第四十九話:剣聖
「――これが、俺とエスパス様の出会いというわけだ」
クックック、とクラウスの不気味で歪んだ高笑いが、静まり返った広間に虚しく響き渡る。
「……ちょっと待って。でも、あなたが魔王にトドメを刺したんじゃ……」
混乱するエリーが素朴な疑問を投げかける。クラウスは嗤ったまま、さも誇らしげに頷いて見せた。
「そうだ! そのお陰で俺は念願の第一等貴族の爵位と、王国内で『勇者』の称号を手に入れることができた! いや、それだけじゃない……エスパス様がいなくなった今、俺はこの世界で最強の男となったのだ! 感謝しているよ、俺に力を与えてくれただけでなく、魔王討伐という最高の名誉まで譲ってくれるとはな。実にバカな男だ」
アレンはクラウスの独白を、ただ無言で聞いていた。
しかし、その拳は爪が掌に食い込むほど、静かに、そして激しく震えていた。
やがて語り終えたクラウスを見据え、アレンは感情を押し殺すように「ふぅー……」と長く息を吐き出す。
「……なるほどな。つまりお前は俺たち仲間だけじゃなく、買いかぶってくれた魔王すらも裏切ったってわけだ」
「あぁ! 俺は一番以外に興味がないのでね。奴らを追い詰めてくれたお前たちには感謝しているよ。まさかエスパス様をあそこまで疲弊させるとは思わなかったがな」
「その一番とやらのために、エレナは死んだのか」
「予想外の展開ではあったがな……仕方のないことだ」
アレンの拳からは血がしたたり落ちている。
「それで……次は口封じと俺を殺すために、エリーを嵌めたのか?」
クラウスは横に立つエリーを一瞥し、冷酷な鼻笑いを漏らした。
「ふん、それもあるが……エリーも邪魔だったのだ。その目がどうにも気に入らなくてね。いつ俺の正体に気づくか分かったものじゃない。小さな芽は早めに摘んでおこうと思ったのさ。本来ならセリエルに殺させる手はずだったが、まさか任務を達成して戻って来るとは驚いたよ。……そして確信した。お前が絡んでいるとな」
冷徹な視線と悪意を突きつけられ、エリーの全身にサーッと寒気が走る。だが、彼女は怯むことなく、強い眼差しでクラウスを睨み返した。
その背中に、アレンの大きな手がそっと添えられる。
「大丈夫だ、エリー。俺が絶対に守る。……もう二度と、大切な仲間を失うような失敗はしない」
その手から伝わる確かな温もりに、エリーも重ねるように自分の手を置いた。
「……私だって、ただ守られるだけの女じゃないわ。何としても、三人で無事にここを乗り切りましょう!」
そう言ってディーネの方を振り向き、ニッコリと微笑みかける。ディーネもまた、頼もしい笑みを返した。
「そうですね。……ですが、素手ではさすがにハンデが大きすぎます。エリーさん、これを使ってください。今のあなたなら、きっと扱えるはずです」
ディーネは腰に下げた無限袋の口を開き、一本の剣を取り出した。
その剣は、眩いばかりの黄金の光を纏い、見る者すべてを魅了するほどに美しく洗練された大剣だった。
受け取ったエリーは、導かれるようにその場で軽く剣を振り抜いてみる。
「なに……この剣……!? 見た目に反してすごく軽い……! それに……なんだか、何年も前から一緒に戦ってきたみたいに、手に吸い付くように馴染むわ……!」
黄金の軌跡を描いて剣を振るうエリーの姿に、アレンだけでなくクラウスの目までもが釘付けになり、息を呑んだ。
「『聖剣ルミナス・レクティファイ』……エレナの剣……!」
アレンが思わず絞り出すような声で呟くと、エリーは顔を跳ね上げて狼狽えた。
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! 私、そんな伝説の大事な剣なんて使えないわよ!」
慌ててディーネに聖剣を押し返そうとするエリー。しかし、ディーネは黙って首を横に振った。
「いいえ。その剣を振るうお姿を見て確信しました。その聖剣はもう、あなたを新たな主として認めたみたいですよ」
「え……?」
「その剣は誰にでも扱える代物ではないんだ」
アレンが静かに言葉を継ぐ。
「資格のない者が持てば、まるで巨大な岩のように重くなり、持ち上げることすらできない」
「この剣が……私を……?」
エリーが自らの眼前に聖剣を掲げると、刃は応えるように一層激しい黄金の輝きを放ち、やがてその温かな光がエリーの全身を優しく包み込んでいく。
「なにか……内側から力が溢れてくるみたい……!」
そんなエリーの覚醒した姿を見て、ディーネがふふんと胸を張り、得意げに語り出した。
「『剣聖』――それはただの肩書や称号ではないのですよ。その聖剣に認められ、神聖なる力をその身に宿した者のことを指すのです。……どこかの、名前だけの偽物勇者様とは違ってね?」
ディーネはクラウスの方へ向き直ると、ベッと愛らしく、けれど全力で挑発するように舌を出してみせた。
「――チッ、だからどうしたというのだ!」
煽られたクラウスは激昂し、語気を強める。
彼の右手にドス黒い魔力が凝縮し、禍々しい漆黒の魔剣が姿を現した。
「魔人の力を手に入れたこの俺が、そんな玩具程度で怯むと思ったか! 調子に乗るなよ!」
「調子に乗ってるのはお前だろ、クラウス。俺との本当の差を忘れたわけじゃないだろ。――ディーネ!」
「はい、アレン!」
ディーネはあらかじめ準備していた、銀色に煌めく一本の剣をアレンへ手渡した。
「その剣は……!」
息を呑むエリーに、ディーネが答える。
「『魔剣アストライア』。持ち主が魔力を込めれば込めるほど、切れ味と強度を無限に増す……まさにアレンのために作られたような剣です」
黄金の聖剣を構えるエリー。
銀の魔剣を手に静かに佇むアレン。
そして二人を力強くサポートする四大精霊、ディーネ。
三人が寸分の隙もなく並び立つ姿を目にし、クラウスの顔が苦々しく歪む。
「……くそッ、忌々しい……! 二年前の悪夢を思い出させる! だがそれも今日で終わりだ! 三人まとめてここで塵にしてやる!」
感情に任せて叫ぶクラウスに対し、アレンの瞳には冷ややかな疑念が浮かんでいた。
……お前こそ、自惚れが過ぎるんじゃないか……?
アレンはクラウスのあまりに強気な態度に違和感を覚えていた。
いくら魔人の力を手に入れたとはいえ、魔王エスパス以上の力をクラウスが得られたはずがない。魔王が自分以上の怪物を作り出すなど考えにくいからだ。
かつての仲間であり、アレン、ディーネ、そして剣聖の力を宿したエリー。
この三人で当たれば、たとえ本物の魔王エスパスが相手であっても太刀打ちできる。そして――その道理は、目の前のクラウス自身が一番よく分かっているはずなのだ。
なら、なぜ奴はこれほど余裕を見せている……? まだ何か隠しているのか……?
静かな緊張感が、広場の空気を張り詰めさせていった。
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