第二十二話:アレンは紳士さんです
エリーはしばらく座り込んでいたが、背後で響く作業音に気づいて振り返った。 そこには、ディーネが置いていった無限袋から手際よくテントを取り出し、組み立てているアレンの姿があった。大人二人が横になっても十分な余裕がありそうな、立派なテントだ。
「よし、できた! じゃあ俺たちもそろそろ休もうか」
「そ、そうね……」
エリーは返事こそしたものの、中に入ることを躊躇った。騎士団という職務上、野営を伴う任務は数多く経験してきた。自分以外が全員男性ということも珍しくはない。だが、これまでは圧倒的な実力差があった。
万が一、不埒な輩に襲われたとしても、自分一人で容易に対処できるという自負があったのだ。
だが、目の前にいるこの男は違う。もしアレンに力ずくで押さえつけられたら――。抵抗はできるだろうが、自分を守り切れる自信は、今の彼女にはこれっぽっちも持てなかった。
(……でも、アレンはそんな人じゃない)
今日、彼が自分にしてくれたことを思い出す。底知れない力と、それ以上に深い優しさを持つ男。嘘がつけず、身を挺して他人を守る男。そんな彼が、欲望のままに動く姿はどうしても想像できなかった。それに。もし、万が一、彼が襲ってきたとしても、私は――。
そこまで考えて、エリーは激しく首を振った。
(ないないない! きっと感謝の気持ちよ! 魔人討伐にサラマンダーの鱗……その報酬が私の体だとしたら、安すぎるくらいだわ!)
リンゴのように顔を真っ赤に染め、猛烈な勢いで葛藤するエリー。暗闇が幸いして、アレンがその動揺に気づくことはなかった。
「おい、エリー。何してるんだ? 早く入れよ」
アレンはテントの入口を広げ、彼女を待っていた。
「……今行くわよ」
覚悟を決めてテントの中へ入ると、エリーは「ギョッ」として固まった。そこにはテントには似つかわしくない、フカフカのベッドあったのだ。無限袋の便利さに感心しつつも、彼女は決定的な事実に気づく。ベッドが、一つしかない。
「ア、アレンっ!」
思わず振り返って声を上げる。しかし、すでにテントの幕は閉じられていた。
「なんだよ。トイレでも行き忘れたか? 俺はもう寝るから、何かあったら起こしてくれ」
外からの声に、エリーは恐る恐る入口の隙間から外を覗いた。そこには、地面に敷いた寝袋に全身を包まれ、顔だけをひょっこりと出しているアレンがいた。その徹底した紳士的な配慮への安堵感と、芋虫のようなみっともない姿に、エリーは耐えきれず「ぷっ」と吹き出した。
「アレン。今日は本当にありがとう。この恩は、いつか絶対に返すわ。……サラマンダーから私を守ってくれた時、『ちょっとだけ』格好よかったわよ」
「恩なんて感じる必要ないって。……それでも返したいって言うなら、『ちょっとだけ』を『かなり』に訂正してくれれば、それで十分さ」
「ふふっ。それは遠慮しておくわ」
そう言って、エリーはテントの幕をしっかりと閉じた。
「……さあ。明日からも忙しくなるんだから、寝ないとね」
ベッドに転がり、彼女はこれまでにない深い眠りへと落ちていった。
「アレーン! 朝ですよ! 早く起きてくださーい! アレーン、アレーンッ!」
翌朝。自動召喚され戻ってきたディーネの甲高い声が、朝日の差し込む森に響き渡った。ディーネは朝になるとアレンが呼ばなくとも、条件が揃えば自動的に召喚される手筈となっている。
眠い目をこすりながら、アレンが芋虫……もとい、寝袋の中から這い出してくる。
「そんなに何度も呼ばなくても起きるよ……」
「へぇー、そうですか? 今ので十回目なんですけどねぇ」
「あ……そうなのね」
アレンは申し訳なさそうに頭をかき、ディーネが手際よく桶に用意してくれた水で顔を洗った。
「じゃあ、次はエリーさんを起こさないとですね」
ディーネがテントに目をやると、
「もう起きているわよ」
すでに準備万端のエリーが、背筋を伸ばして立っていた。
「あら。意外としっかりしているんですね」
「『意外と』ってなによ。人の上に立つ者が、怠けた姿を部下に見せるわけにはいかないでしょう。朝には強いのよ」
「アレン……ちゃんと聞いていますか? 雑貨屋エレールの、のんびり店長さん?」
「……騎士団と田舎の店を一緒にするなよ」
アレンは苦笑しながらも、いそいそと出発の準備を始めた。こうして準備を整えた一行は、道中の魔物を軽く蹴散らしながら、大きなトラブルもなくレクレールへと辿り着いた。




