第五十三話:アレンVS
漆黒の靄が渦巻く閉ざされた空間で、アレンとクラウスの刃が激しく交錯した。
暗闇を切り裂く火花が散り、強烈な衝撃波が互いの身体を押し戻す。アレンは【魔剣アストライア】の柄を握り直し、じっとクラウスを見据えた。刃を通し、自らの魔力が吸い込まれ、どこまでも研ぎ澄まされていく感触がある。
「ふん……相変わらず忌々しい魔力だ。だがアレン、気づいているか?」
クラウスは漆黒の剣を軽々と掲げ、冷たい笑みを浮かべた。
「この『ダークテリトリー』は、外部とのあらゆる干渉を遮断する絶対の結界。お前が得意とする召喚魔法……その領域を超える力の介入は一切不可能なのだよ。お前は今、本当の意味で一人だ」
「……だろうな。ディーネと繋がっていた感覚が途切れた時点で察していたよ」
アレンは表情一つ変えず、静かに魔剣を構え直した。
「だが、それがどうした? 精霊の力を借りずとも、お前を倒すには十分だ」
「どこまでも不遜な男だ……! 己の才能に胡坐をかき、持たざる者の足掻きをあざ笑うか!」
クラウスの眼光が血のように赤く光る。その身体から溢れ出すどす黒い魔力が凄まじい密度で膨れ上がり、黒剣の刃を包み込んだ。
「死ね、アレン! 『ダーク・クロス』!」
疾風のごとき踏み込みから繰り出されたのは、光すら置き去りにする疾風の十字斬り。黒い魔力の波が、空間を削り取りながらアレンへと迫る。
アレンは最小限の動作で足元に風の魔法を炸裂させ、間一髪で真横へと跳んだ。直後、アレンが立っていた床が影ごと十文字に切り裂かれ、爆ぜる。
「甘い!」
交差した瞬間の隙を見逃さず、クラウスは既にアレンの着地点へ肉薄していた。貴族として幼少から叩き込まれた完璧な体術と、魔人の力で底上げされた身体能力。その踏み込みに一切の無駄はない。
「はあぁぁッ!」
上段からの容赦ない振り下ろし。アレンは斜めに構えたアストライアの身でそれを受け流す。
金属が悲鳴を上げる高音が響く。アレンはそのまま刃を滑らせ、クラウスの懐へ踏み込みながら下から突き上げた。
「雷撃!」
魔剣から高圧の雷撃が放たれる。至近距離での不可避の一撃。しかし、クラウスは左手をかざし、純粋な魔力の障壁でそれを強引に押し潰した。
「魔人の力を得た俺にその程度の魔法は通じん!」
クラウスは左手でアレンの胸元へ魔力の拳を叩き込む。アレンは瞬時に胸元へ魔法のシールドを展開して威力を殺したが、物理的な衝撃までは殺しきれず、数メートル後方へ吹き飛ばされた。
「くっ……!」
着地と同時にアレンは膝をつきかけたが、すぐさま魔剣を地面に突き立てて踏みとどまる。
「どうした、アレン! 精霊の助けがなければ、その程度の戦いしかできんのか! かつての旅でもそうだ……俺が血のにじむような努力で剣を振るっていた時、お前はただ才能のままに魔法を操り、エレナの隣に立っていた!」
クラウスの叫びには、二年間の執念と、己の半生を支配し続けた劣等感が渦巻いていた。
「俺はバランドール家の長男だ! 第一等貴族となり、勇者となり、世界の一番に立たねばならなかった! なのに……なぜお前なんだ! なぜお前ばかりが全てを持っている!?」
黒い魔力が雷のようにクラウスの全身を駆け巡る。彼は剣を両手で強く握り締めると、絶技とも言える高速の連撃を開始した。
一撃、二撃、三撃――。
絵を描くようなエレナの繊細さとは対極にある、完全なる力と速さのみの連撃。打ち合わされるたびにアレンの腕に激痛が走り、アストライアの光が火花となって散る。
速い……! しかも、一撃ごとに魔力の密度が増している
アレンは冷汗を流しながらも、冷静にクラウスの剣の軌道を見極めていた。
確かにクラウスは悪に手を染めた。手段を誤り、魔王と契約し、仲間を裏切った。しかし――この剣技の精度、間合いの詰め方、寸分の狂いもない踏み込み。それは魔人から与えられた力などではなく、彼が幼少期から血を吐く思いで積み上げてきた努力の結晶そのものだった。
……認めざるを得ないな
アレンの瞳に、強い光が宿る。
「クラウス……お前は天才じゃなかったかもしれない。だが、お前のその剣は、間違いなく誰よりも努力した人間の剣だ」
「……何だと?」
「旅の間、夜中に一人で素振りをしていたのを知っている。俺たちが酔いつぶれている間も、お前はこぶしから血を流しながら剣を振っていた。お前の強さは、与えられた力なんかじゃない。お前自身が掴み取ったものだ!」
アレンはアストライアを強く握り直すと、内に秘めた魔力を一気に剣へと流し込んだ。銀色に光り輝いていた魔剣アストライアが、眩いばかりの純白の光を放ち始める。
「だからこそ……俺は全力でお前を否定する! その努力を、己の弱さへの逃げ道で汚したお前をな!」
「黙れぇぇぇッ!!」
クラウスが咆哮した。己の半生を否定された怒りと、最も認められたかった男からの思いがけない言葉に対する動揺が、彼の魔力を狂暴に跳ね上がらせる。
「ダーク・ディザスター!!」
クラウスの放った一撃は、結界の空間そのものを歪ませるほどの巨大な闇の刃となって押し寄せた。逃げ場のない、全てを呑み込む絶対の破壊。
対するアレンは、静かに踏み込み、魔剣を極限まで引き絞る。精霊の力はない。純粋な己の魔力と、磨き上げた剣技のみ。
「銀閃・天破!!」
白銀の光が、闇の一撃に向け一直線に伸びた。
天地がひっくり返るような衝撃が二人の間ではじけ飛んだ。白と黒の光芒が激しくぶつかり合い、喰らい合い、やがて空間そのものが耐えきれずに亀裂を刻んでいく。
闇の刃が少しずつ押し返されていく。クラウスは歯を喰いしばり、顔を歪めて叫んだ。
「なぜだ……! なぜ届かない! 俺は寿命を縮めてまで、全てを捨ててまで力を手に入れたんだぞ!!」
「お前が捨てたものの中に、本当の強さがあったんだよ……クラウス!」
アレンの叫びと共に、アストライアの光が闇を完全に凌駕した。白銀の刃が黒剣を真っ二つに砕き、そのままクラウスの胸元を駆け抜ける。
「ぐあぁぁぁぁッ――!!」
光の爆発がダークテリトリーを内側から崩壊させていく。漆黒の暗幕が砂のように崩れ落ち、視界が眩しい光に包まれていった。
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