第八話:私、結構やるんですよ
アレンは森の奥へと駆け抜けながら、隣を走るディーネに確認を飛ばした。
「回復アイテムのストックはどれくらい持ってきた?」
「一応、店にある在庫は全部ぶち込んできましたよ」
「流石だな、助かる」
褒められたディーネの頬が緩みかけるが、すぐにため息が混じる。
この店主のことだ。この先で怪我人を見つければ、迷わず貴重なレアアイテムを格安……下手をすればタダ同然で使ってしまうに決まっている。店の金庫を預かる身としては赤字が目に見えて胃が痛むが、こればかりは「いつものこと」だと諦めるしかなかった。それに、この土壇場で金儲けに走るような男なら、ディーネも彼に仕えたりはしなかっただろう。
一分程走ると獣の断末魔が聞こえてきた。茂みを抜けた先の広場には、白い体毛を赤く染めたグリズリーが何体も転がっていた。その中心で、銀色の鎧を纏い、金髪をなびかせる女性が一人、剣を握って立ち尽くしている。
「大丈夫か!」
背後からの声に、エリーが反射的に振り向く。その手に握られた細身の剣が、鋭い一閃となってアレンの鼻先に突きつけられた。
「うわっと……!」
アレンは、彼女の瞳に宿る凄まじい殺気に思わず息を呑んだ。
「……あら。貴方は、昨日の店主? なんでこんな所にいるのよ」
相手がアレンだと気づき、エリーは静かに剣を下ろした。
「なんでって、それは――」
アレンが答えようとした、その瞬間。エリーの死角、茂みの奥から、潜んでいたグリズリーの亜種が牙を剥いて飛び出した。
「――ウォーターランス!」
凛としたディーネの声が響く。
空中に凝縮された五本の水槍が現れ、目にも留まらぬ速さで射出された。水槍はグリズリーの巨体を一寸の狂いもなく貫き、魔物は悲鳴を上げる間もなく絶命した。
「え……?」
エリーは呆然と立ち尽くした。アレンと出会ったことで、わずかに緊張の糸が緩んだ隙を突かれた。だが、自分の反応よりも遥かに早く、背後の「店員」が完璧な援護を見せたのだ。
「見ての通り、加勢に来ました。貴方がサラマンダーに会いに行くなんて言うから、うちの店主が心配で夜も眠れなかったみたいで」
ディーネの言葉に、アレンが顔を真っ赤にして反論する。
「ち、ちがうだろ! 火口石の在庫が切れたから、補充しに来ただけだ!」
「あー、そうでしたね。そういう設定にしていましたね」
「設定って言うな!」
わざとらしいディーネの物言いに、アレンはますます顔を赤くした。だが、すぐに真剣な表情に戻り、顎でエリーを指す。
「……おい、ディーネ」
「はいはい、わかっていますよ」
ディーネはリュックから店にあった最高級のポーションとエーテルを取り出し、エリーに手渡した。辺りに転がる惨状を見れば、彼女がたった一人で群れを相手にしていたのは明白だ。外傷こそないが、肩で息をし、額には脂汗が滲んでいる。
エリーは渡された小瓶を見つめ、少しだけ皮肉げに口角を上げた。
「……今度は私から一億リラン取ろうっていうのかしら?」
「だから、騎士団長殿に吹っかけるのは後が怖いって。これはサービスだ」
「ふふ、そうだったわね。……正直、助かるわ。ありがとう」
彼女が薬を一気に飲み干すと、アレンは周囲の警戒を解かずに問いかけた。
「状況はどうなっている?」
「見ての通りよ。どういう訳か、次から次にグリズリーが襲ってきて……気づけば部下たちとも逸れてしまった。あの子たちは、無事かしら? ここへ来るまでに見かけなかった?」
エリーの不安げな視線を受け、アレンは一瞬だけ言葉に詰まった。
「……ああ。……昨日来た二人組は見たぞ。怪我はしていたが、無事だった。……だから、町へ帰したよ」
たどたどしいアレンの答えを聞き、エリーは彼をじっと見つめた。
「……貴方、本当に嘘が下手ね。そう……あの二人以外は、もう……」
アレンは奥歯を噛み締めた。
彼女は昨日、「嘘は目を見ればわかる」と言っていた。親しい者を失った者に、どんな慰めの言葉も届かないことをアレンは嫌というほど知っている。それは、ディーネも同じだった。
痛切な沈黙が森を包む。だが、それを切り裂くように、再び三体のグリズリーが姿を現した。エリーが即座に武器を構えるが、それよりもさらに早く、青い髪の女性が動く。
「――ウォーターレイン!」
上空から無数の針のような水が雨となって高速に降り注ぎ、グリズリーたちは抵抗の術もなく一瞬で地に伏した。
「……貴方、一体何者なの?」
エリーの困惑は極限に達していた。昨日までただの店員だと思っていた女性が、二度も自分を超える反応速度と魔法の練度を見せつけたのだ。全力の彼女がどれほど底知れないのか、想像もつかない。
「ただの雑貨屋の店員ですよ。……少しだけ、魔法に詳しいだけです」
ディーネは人懐っこい笑みを浮かべた。
「少しだけ……ね。……もしかして、そっちの貴方も?」
エリーがアレンに問いかけようとしたが、彼は返事もしなかった。それどころか、ブツブツと独り言を呟きながら、グリズリーの死体に触れ、何やら調べている。
「何してるのよ? 素材でも剥いでるの?」
貴重な白い毛皮や牙は高く売れるが、今の状況でやることではない。しかし、アレンが考えていたのは金のことではなかった。
「……こいつら、天然のグリズリーじゃないな」
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