第九話:黒幕の登場ですね
「……えっ、どういうことよ」
「おそらくテイムされた魔物だ。このグリズリーの死体からは、不自然なほど人為的な魔力の残滓が感じられる。時間が経てば霧散してしまうような、微かな痕跡だけど」
アレンは死体を一瞥し、茂みの奥を見据えた。
エリーもこの群れには違和感を抱いていた。いくら『グリズリーの森』とはいえ、これほどの数が、しかも希少な亜種までもが統率されて襲ってくるなど異常事態だ。だが、それが誰かに操られたものだというのなら、全ての辻褄が合う。
「……じゃあ、誰かが私たちの騎士団を狙って、意図的に仕組んだっていうの?」
「ああ。それも、これだけの数を同時に制御下におくとなれば相当な手練れだ。何か心当たりはないか?」
アレンの問いに、エリーの脳裏にある一人の男が浮かび上がった。通常、魔物を使い魔にするには対象を衰弱させ、膨大な魔力を消費して『従属魔法』を刻まなければならない。数十体ものグリズリーを同時に操るなど、常人の魔力容量を遥かに超えている。だが、エリーは一人だけ、その術に長けた男を知っていた。そしてその男が、自分に対して骨の髄まで凍りつくような怨恨を抱いていることも。
「……まさか、グレイグ・ガーランド?」
その名を口にした瞬間。茂みの奥から、一人の男が這い出るように姿を現した。やせ細り、頬は不気味にこけ、眼球だけをぎらつかせたその男は、もはや生者というよりは歩く死体に近かった。
「やっぱりあんただったのね。元・第四騎士団団長、グレイグ・ガーランド……!」
「あぁぁぁ……! やっぱり、見れば見るほどムカつく目をしてやがるなぁ、あぁ!? その目玉を今すぐ抉り出して、犬の餌にしてやりてぇよぉぉ!」
男――グレイグの正気はすでに失われていた。視線は定まらず、幽霊のようにふらふらと体を揺らし、言葉もまともに聞き取れない。だが、その身に纏う魔力はあまりにも禍々しく、並の騎士なら対峙するだけで意識を刈り取られるほどの圧を放っている。エリーの知る誇り高き団長の面影は、そこには微塵もなかった。
グランシーヌ騎士団団長。それは騎士団員全ての憧れであり、目指すべき最高の栄誉である。全ての団員、多くの国民より尊敬の念を浴び、その力によって国を守る選ばれし者。そしてこのグレイグ・ガーランドも例外ではなくその中の一人であった。ただいつまでもその地位に甘んじられるわけではない。年に一度、 団長は自分の団の中で最強の団員の挑戦を受ける。そこで下克上を果たせば、晴れて新しい団長となることができる。
一年前。エリーは団長選別の決闘において、当時現職だったグレイグを打ち破った。敗れたグレイグに、エリーは副団長として残るよう説得したが、彼はそれを激しい拒絶で撥ね付けた。
「貴様のような小娘の下につくものか! 覚えておけ、この恨み、必ず晴らしてやる……!」
それが、彼が騎士団を去る際に遺した、呪いのような言葉だった。
「グレイグ! 狙うなら私だけを狙いなさい! 死んでいった団員の中には、貴方の元部下だっていたはずよ。それなのに……!」
この惨劇を元団長が起こしたものと分かりエリーは怒りがこみ上げる。剣を握る手にも力が入る。
「部下ぁ? 誰のことだぁ……? そんなことより、早く、死んでくれぇぇぇぇぇ!」
グレイグの醜悪な叫びと共に、背後から新たな白いグリズリーが飛び出した。だが、エリーはそれを一顧だにせず、一閃の下に斬り捨てる。
「おい、団長殿! あいつ自身を止めないと、魔力が尽きるまで無限に呼び出され続けるぞ!」
アレンの叫びに、エリーは「分かっているわ!」と返しつつも、内心の戸惑いを拭えずにいた。一年前のグレイグには、これほどの数の魔物を同時に操る力はなかったはずだ。どこにこれほどの魔力が隠されているのか。
(……でも、本人がテイマーなら接近戦は脆い!)
エリーは迷いを振り払い、地面を爆ぜさせるような勢いで踏み込んだ。この距離なら、次の魔物を召喚される前に懐へ潜り込める。彼女の予測通り、一瞬でグレイグの喉元へと剣先が届いた。
渾身の横凪――。
鈍い金属音が鳴り響く。
いつの間にかグレイグの前に割り込んだ、真っ黒なコートを纏う男。その男が振るった漆黒の剣によって、エリーの全力の一撃は完全に静止させられていた。
「なっ……!?」
剣がぶつかり合った瞬間、エリーの全身を、魂まで凍てつかせるような冷気が襲った。それと同時に、背後からアレンの、これまでに聞いたこともないような鋭い怒号が飛ぶ。
「――すぐに離れろ、エリー!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
**「少しでも面白かった」「続きが気になる!」**と思ってくださった方は、ページ下部の【ブックマークに追加】や【評価(★★★★★)】を押していただけると励みになります!
続きは一時間後に!!




