第二十八話:過去を振り返るのは辛いです
予想外の拒絶に、エリーは立ったまましばらく茫然としていたが、我に返ると力なく椅子に座り込んだ。
「なによ……せっかく私が将来を切り開く道を持ってきてあげたのに。お店だって、もう潰れそうじゃない。……ばかアレン」
ぶつぶつと独り言をこぼすエリーに、ディーネが優しく語りかける。
「そう言わないであげてください。先ほどのお話。事実ではないものの、アレンは『自分がエレナさんを死なせてしまった』と、本気で信じ込んでいるんですから。それにこのお店を続けているのも、エレナさんとの約束があるからです」
「……魔王討伐の日、本当は何があったの?」
普段は明るいディーネが、どこか遠い過去の闇を見るような悲しげな目をした。エリーには、聞かずにいるという選択肢がなかった。
ディーネは悩んだ。エリーにアレンの過去を明かして良いものかと。
だが、闇の中で苦しみ続けるアレンを救い出せるのは、この騎士団長かもしれない。それに、アレンが「後は任せた」と去ったのは、真実をエリーに伝えてほしいという、無意識の願いがあったからではないだろうか。ディーネはそう勝手に解釈することにした。
「……少し、長くなるかもしれませんけれど」
「大丈夫。是非、聞かせて」
ディーネは一度大きく息をつき、語り始めた。
「まずはエレナさんのことから話しましょうか。彼女は外見の美しさだけではなく、とても強く、誇り高い女性でした」
「……剣聖、だったのよね」
剣聖。世界でただ一人、剣の道を究めた者にしか許されない称号。エレナはその称号を女性として初めて手にした、最強の剣士だった。
「でも、彼女の凄さは強さだけではありません。間違いを決して許さず、弱きを助け導く、聖女のような方でした。……アレンが彼女に惹かれるのは、必然だったのでしょうね」
「えっ……?」
アレンが恋心を抱いていたと聞いて、エリーの胸の奥で、正体不明のモヤモヤが渦巻いた。しかし、今の彼女にはそれが何なのか理解できなかった。
「まあ、アレンも見ての通りの人好しです。二人が恋仲になるのは、時間の問題でした」
「こ、恋仲……!?」
動揺を隠せないエリーを微笑ましく思いながら、ディーネは本題へ入る。
「将来を誓い合った二人は、魔王を討伐して平和が戻ったら、田舎で小さなお店を開こうと約束していたのです」
「……じゃあ、この店は」
「アレンは一人になっても、その約束を果たすためにこの町で雑貨屋を始めました。アイテムの知識は豊富でしたからね。もっとも、経営者としての才能は壊滅的でしたが。それでも彼がこの店を手放さないのは、ここがなくなると、エレナさんもこの世界から完全に消えてしまう……そんな恐怖に囚われているからかもしれません」
「そうだったの……」
知らなかったとはいえ、軽々しく「団長になれ」などと言ってしまった自分を、エリーは激しく恥じた。
「魔王を討伐した日、何があったのかを説明します。あの日は、本当に悪いことが重なりすぎていました」
ディーネは記憶の悪夢をなぞるように、目を閉じ、両手を固く握りしめた。
「エレナさん、クラウス、そして他の二人の仲間も、確かに最強のパーティーでした。ですが、魔王軍はそれ以上に強大だった。圧倒的な数の力で、皆は分断されてしまったのです。そんな中でアレンは、一人で魔王と戦っていました……」
言葉を詰まらせるディーネを、エリーは急かさず見守る。
「突然、クラウスの魔法が暴発し、アレンの足場を崩したのです。その隙を、魔王が逃すはずがありません。アレンに振り下ろされた必殺の一撃……」
ディーネは唇を噛みしめる。
「私はアレンを守ろうとしました。でも、距離が遠すぎた。私は間に合わなかった。全てを諦めかけたその時、アレンの前にエレナさんが立ち塞がったのです。……そして、魔王の剣が……」
静寂が、店を支配した。
「……逆に隙の生じた魔王に、アレンが渾身の一撃を与え、瀕死になった魔王をクラウスが討ち取りました。けれど、エレナさんは助からなかった。あの時、一瓶でもポーションが残っていれば……」
「だから、彼は……」
「そうです。必要な時に必要な分だけしか売らないのは、あの日のトラウマのせい。……ですが、エレナはクラウスのせいで……」
ディーネは首を横に振った。
「戦いの直後で、誰もクラウスを責めませんでした。それほどあの戦いは激しいものだった。それなのに……」
ディーネは全身を震わせ、表情を険しく歪めた。
「……アレンを悪者にして追放するなんて。もしグランシーヌへ行って、その嘘つきの首を絞められるなら、今すぐにでも殴りに行きたいくらいですわ!」
だが、ディーネはアレンから遠くへは離れられない。グランシーヌへ行こうと誘っても、彼は二度と戻らないだろう
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