第五十話:三対三
「それに――いつ、俺が一人だと言った?」
クラウスが口角を歪めると同時に、彼の背後の暗がりから足音が二つ、重なるように響いてきた。
「ロリック団長……! やっぱり、あなたまで……」
エリーが悔しそうに唇を強く噛みしめる。現れた男は、力強い笑みを浮かべた。
「さすがに気づいていたか、エリー団長」
いつも温和で頼もしく、騎士団の誰からも親しまれていた顔には、かつての面影など微塵も残っていなかった。まるで別人と入れ替わってしまったかのようだ。
「……久しぶりですね、ロリック団長。ですが、騎士団の顔とも言えるあなたが、なぜここに……!? なぜ、魔族などに手を貸しているのですか!」
語気を強め、鋭い眼光で詰問するアレン。
対するロリックは、どこか遠くを見つめるような目を向けた。
「お前と初めて会ったのは、魔王討伐隊の選抜テストだったな。……あの時、私はお前に完敗した」
「……まさか、俺に公衆の面前でコテンパンに叩きのめされた腹いせ、なんてオチじゃないですよね?」
アレンが半ば呆れ気味に口を挟むと、ロリックは「ハッハッハ!」と豪快な高笑いを上げた。
「まさか! むしろ私は歓喜したのだよ。『お前がいれば、必ずや魔王のいない平和な時代が来る』とな」
「……なら、なぜだ?」
「問題は、平和になってからだったのだ」
ロリックの笑みがすっと消え、目が冷酷な光を帯びる。
「魔王が消えてからのこの国は、犯罪率が増加の一途を辿るばかり。民を護るはずの冒険者すらも己の欲で不祥事を起こす始末だ。裁いても、裁いてもキリがない。……そんな時だった。クラウス様が勇者の絶対的な権力のもと、罪人を罰し始めたのは。効果は絶大だった。みるみる犯罪率は低下し、真の平和が訪れたのだ」
「……それで、何人殺したんだ?」
アレンの冷ややかな問い。あの誰もいない地下牢を見た時に、すでに察していた。
地下牢が無人だったのは、犯罪がゼロになったからではない。大した罪でなくとも公にせず、即刻処刑する――それが今のグランシーヌの陰のルールなのだろう。
「分からんよ。それだけ平和を乱す害虫が多すぎるということだ。……私は気づいたのだよ。世界を滅ぼすのは魔王ではない。人間なのだと! クラウス様と共に世界を統一し、完璧な平和を築き上げて見せる。……そのためなら、多少の犠牲など当然だ!」
恍惚とした表情で高笑いを上げるロリックに対し、アレンは失望を込めて首を横に振った。そして、彼の横に立つもう一人の男へと視線を移す。
間髪入れず、ディーネが男を殺さんばかりの目で見つめながら口を開いた。
「そちらの方は……以前、私が綺麗に消し去ったはずの黒い貧弱魔人さんではありませんか?」
ロリックの隣に立っていたのは、かつてグリズリーの森でディーネが消滅させたはずの男――セリエルだった。
「おっと、そちらは人間の姿に化けた若作りクソババァではないか。……さすがに一人で四大精霊と無限を相手にするのは骨が折れるからな。あの時は引き分けに持ち込ませてもらったのさ。どうだ? 見事な死んだフリだったろう?」
アレンの耳に、ディーネの中で何かがブチ切れた音がハッキリと聞こえた。
「アレン……あの根暗魔人は私が片付けますわ。仕留め損ねたのは私の不覚。……今度こそ、二度と再生できないレベルの消し炭にしてあげます」
いつもとはまるで違う、低く地獄の底から響くような声。アレンの背筋に冷や汗がツッと伝う。
「あ、あぁ……頼んだ、ディーネ……」
すると今度は、エリーが聖剣を抱えて一歩前へ出た。
「私はロリック団長ね。ちょうど第三騎士団長あたりに出世したいって思っていたところなのよ。……まあ、こんな腐った騎士団、もう存在価値もなさそうだけど!」
「決まりだな。じゃあ俺は、調子に乗ってるクラウスをぶん殴って目を覚まさせれば解決だ。……二人とも、絶対に負けるなよ」
「「当然!」」
二人が力強く頷く。
「ふん、勝手に割り振りを決めてくれたようだが、いいだろう。乗ってやる」
クラウスが漆黒の剣を静かに上空へと掲げ、呪文を詠唱した。
「――『ダークテリトリー』」
剣先から噴き出したドス黒い霧が一瞬で部屋全体を呑み込み、視界が闇に染まる。
霧が晴れると――そこはアレンの見知らぬ異空間であり、目の前にはクラウスただ一人しかいなかった。
アレンがキョロキョロと周りを見回す。
「……二人はどこへ行った?」
「安心しろ。それぞれ別の空間へと転移させてある。術者である俺を倒すか、どちらかが死体になれば元の場所へ戻れる仕組みだ」
ニヤリと挑発的な笑みを浮かべるクラウスに対し、アレンはフッと肩の力を抜いて吹き出した。
「……セリエルとロリックさんには同情するよ。あんなヒステリックな二人が相手だなんてな」
「……やけに余裕だな、アレン」
額に青筋を立てて歯繰りするクラウス。アレンは魔剣を構え直し、真っ直ぐな瞳で答えを返した。
「仲間を信じているからな」
「……ふん、その余裕に満ちた顔が苦痛で歪む瞬間が楽しみだ!」
クラウスは地面を爆砕するように蹴りだし、漆黒の刃をアレンの首元目掛けて一閃させた。
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