第四十一話:嫌な予感が当たった
「グランシーヌ第四騎士団長、エリー・グレイシアによる勇者への反逆」
この戦慄すべき報せは、王都を揺るがす未曾有の混乱を避けるため、厳重な箝口令とともに闇に葬られた。真相を知るのは、各騎士団の副団長以上の幹部のみ。
「団長……なぜ……。私の、あの嫌な予感は当たってしまったのね」
サラマンダー任務から帰還して以来のエリーは、まるで何かに憑りつかれたようだった。恩人に報いたいと語った彼女の決意。その背後にあるはずの「誰か」の影。それがこの凄惨な事態の引き金になったことは明白だが、リアーナにはあまりにも情報が足りなかった。
重苦しい沈黙を破り、部屋の扉が荒々しくノックされた。
「入れ」
許可を出すと同時に姿を見せたのは、金髪を乱雑に分けた、見知った顔だった。
「よう。……ひどい顔だな、リアーナ」
「コランか。何の用だ」
コラン・エバンス。第三騎士団副団長であり、リアーナとは腐れ縁の幼馴染。
「何の用だ、じゃないだろう。……おたくの団長の件で、上層部がお呼びだ。明日、城へ来いとのことだ」
「……そうか」
「『そうか』じゃない。お前、まさかこの件に関わっているわけじゃないよな?」
「知っていたら……何が何でも止めていたわ」
リアーナの声は震えていた。コランは安堵の溜息を吐いたが、すぐに表情を曇らせる。
「しかし、信じられねぇよ。あの正義のヒーローみたいな団長が、この国の英雄にいきなり切りかかるなんて。一体何を考えていたんだか」
「――団長が自らの意思で反逆なんてするわけがない!」
リアーナは激しくデスクを叩きつけ、立ち上がった。椅子が倒れる音も構わず、コランを睨みつける。
「きっと何か理由がある。……いいえ、嵌められたに決まっているわ」
その鬼気迫る迫力に、コランはたじろぎ、苦い顔で扉へと後ずさった。
「とにかく伝えたからな。必ず来いよ。……遅れれば、お前まで疑われることになるぞ」
警告を残し、彼は逃げるように部屋を出ていった。一人残されたリアーナは、再び椅子に深く沈み込み、白い天井を仰いだ。
「団長……」
翌日。城の応接室には、重苦しい空気が立ち込めていた。待っていたのは第三騎士団長ロリックと、傍らに控えるコラン。リアーナは促されるまま、ロリックと向かい合う形で席に着いた。
「よく来てくれた、リアーナ副団長」
ロリックは威圧感を消すように柔らかな笑みを浮かべたが、その瞳には冷徹な軍人の色が混じっていた。
「……ロリック団長。エリー団長は、今どこに?」
「城の最下層、地下牢に幽閉されている。言っておくが面会謝絶だ。今日お前を呼んだのは、エリーが事前に何か漏らしてはいなかったかを確認するためだ」
リアーナは、昨日のエリーとの最後の会話をなぞるように話し始めた。
「前回の任務で、ある人に恩を受けたと……。その恩を返したい、と言っていました。……あれは、命を懸ける者の目でした」
ロリックは顎に手を当て、しばし考えこみ、
「恩人……か。四大精霊サラマンダーの鱗の調達。それを助けた何者かがいた。その者の望みが、クラウス様の殺害だったということか?」
「いいえ! それは分かりません。ですが、エリー団長が私欲で反逆など行うはずがありません!」
リアーナは身を乗り出し、ロリックに食ってかかった。だが、老練な騎士団長は静かに首を振る。
「だが、俺はこの目で見たのだ。血の滴る剣を握るエリーと、傷を負って倒れたクラウス様をな。理由がどうあれ、彼女が刃を向けたのは事実だ」
「くっ……。団長は、これからどうなるのですか?」
「クラウス様が実権を握られて以来、反逆は即刻死刑と定められている。裁判など行われん。恐らく二、三日の内には執行されるだろう」
死刑。その言葉が、リアーナの理性を焼き切った。彼女の目つきが変わり、拳が白くなるほど強く握りしめられる。
「リアーナ、どこへ行く気だ!」
部屋を出ようとする彼女の前に、コランが立ちふさがった。
「決まっているでしょう。団長を助けに行くのよ」
「馬鹿野郎! そんなことが通るわけがないだろう! 仮に上手くいったとしても、お前まで大罪人だぞ!」
「構わないわ! どいてコラン。どかないのなら力ずくで通る。……貴方だって、エリーが死ぬなんて嫌でしょう!」
「当たり前だ……っ! 今の俺たちがあるのは、あいつのおかげなんだからな!」
感情を昂ぶらせる二人の脳裏に、幼き日の記憶が鮮明に蘇る。
当時から幼馴染だったリアーナとコランは、ある日、リアーナの母への誕生日プレゼントにする花束を作ろうと、夢中になって森の奥深くへと入り込んでしまった。気づけばそこは、魔物の生息地。茂みの奥から姿を現したのは、全身が鉱石のような体毛で覆われた『アイアンウルフ』だった。
討伐ランクはE。だが、非力な子供にとっては死神も同然だった。腰を抜かし、震えるだけで何もできなかった二人。襲い掛かる魔物の牙を覚悟し、目を瞑った瞬間――響いたのは、魔物の悲痛な断末魔だった。
恐る恐るリアーナが目を開けると、そこには自分と同じくらいの背格好をした少女が、鋭い短剣を手に立っていた。
「あ、あ……あなたは……」
震える声に、少女は不敵な笑みを向けて言った。
「逃げるわよ。仲間を連れてこられたら、面倒だしね」
少女は腰を抜かしていたコランを無理やり立たせると、二人の手を力強く引き、森を駆け抜けた。リアーナは、その背中に心を奪われた。美しくなびく黄金の髪、時折振り返って見せる力強い笑顔。そして何よりも、自分たちを救い出した圧倒的な強さ。
その少女、エリー・グレイシアとの出会いが、リアーナの人生を決定づけた。彼女と共に歩みたい。彼女を守れる盾になりたい。その一念で副団長の座まで登り詰めたリアーナにとって、エリー・グレイシアはもはや、憧れを超えた信仰すべき神そのものとなっていたのだ。
「誰がなんと言おうと、私は団長を信じる」
リアーナの瞳に、揺るぎない覚悟の炎が宿る。
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