第二十三話:アレンはチョロイです。
「おい、あれ団長じゃないか!?」
「ああ、間違いない。……よかった、ご無事で!」
レクレールの入り口で待ち構えていたのは、アレンが森で救った二人組と、生き残りの団員たちだった。骨折した者、血の滲む包帯を頭に巻いた者――満身創痍ではあったが、数人の部下が生き延びていた事実に、エリーは胸を撫で下ろした。それを見るなり、アレンが短く指示を飛ばす。
「ディーネ、怪我の度合いを見てアイテムを振り分けてやってくれ」
「はーい、承知いたしました」
ディーネは手慣れた様子で、怪我人一人ひとりを一瞥し、的確に回復薬を配り始めた。数千リラの安価な傷薬から、市場に出れば数十万リラは下らない高級品まで、出し惜しみせず配り歩くその姿に、エリーが慌ててアレンに詰め寄った。
「アレン。昨日から今日にかけて、うちの団のために使ったアイテムの総額、ちゃんと計算しておいてよね。今は持ち合わせがないけれど、王都に戻ったら必ず支払うから!」
「はいはい、わかってますよ」
生返事をするアレンに不安を覚えたが、回復した団員たちが次々とエリーを囲み、無事を喜ぶ歓声にかき消される。アレンとディーネは、その輪を邪魔すまいと、何も言わずに店へと戻っていった。
「あぁ……やっと着いたぁ。やっぱり我が家が一番だな」
エレールに戻るなり、アレンはリビングのソファに倒れ込んだ。
「『やっと』って……たった一日空けただけじゃないですか」
「俺にとっては一年分くらい疲れる一日だったんだよ。今日はもう店は開けないぞ。……少し仮眠する」
「はいはい。じゃあ私は片付けをしてから夕飯を作りますから、できたら起こしますね」
「ああ、頼む……」
そう言うか言わないかのうちに、アレンは眠りに落ちてしまった。ディーネは、店から持ち出した貴重な在庫を棚に戻しながら、小さく溜息をつく。
「はぁ……また商品が減ってしまいました。いよいよ店じまいでしょうか。まぁ、いざとなれば私が外で稼いで、アレン一人くらい養ってあげますけどね」
ディーネが今後の身の振り方をぶつぶつと呟きながら作業を続けていると、店の入り口の鐘が涼やかに鳴った。
「すみませーん、今日はもう……」
言葉を遮り、そこに立っていたのはエリーだった。
「もう! 勝手にいなくならないでよ。……アレンは?」
「アレンなら、奥で寝てますよ。今回の旅は、よっぽど堪えたみたいですね」
「堪えたって……あれだけ強いのに、本当に不思議な人」
エリーはアレンが眠る奥の部屋を、吸い込まれるような瞳で見つめた。
「昔は、あんな感じじゃなかったんですけどね」
ディーネもまた、どこか遠くを見るような、寂しげな視線を投げた。
「昔……?」
「あっ、いえいえ。独り言です。それより、何か御用ですか?」
ディーネはしまったという顔で話題を逸らす。エリーもまた、出会ったばかりの相手の過去を深く詮索すべきではないと思い留まった。
「アレンがいないなら、今のうちに聞いておくわ。今回の件で、いくら分のアイテムを消費したのかしら。……私も馬鹿じゃない。貴方たちが火山まで来たのは、私を助けるためだって分かってる。だから、貴方の言い値でいいわ。どうせアレンは、『俺が勝手にやっただけだ』って言って、一リラも受け取らないでしょうから」
それを聞き、ディーネはいたずらっぽく微笑んだ。
「私は、店主がお金を貰わないって言うなら、それに従うだけです。それに、貴方から無理やりお金を取ったなんて知られたら、私、アレンに嫌われてしまいますから」
「でも、それじゃ私の気が済まないのよ……っ! 今回の任務、アレンとディーネがいなかったら、絶対に成し遂げられなかった。どれだけ感謝しても足りないわ。私には、報いる手段がお金しか思いつかないの。……お願い、払わせて」
エリーの必死な懇願に、ディーネは困ったように肩をすくめると、不敵な笑みを浮かべた。
「報いる手段、なんて大袈裟ですよ。……そうですね、アレンには満面の笑顔で『ありがとう』って言って、ほっぺにチューでもしてあげれば、それだけで喜ぶと思いますよ? ……ねぇ、アレン?」
ディーネが後ろを振り返ると、いつの間にか起きていたアレンが歩いてきていた。
「馬鹿野郎、俺はそんな単純な男じゃないぞ。……それにお前ら、うるさい。人が寝てるのにピーピーわめきやがって。すっかり目が覚めちまったじゃないか」
「あら、ピーピーうるさいのはエリーさんだけですよ。聞き分けがないんですから」
「アレン……」
エリーは現れたアレンをじっと見つめ、無言で距離を詰めた。そのただならぬ気迫に、アレンがたじろぐ。
「な、なんだよ……」
「何度言っても無駄でしょうから、最後にするわ。……今回の件、私はいくら支払えばいいの?」
「ディーネが言った通りだ。俺が勝手にやったことなんだから、エリーが気にすることじゃない。もういいだろ、その話は」
エリーの目つきがさらに鋭くなり、その手がアレンへと伸びた。ビンタでもされるのかと、アレンは反射的にギュッと目を瞑る。
だが――。
彼女の手はアレンの首元のシャツを掴み、ぐい、とその頭を引き下げた。そして。アレンの頬に、柔らかな感触が、羽が触れるような軽やかさで一度だけ押し当てられた。
「…………へ?」
あまりの出来事に、アレンは自分の頬を押さえたまま、呆然と固まった。
「あらあらあらあら。ご馳走様です」
ディーネが実におもしろそうに、その光景を眺めている。
エリーは無言で出口へと向かい、ドアに手をかけたところで、振り返ってアレンを指差した。
「……これで終わったと思わないでよね! こんなことじゃ、私の恩は返しきれないんだから! ……でも、本当に助かったわ。ありがとう!」
それだけを叫ぶと、彼女は逃げるようにドアを開け、勢いよく外へと飛び出していった。
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