第三十四話:バカな人たちだわ
「お客様、さすがに無銭飲食は困ります」
「うるせぇ。金はないって言っているだろう」
レストランの入り口で響く、明らかに不穏なやり取り。アレンはやれやれと肩をすくめて席を立った。エリーもまた、期待に満ちた妖艶な笑みを浮かべてその後を追う。
店内のカウンターに辿り着いたときには、無銭飲食の客は既にいなくなっていた。支配人のダンが、疲弊しきった様子で溜息をついている。
「ダンさん、また食い逃げですか?」
「ええ……三人組の男女です。身なりからして、どこかの冒険者だと思われますが」
その言葉に、エリーは即座に心当たりを得た。
「アレン、多分その三人組、私分かるわ」
「……どういうことだ?」
「さっき、あなたの店に来た連中よ。私を脅して商品を奪おうとしたから、ちょっとお仕置きをして追っ払ったんだけど」
騎士団長を脅すなど、開いた口が塞がらない無謀さだ。アレンは呆れつつも、ふと嫌な予感に襲われる。
「もしかしてさっきの金って……」
「元々はあいつらの金よ。それがどうしたの?」
エリーは何の悪びれもなさそうに肩をすくめた。アレンは三人組のあまりの不運にわずかな同情を覚えつつも、即座に店を飛び出し、犯人たちの足取りを追った。まだそんな遠くに行っていないはずだと、アレンは左右に首を振り探す。目抜き通りを数十メートル先ほどに三人組が、町民の一人を囲み、何やら執拗に絡んでいる姿が遠目に見えた。
「エリー、あいつらか?」
「ええ、間違いないわ!」
確認するや否や、アレンが駆け出した。エリーも必死で追随するが、彼の速度は異常だ。あっという間に背中が遠ざかっていく。
(……全く。アレンといると、自分の身体能力が普通に見えて嫌になるわね)
毒づきながらも、エリーの表情はどこか楽しげだった。
大剣を背負った男が町民を乱暴に突き飛ばす。無防備に転倒した町民の頭上に、男が背中の大剣を抜き放ち、迷いなく振り下ろした。
「――やめろっ!」
アレンはぎりぎりのところで冒険者の男と、町民の間に割り込み、左手で振り抜かれた大剣を掴んで止めた。アレンが押し返すと、男は信じられないものを見るような顔で尻餅をついた。
「……アレンさん、ありがとうございます」
「いいですよ。それよりここは危ない、早く離れてください」
町民が足早に去るのを確認し、アレンは静かに三人組を振り返る。
「おい兄ちゃん、かっこつけるのはいいが、命の覚悟はできて……」
男が言葉を継ごうとして、隣に立つエリーの顔を見て凍りついた。
「……先ほどは、お買い上げありがとうございました」
エリーが浮かべたのは、感謝など微塵も感じさせない、奈落よりも冷たい笑みだった。
「お、おい……いくら団長だろうが、今は丸腰だぞ。隣の男も強そうだが、団長より強いことはないだろう。やっちまおうぜ」
女が小声で焚きつける。
男はアレンとエリーの全身を見渡す。二人は武器どころか、身を守る騎士団の鎧すら身に着けていない。それに鮮血の女神といえば、 圧倒的な剣技で有名だ。魔法が得意という話は聞いたことがなかった。男は、先ほどの不覚は「タイミングを外されただけ」だと自分に言い聞かせ、欲に目がくらんで大剣を構え直した。
「おう、ねえちゃん!」
エリーは営業スマイルを忘れ、睨みつけるようにして答える。
「なにかしら? また何か買ってくれるの?」
「いやいや、逆だよ。よくよく考えたら元々あの瓶にはヒビが入っていたんだよ。だから金を返してもらおうと思っていてさ」
「はぁ? 今更何を……」
エリーが言い返そうとしたが、アレンが制すように彼女の前に腕を伸ばした。
「エリー、こいつらにやった金を返してやれ」
「えっ、いいの?」
「その金でさっさと飯代を払ってこい」
袋を投げ返され、男はニヤリと卑しい笑みを浮かべた。
「へえ、話がわかるじゃねえか。だがよ、足りねえなぁ。暴力女のせいで腕が痛ぇんだよ。治療費を払え」
男たちがニヤニヤと囲い込んでくる。エリーの怒りが頂点に達しようとした、その時。
――空気が、凍りついた。
横を見ると、アレンの瞳が氷山のように冷え切っていた。微動だにせず、死を見るような眼差しで三人を見据えている。
「ふざけるなよ。俺も暇じゃないんだ。早く払ってこい」
「あぁ! あんなまずい飯に誰が金なんて払うかよ!払ってほしかったら、お前が先に治療費払え!でないと二人ともここで殺すぞ!」
「……痛い思いをする前に、さっさと立ち去ったほうがいいぞ」
アレンの低く静かな警告。男は「お前がな」と吐き捨て、迷いなくアレンへと剣を振り下ろす。
次の瞬間、景色が歪んだ。アレンの姿が消え、男の左頬に、重い拳が突き刺さる。鈍い音とともに、男は人形のように地面に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなった。男はピクピクと痙攣するだけで、立ち上がる気配は全く見られなかった。その瀕死の男の様子を残りの二人が青ざめた表情で見ていると、アレンが声をかける。
「……同じようになりたくなければ、店へ行って金を払い、今すぐ町から出て行け。二度と来るな」
「「は、はいぃぃっ!!」」
男たちは悲鳴を上げ、倒れた仲間を抱えて逃げ出した。その後、男達は二度と冒険者として姿を見せることはなかったという。
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