第二十一話:アレンは化け物なんです
再び始まった子供のような言い合いに、頭を押さえていたエリーがついに割り込んだ。
「待って、待って! ちょっと情報の密度に頭が追いつかないから、二人とも落ち着きなさいよ」
エリーはアレンの言葉を脳内で必死に整理する。
『召喚術士』。歴史の書物には登場するが、現代では絶滅したと言われるほど稀な存在だ。精霊と契約を交わし、自らの魔力を代償としてその力を顕現させる者。
だが、そうだとしても更なる疑問が次々に噴き出してくる。どうやって、あの四大精霊ウンディーネと契約したのか。本来、精霊王は人間などより遥かに高位の存在だ。何より、これほどの存在を顕現させ続けるには、常軌を逸した魔力が必要なはずだ。召喚対象の位が高ければ高いほど、術士が支払うコストは跳ね上がる。それを常に、平然と維持し続けるなんて。
エリーが絶句していると、ディーネがアレンをジト目で凝視しながら言葉を添えた。
「エリーさんが混乱するのも無理はありません。うちの店主の『バカみたいな魔力』は、精霊の目から見ても異常なんです。私も最初は驚きましたよ。まさか私を召喚できる人間がこの時代に存在するなんて。普通の人間なら、召喚した瞬間に一分と持たずに干からびます。……まぁ、新種の化け物だと思って納得してください」
「バカみたいな魔力ってなんだよ。それに新種の化け物ってひどすぎないか! 化け物度合いで言えば、お前だってそうだろうが!」
「あぁぁぁぁぁ! とうとう言っちゃいましたね、アレン! いくら店主でも、淑女を捕まえてその暴言は許しませんよ!」
最初は呆れていたエリーも、全力でジャレ合う二人を見て思わず吹き出してしまった。
「ふふっ……もう、二人ともやめなさい。私から見れば、どっちもどっちの化け物よ」
「エリーさんまで! 将来のアレンの奥さんになる方でも、今の発言は聞き捨てなりませんねぇ」
「またそんなことを! いつ私がアレンのお、お、お……奥さんになるって言ったのよ!」
「私には分かるんですぅ。これこそ精霊の勘なんですぅ」
「おいディーネ、お前も落ち着け。そ、それに俺だってエリーを嫁にするなんて言ってないぞ。騎士団の団長が嫁なんて、おっかねぇよ……」
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ!? おっかないって何よ! 私だって騎士団の中じゃ『戦場の女神』だの『慈愛の天使』だの言われているのよ!」
「ははっ。自分で女神とか天使とか言ってて、恥ずかしくないのかねぇ?」
「……もう怒った! 騎士団団長の、真の実力を見せてやるわ!!」
結局、そんな不毛な言い合いは、森が夜の静寂に沈むまで続いたのだった。
「はぁ……」
焚き火の爆ぜる音と共に、エリーの深い溜息が漏れた。
「どうした、エリー。飯、口に合わなかったか?」
「……いいえ。凄くおいしいわ」
「でしょう! 私が生み出した水で作ったカレーは絶品ですからね。お代わりいります?」
「……もらうわ」
上機嫌なディーネが、大鍋からカレーを器にたっぷり注ぐ。エリーはどこか釈然としない表情のまま、それを口に運んだ。
「……あの不毛な言い合いさえなければ、今頃は町の宿屋に着いていたはずよね」
カレーを食べながらエリーがボソリと呟く。
日は完全に落ち、銀色の月明かりが森を照らしていた。予定では夜のうちに山を下りきるつもりだったが、思いのほか時間をロスしてしまい、今夜はこの森で野営することになったのだ。
「だな……」
「私達、一体何をあんなにムキになって言い合っていたんでしょうね」
「さあ? 何だったっけ?」
さっきまでの醜い争いがなかったかのように、けろりと振る舞うアレンとディーネ。きっと彼らにとってはこれが日常風景なのだろう。
対するエリーは、ここ数年、これほど感情を剥き出しにした記憶がなかった。騎士団という組織において、常に求められるのは冷静さと正確な判断力だ。
だが、あの二人と勝手なことを言い合っている間は、本気でムカついていたはずなのに……不思議と、今は胸がスッキリとしていた。
しかし、その安らぎは次の一言で粉砕される。
「じゃあ、私はそろそろ帰りますね」
「ああ。今日は本当に助かったよ、ディーネ」
「いえいえ。暇な店番よりは有意義な一日でしたわ」
エリーは「帰る」という言葉に、ピクリと肩を揺らした。
「……ディーネ、帰るって……どういうこと?」
この時、エリーは思い出したのだ。彼女はアレンに「召喚」されている存在だということを。
「ええ。本来いるべき場所に戻るだけですよ。あまり向こうを放ったらかしにもできませんし、二十四時間アレンの魔力を消費し続けたら、さすがの店主も干からびてしまいますから」
正論だった。いくら無尽蔵に等しいとはいえ、魔力は回復の時間が必要だ。だが、ディーネがいなくなってしまったら。この暗い森で、アレンと二人きりに――。エリーの瞳に浮かんだ不安の色を、ディーネは見逃さなかった。
「……あら? もしかして、アレンと二人きりになるのが恥ずかしいんですか?」
「ち、違うわよ! また、行きみたいに魔人が襲ってきたら危ないじゃない!」
「あらあら。騎士団長ともあろう方が、随分と弱気なんですねぇ」
「ううぅぅ……あぁ言えばこう言う……!」
確信を突かれたエリーが言葉に詰まると、ディーネはスッと彼女の隣に座り、耳元で密やかに囁いた。
「大丈夫ですよ。……アレンは、意外と紳士ですから」
顔を真っ赤にしたエリーへ、ディーネはいたずらっぽくウインクを投げた。そのまま軽やかに立ち上がると、クルリと一回転。次の瞬間、彼女の姿は青い光の粒子へと変わり、夜風に溶けるようにして消えていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、評価やブクマをして応援していただけると、更新の大きな励みになります!
感想や一言レビュー、いいね(リアクション)もお気軽に残してもらえると嬉しいです。
次回もよろしくお願いします!




