


 ・・・・・・


 それからさらに数日後。


 街道を歩いていると、不意に激しい金属音が響いた。


 ガキィン!


「ん?」


 続いて聞こえてきたのは、怒声と悲鳴。そして、獣のような唸り声。


 グレイがすっと儂の前に出た。


 どうやら、こやつは儂を守っているつもりらしい。耳をぴんと立て、音のした方を警戒している。


 明らかに、何かが起きている。儂は歩調を速めた。


 その先には――戦っている者たちがいた。


「ほう……一般人ではないな」


 十人ほどの人間たちは、みな鎧を身につけている。

 前任者殿の本で見た、騎士という者たちだろう。


 その周囲を取り囲んでいるのは、緑色の肌をした小柄な人型の魔物たち。


 ごぶりん。


 たしか、そんな名前だった。

 数は多い。三十……いや、四十ほどいるか。


 騎士たちは円陣を組み、その中央には馬車が守られるように置かれている。

 何人かは負傷しているようだ。それでも、まだ戦意は失っていない。


「なるほど。あの魔物たちに襲われておるのか」


 初めて見る魔物だ。気になる。実に気になる。


 身体の構造も見たい。気の巡りも診てみたい。


 だが、それは後だ。


 「今はまず、あの者たちじゃな」


 ・・・・・・


 一人の騎士が斬られた。


「ぐっ!」


 どうやら、かなり苦戦しているらしい。

 

「おい」


 儂は声をかけた。

 若い騎士が振り向く。


「なんだ!?」


「手伝おうか?」


「…………は?」


 騎士の目が点になった。


 無理もない。


 向こうから見れば、儂は十歳ほどの子供。その横に、猫のような魔物のグレイがいるだけだ。


「なぜ子供がこんなところにいる!」

「いや、旅の途中でな」

「早く逃げろ!」


 別の騎士が叫んだ。


「ここは危険だ!」

「しかし、おぬしら――」

「いいから逃げろ!」


 一人の騎士が、儂とゴブリンたちの間へ割って入った。

 自分も腕から血を流しているというのに。


「我々が時間を稼ぐ!」


「ほぉ……」


 儂は、その背中を見つめた。


 もう一人。さらに一人。

 騎士たちが、儂を庇うようにこちらへ寄ってきた。


 苦戦している。負傷者もいる。

 それでも、見ず知らずの子供を逃がすために、自分たちが壁になろうとしている。


「……悪くないのう」


 こういう者たちは、嫌いではない。


 こんな時だというのに、儂は少し嬉しくなっていた。


 九十年以上も生きていれば、人のいいところも、悪いところも、嫌というほど見る。

 欲に負ける者もいる。他人を踏みつける者もいる。


 だが、それでも――いるのだ。


 我が身を顧みず、誰かのために動ける者が。善きことを成そうとする者たちが。


 世界が変わっても、そこは同じらしい。


 だから儂は、どうにも人というものを嫌いになれないのだろう。


「分かった」


「なら早く――」


「手伝おう」


「話を聞いていたのか!?」


「聞いておるよ」

 

 そこまで耳は遠くないわ。

 おっと、今は十歳だったか。


 儂は背負っていた荷物を道端へ下ろした。


 その横に、グレイがすっと立つ。


 黒曜石のような角が、わずかに光を帯びている。


 完全に戦う気らしい。


「グレイ」

「ニャ」


 いつでもいけるぞ、と言っているようだが――。


「おぬしは、ここで待っておれ」

「…………ニャ?」


 はぁ? とでも言いたげな声だった。


「なあに。少し身体を動かしてくるだけじゃ」


 グレイの頭をひと撫でする。


「荷物を頼むぞ」

「……ニャ」


 いかにも不満そうに、グレイは荷物の横へ座った。


「よし。では、ちょっと行ってくる」


 儂はゴブリンたちの方へ歩き出した。



挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございました。

今日から第2章「辺境都市アドヴァーン」のスタートです。


一日一話、毎日20時30分頃に更新する予定です。


続きを読んでみたいと思っていただけたら、星の評価やブックマークで応援していただけると大変励みになります。


よろしくお願いいたします。




マコトが何かを決める時に使う「易」について、4コマで説明してみました。

挿絵(By みてみん)

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