第11話 ヨモギを探せ
前任者殿の家には、鍼もなければ、お灸に使う艾もなかった。
艾は、ヨモギの葉を乾燥させ、揉んで作る。お灸をするなら、まずはその材料となる草を見つけなければならない。
もっとも、ここは異世界だ。
地球と同じヨモギが生えているとは限らない。それでも、これだけ多くの植物があるのだから、性質の似たものくらいはあるだろう。
「さて。こちらの世界のヨモギは、どんな草かのう」
ヨモギという名は、「よく萌える草木」、あるいは「よく燃える草木」から来たという説もある。
春になれば勢いよく芽吹き、そして艾にすればよく燃える。実に、ヨモギという草をよく表した名ではある。
そう思いながら、辺りの草へ目を向けた。
――なのだが。
「ほう……」
さっそく足が止まった。
見たこともない青い花が咲いている。その少し先には赤い実をつけた低木。さらに歩けば、甘い香りのする黄色い果実や、触れると葉を閉じる草、葉脈が淡く光る植物まである。
「これは面白いのう」
当然だが、地球の植物とはまるで違う。しかも、それぞれが独特の気をまとっていた。
温かく感じるものもあれば、ひやりとするものもある。外へ広がるような気もあれば、内へ沈むような気もある。
薬になるかもしれない。食べられるかもしれない。あるいは毒かもしれない。
気づけば、籠の中には色とりどりの草や実がずいぶん増えていた。
「……いかん」
儂は籠を見下ろした。
「艾にできる草を探しに来たんじゃった」
危うく、目的を忘れるところだった。
そこからは気を取り直し、ヨモギに似た葉を中心に探すことにした。
鋸歯があるか。香りは強いか。葉の裏に細かな毛があるか。
それらしいものを見つけるたびに足を止め、手に取り、匂いを嗅ぎ、気を確かめる。
だが――。
「ないのう」
その日は見つからなかった。
翌日も探した。さらに範囲を広げてみたが、やはり見つからなかった。
寄り道は少ししかしていない。
そして三日目。
森の中で、ふと足を止めた。
頭上には巨大な木々が幾重にも枝を広げ、陽の光を遮っている。
そこで、ようやく気づいた。
「……何をやっとるんじゃ、儂は」
ヨモギは、こんな鬱蒼とした森の奥を好む草ではない。
道端や土手、河原、野原。比較的、日の当たる開けた場所に生える。
「異世界に来たからといって、こんな基本的なことまで忘れてどうする」
探す場所を間違えていたのだ。
儂は近くの小川に沿って歩くことにした。
しばらく進むと木々が途切れ、陽の光が降り注ぐ小さな草地が現れた。
「ここなら……」
草をかき分けながら進む。
ほどなくして、足が止まった。
しゃがみ込み、一本の草を手に取る。
葉の形はヨモギによく似ている。ただ、少し細く、色も淡い。
一枚摘んで裏返すと、白い細かな毛がびっしりと生えていた。
指先で撫でる。
柔らかい。
揉んでみると、ふわりと青い香りが立った。
ヨモギとは違う。
だが、近い。
そして何より――穏やかな気を持っている。
「ほう……」
その奥に、ほんのりと温かさもある。
儂は喜びを抑えきれず笑った。
「おった」
もちろん、ヨモギそのものではない。
ここは異世界なのだ。
「たが、試してみる価値はありそうじゃ」
儂は何本か丁寧に摘み、籠へ入れた。
今度こそ、寄り道せずに家へ戻ることにした。
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