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雨のち、エレール〜店主は元最強冒険者、看板娘は……  作者: Kuran


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第二十五話:寂しくなります

「……と、いうことで。明日からはちゃんと店長として頑張ってくださいね」


「……はい。分かりました。精進します」


長い、長いディーネのありがたい説教がようやく終わり、アレンは大きく肩の荷を下ろした。


「じゃあ私はそろそろ時間なので、帰りますね。お疲れ様でした」


「ああ、お疲れ様。……って、今日の夜ご飯は?」  


 アレンの一言に、ディーネがビクッと肩を跳ねさせる。


「あ、えっと……テーブルの上にパンがあるので、それを食べてください。じゃあ、おやすみなさい!」


 ディーネは逃げるようにその場でくるりと回転し、青い光となって消えてしまった。


「……あいつ、逃げやがった」


 一人残された静寂の店内で、アレンはパサパサのパンを一口かじる。


「……味気ないな」  


 ディーネがいなくなった店は、いつも以上に静かだ。町全体が深い夜に包まれ、物音ひとつしない。深夜でも騒がしいグランシーヌとは大違いだ。一人になると、どうしても思考は「あの日」へと引き戻されてしまう。


 毎日、同じことを考えては自己嫌悪に陥る。どうすればエレナを救えたか。自分の行動の何が間違っていたのか。答えなど出るはずもない。いくら後悔しても、過去は二度とやり直せない。


(……この罪は、いつになれば消えるんだ)  


 そう思いながら布団に入る。


「……そういえば昨日は、久々に普通に眠れたな」  


 特に理由を考えることもなく、アレンは深く目を閉じた。


________________________________________



 マグニー火山での騒動から、一ヶ月が経っていた。その間、特に事件もなく、平穏な日常が繰り返されていた。


「今日も暇ですねぇ」  


 ディーネがいつものようにカウンターに肘をつき、両の掌で顎を支えて退屈そうに呟く。


「だな……」  


 アレンもまた、隣でぼうっと店の入り口を見つめていた。


「あれ? 今日は『ちゃんと働け』って言わないんですね。いつもなら『掃除しろ』とか文句を言うのに」


「ん? ああ。もう十分綺麗だからな。これだけ誰も来ないと、汚れもしないものだ」  


 昼過ぎというのに、客はまだ一人も訪れていない。


「掃除しなくていいのは楽ですけど、それはそれで悲しいですね」


 店を閉めてしまおうか――そう思い始めた時、入り口のドアベルが軽やかに鳴った。入ってきたのは、難病を患う母親の薬を定期的に買いに来る少女、ユーリだった。


「アレンお兄ちゃん、ディーネお姉ちゃん、こんにちは!」


「おっ、ユーリじゃないか。こんにちは。今日はどうしたんだ? またお母さんの具合でも悪いのか?」  


 アレンはカウンターを飛び出し、心配そうに声をかけたが、ユーリは可愛らしい笑みで首を横に振った。


「お母さんの病気が治って、すっごく元気になったんだよ!」


 それを聞いた瞬間、アレンの表情が硬直した。ユーリの母の病は、並のポーションでは癒えぬ難病だったはずだ。完治させるには、それこそ伝説の『ユグドラの雫』のような神薬が必要になる。彼女の家庭に、そんな高価な薬を買う余裕があるとは到底思えなかった。


 もちろんアレンもユグドラの雫をユーリの母親に使おうと考えたこともあった。しかしディーネに止められた。高Lvのポーション を定期的に摂取することで病状は完治までいたらないまでも緩和することができ、命には別状はなかったからだ。ユグドラの雫は今にも燃え尽きそうな命に使おうと提案されて、アレンもそれに納得した。


 ユーリを疑うわけではないが、子供ゆえの思い込みの可能性も捨てきれない。


「ユーリ。……どうやって病気が治ったのか、詳しく教えてくれるかな?」


「えーと……」  


 ユーリは一生懸命説明しようとしてくれたが、幼い言葉からは


「知らない男の人が助けてくれた」


ということしか分からなかった。


その時、再びドアベルが鳴った。入ってきたのは、ユーリの母親であるモニカだった。


「こんにちは、アレンさん。ディーネさん」


「モニカさん……お久しぶりです」


 アレンは挨拶を交わしながら、彼女の顔を注視した。血色は最高に良く、難病を抱えていた影など微塵も感じさせない。


「今日は今までのお礼に参りました。私達家族にいつも良くしていただいて、本当にありがとうございました」


「お元気そうでなによりです。……ところで、どうやってあの病気が治ったのですか?」


「実は、三年ほど前に治療法を探すために出て行った夫が、昨日帰ってきたのです。もう死んだものと諦めていたのですが、夫が持ち帰った薬を飲んだら、すっかり良くなって……。ユーリは小さかったので夫のことを覚えていなかったみたいですが」


 モニカは、寄り添うユーリの頭を撫でながら嬉しそうに語る。アレンは微笑ましく思いつつも、その薬のことが気になって仕方なかった。世の中には知らないアイテムも多い。それらが奇跡をもたらした可能性もある。


「それは本当によかったですね。……ところで旦那さんは、いまどちらに? 確か冒険者でしたよね」


「申し訳ございません。夫は依頼があると言って、ニベールに向かいました。二ベールでの仕事が長くなるそうで……。突然ですが、私達も一緒に暮らそうと引っ越すことになりました」


 遠い街への移住。薬の正体を聞く機会を失う残念さと、家族が共に暮らせる喜び。アレンは複雑な心境で彼女たちを見送った。


「そうですか。それは寂しくなりますね。近くに行くことがあれば、寄らせてもらいます」


「はい。ユーリも喜ぶと思います」


「お兄ちゃん、絶対遊びに来てね!」


 アレンはユーリを抱き上げ、その重みを噛み締めてからそっと下ろした。二人の背中を見送りながら、アレンは胸の奥の小さなしこりを感じていた。


――三年戻らなかった男、奇跡の薬、そして去り行く家族。それは、幸福な物語の裏側にしては、少しだけ出来すぎている気がした。

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