第四十五話:絶対に助けて見せます。
アレンはまともな構えすら取らず、ただ静かに一歩を踏み出した――と思った次の瞬間。
彼の姿が消えた。
「――え!?」
一瞬にして間合いを詰められたリアーナは、完全にアレンを見失う。視界に飛び込んできたのは、驚異的な速度で横一文字に薙ぎ払われる一本の木刀。
速っ……!?
リアーナは半ば本能だけで反応し、手にした長剣を愚直に滑り込ませて受け止めた。
次の瞬間、ガァンッ!と重厚な衝撃音が闘技場に響き渡る。木刀から伝わったとは思えない凄まじい威力が腕を痺れさせ、彼女の体を力任せに吹き飛ばした。
「くっ……!」
なんとか姿勢を立て直し、すぐさま剣を構え直す。だが――アレンは既に元の位置へ戻り、何事もなかったかのように佇んでいた。
「……少しは見直してもらえたかな?」
アレンは木刀の先をリアーナに向け、どこか余裕を含んだ笑みを浮かべている。
冷や汗がリアーナの頬を伝う。
たった一振り。言葉通り、一瞬で彼女の評価は覆された。決して油断していたわけではない。圧倒的な実力差を見せつけて速やかに屈服させ、城へ連行するつもりだったのだ。
だが、逆に一瞬で力の差を見せつけられたのは自分の方だった。初撃を防げたのは完全な偶然……いや、あえて防がされたと言うべきか。これ以上戦っても、自分に勝ち目がないことなど明白だった。
それでも――大好きなエリー団長を助けるため、ここで諦めるわけにはいかない。
リアーナが歯を喰いしばり、再び長剣へ力を込め直した、その時だった。
手元から力が抜け、アレンの木刀がカラコロと床に転がった。
「……何の真似だ? 投降する気になったのか?」
「冗談言わないでくれよ。あんたの目、焦りが見える。そんな状態じゃまともに実力も出せないだろ」
アレンは苦笑交じりに肩をすくめると、一転して真っ直ぐな瞳でリアーナを見つめた。
「それに……エリーに何かあったんだろ? 俺はエリーを助けに来たんだ。頼む! 何があったのか教えてくれ!」
そう言うや否や、アレンは深々と頭を下げた。横にいたディーネも、彼に合わせるように恭しく一礼する。
リアーナは言葉を失った。
目の前にいる男は、自分を遥かに凌駕する圧倒的な強者だ。その気になれば、力ずくで自分を痛めつけ、強引に口を割らせることだってできるはずなのに。
――この男は、自分に頭を下げて頼んでいる。
その誠実さに毒気を抜かれ、リアーナはゆっくりと剣を鞘に納めた。
「……一つ、質問させてくれ。あなたはエリー団長に、クラウス様の暗殺を依頼したのか? もしくは……そういう類の催眠術でもかけたのか?」
唐突に飛び出した衝撃的な単語に、アレンとディーネは目を丸くした。
「な……ッ!?」
絶句するアレン。その隠しきれない驚きと怒りの表情を見て、リアーナはこの男は白だと確信した。そして、重い口を開き、事の経緯を語り始めた。
エリーが突然、クラウスに切りかかったこと。
現在は捕縛され、地下牢に幽閉されていること。
そして――明日の朝には死刑が執行されてしまうこと。
言葉を失う二人に対し、アレンとディーネもまた、これまでの旅でエリーと築いてきた絆、そして自分たちのことを包み隠さず話した。
話を聞き終えたリアーナは、胸のつかえが落ちると同時に、巨大な疑問にぶち当たった。なぜこんな悲劇が起きてしまったのか。そして何より、この国におけるアレン・フリッツという男への評価が、いかに歪められていたかという真実に。
「……まさか、クラウス様が……」
「だろうな。エリーは確かに気が強いが、自分の要求を通すためにいきなり人に切りかかるような奴じゃない。……間違いなく、クラウスにはめられたんだ」
アレンは怒りに肩を震わせ、拳を強く握りしめる。
リアーナも爪が食い込むほど指を噛み、苦渋の表情を浮かべた。
真相に思い当たったところで、それを証明する手立てはない。相手はこの国の最高権力者だ。今さら叫んだところで、誰も耳を貸しはしないだろう。何より――時間が無さすぎる。
絶望的な状況にリアーナが打ちひしがれていると、静かな、けれど力強い声が響いた。
「ディーネ、行くぞ」
「はい、アレン」
振り返り、迷いなく闘技場を後にしようとする二人の背中に、リアーナは思わず声を張り上げた。
「おい! どこへ行くつもりだ!?」
アレンは足を止め、振り返る。その瞳には確かな炎が宿っていた。
「エリーを助けに行く。このまま黙って死なせるわけにはいかない」
「無茶だ……!」
否定の言葉を叫ぶ。だが、目の前の男ならあるいは――と、期待せずにはいられない自分がいた。
クラウスの独裁政治により、皮肉にも治安だけは異常なほど安定している。脱走や反乱を起こす者など皆無で、城の警備も内部はむしろ手薄なはずだ。
仮にエリーを救い出せたとしても、彼女が二度とこの騎士団に戻ってくることはできないだろう。
……だけど、それでもいい。エリーが生きてさえいてくれれば――!
リアーナは覚悟を決めた。
「私も行く! 連れて行ってくれ!」
だが、アレンは静かに首を横に振った。
「俺とディーネで助ける。……あんたは、この第四騎士団を守ってくれ。エリーが誰よりも大切にしていた、この場所をな。絶対に助け出すから……安心して待っててくれ」
「ッ……!」
リアーナは歯を喰いしばり、必死に耐えた。
自分が行けば足手まといになることなど、自分が一番よく分かっている。悔しさに強く握りしめた拳からは、皮膚が裂け、朱い血が滴り落ちていた。
「……頼む。エリー団長を助けてくれ……! あの人は、私にとって何よりも大切な人なんだ……っ!」
「任せろ」
アレンは短く答え、不敵に笑うと、ディーネと共に風のように駆け去っていった。




