第四十話:勇者クラウス
案内された部屋は、先ほどの客間の倍以上の広さを誇っていた。その最奥、豪華な机の向こう側に座り、鋭い眼光を向けている男――勇者クラウス。
だが、そこにはもう一人、エリーの緊張を跳ね上げる人物がいた。
「……ロリック様」
第三騎士団長、ロリック・オリバ。十年以上も団長職を務める百戦錬磨の猛者だ。エリーが尊敬する数少ない騎士の一人。彼の存在により、部屋の空気はより一層引き締まっていた。年齢は既に四十を超えているが、その力強い剣技は、若い挑戦者達を何度も退けていた。エリーは部屋に入る前に、深々と一例をし、二人に近づく。クラークは扉をゆっくりと閉め、部屋を去った。
エリーが机の前に辿り着くと、クラウスから声をかけてきた。
「エリー団長、久しぶりだな。確か団長への任命式以来か?」
「そうですね」
クラウスの声は低く、感情が読み取れない。彼は魔王討伐後、滅多に表舞台に姿を現さなくなった。指令は第一騎士団長を通じて下されるため、こうして対面することは団長であっても稀なことなのだ。
「それで、何の用だ? 俺も暇じゃないんだ、簡潔に話せ」
クラウスはエリーと目を合わせようともせず、書類に目を落としたままだ。エリーが隣のロリックを気にすると、クラウスは顎で出口を指し、ロリックに席を外すよう命じた。
二人きりになった瞬間、エリーは意を決して、胸に溜め込んだ不信感をぶつけた。
「私は、先日のサラマンダー任務である人物に出会いました。……アレン・フリッツ。かつて貴方と共に、魔王を討伐した仲間です」
その名を口にした瞬間、クラウスの反応を注視する。だが、彼は驚くどころか、気味の悪い笑みを浮かべた。
「あの臆病者か。仲間を見殺しにして、未だにおめおめと生き延びているとは。恥ずべき男だ」
「アレンは、そんな男ではありません!」
エリーの頭に血が上る。
「魔王討伐の報告書……あれは間違っています。ディーネが話してくれました。本当は、貴方の魔法が暴発したせいで、エレナ様は……!」
そこまで言ったところで、エリーの言葉が凍りついた。クラウスから放たれた、肌を切り裂くような強烈な殺気。彼は、真っ直ぐにエリーの目を見ていた。
「くっ、くっくっく。……俺の魔法が暴発、ねぇ」
「何がおかしいのですか! 私の目は嘘を見抜く。ディーネの言葉は真実でした!」
「ああ、知っているさ。だから今、俺はお前の目を真っ直ぐに見ている。……ディーネの言っていることは、間違いだらけだ」
エリーは混乱した。クラウスの瞳には、嘘をついている気配が微塵もない。動揺する彼女に、クラウスは楽しげに告げた。
「魔法が暴発? 笑わせてくれる。……あれは、狙ってやったんだよ。エレナが死んだのは想定外だったがな」
「――え?」
「本当は、エスパス様にはアレンを殺してほしかったんだが。まあ、アレンは廃人になり、エレナが死んだ。結果としては最高だったな」
耳を疑った。エスパス……魔王の名を、あろうことか『様』付けで呼んだ?
「まさか……貴方、魔王と……」
「その『まさか』だ」
クラウスが立ち上がった瞬間、その右手に漆黒の剣が握られた。刹那、クラウスが机を飛び越えて肉薄する。
間に合わない――!
死を覚悟しながらも、エリーは反射的に腰の剣を引き抜き、目の前に振り抜いた。
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」
予想に反して、先に悲鳴を上げたのはクラウスだった。エリーの剣先が彼をかすめた程度のはずだが、クラウスは深手を負ったかのようにのたうち回る。
――そしてエリーは気づいた。彼が握っていたはずの黒い剣が、跡形もなく消えていることに。
扉が荒々しく開かれた。飛び込んできたロリックの目に映ったのは、血の付いた剣を持つエリーと、胸を押さえて苦しむ勇者の姿。ロリックは迷わずエリーを睨みつける。
「ち、違う……これは……!」
エリーが力なく首を振るが、クラウスの偽りの呻き声がかき消す。
「……油断した。まさか、いきなり切りかかってくるとは……っ」
「血迷ったか、エリー・グレイシア!」
ロリックが激昂し、剣を抜く。
「違う、裏切り者はクラウスよ! 彼は魔王と繋がっているわ!」
「戯言を! 魔王は勇者様が倒された。それは共に旅をした仲間たちが証明している!」
「それは……」
返答に困るエリーによそ目に、ロリックはポーチからポーションの瓶を取り出し、クラウスに向けて投げる。クラウスは一気に飲み干すと、何事もなかったかのように立ち上がり、エリーは勇者と第三騎士団長に挟まれる形となり、クラウスが口を開く。
「さて……何故このような暴挙に出たのかは後で聞くとして。大人しく捕まってもらおうか」
勇者と、格上の騎士団長。
二人を前にして、エリーは手から剣を離した。床に響く硬質な音が、彼女の敗北を告げる。抵抗しても状況を悪化させるだけ。弁明の機会を信じ、エリーは立ち尽くした。
そして、彼女を待っていたのは冷たく暗い地下牢の鉄格子だった。
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