第二話:いらっしゃいませ~
雑貨屋エレール。
アレンとディーネが王都を飛び出し、以前の旅で立ち寄ったレクレールに辿り着き、建てた雑貨屋。丸太を積み重ねてできたその店は決して大きくはないが、温かみ のある雑貨屋だ。 雑貨屋というが、店に並んでいる商品は回復薬や能力を一時的に向上させる薬、魔物の素材など、旅をする冒険者が必要なものを専門とする店であり、長年旅を続けていたアレンの知識を活かすことができた。
のだが……
「今日も暇ですねぇ」
開店から六時間。 看板娘のディーネは、カウンターに肘をついて盛大に溜息をついていた。
「おい、ディーネ。 客が来ないなら来ないでやることはあるだろ」
アレンは棚に並んでいる小瓶を一つずつ丁寧に拭きながらサボって溜息ばかりついている看板娘に注意する。
「確かに掃除は大事よね。でもアレンが今拭いている棚は二時間前に私が奇麗にしたばかりですよ」
「えっ……」
アレンが手元の瓶を凝視すると、確かに鏡のように磨き上げられている。よく見ると小瓶だけでなく棚自体も塵一つなく拭きあげられており、手を付けるところなどまるで無いようだった。
この雑貨屋エレールは繁盛していないどころか一日営業してお客が一人も来ないことも珍しくない。そんな店が何故二年も営業し続けることができたのかというと魔王を討伐した際に得られた莫大な報酬があったからだ。
しかしその金も徐々に少なくなってきた。 このままでは店が潰れるだけでなく生活すらできなくなる。なんとかしなければとアレンは思い始めていた。 今日もすでに夕方… …今日開店してから一人の客も店を訪ねる事は無かった。
「なんでこんなに客が来ないんだろうな」
アレンも諦めたようにディーネの横に座って、同じようにカウンターに左肘をカウンターにつき、手の平を顎に当てる。
「なんでって……」
ディーネが何をいまさらと言ったように呆れて、アレンの方に顔を向けたとき、
カランカランッ!
入店を告げる鐘の音が響いた。
「いらっしゃいませ〜」
鐘の音が一音聞こえたタイミングで素早く立ち上がり、ひまわりのような満面の笑みを浮かべるディーネ。 普段のディーネを見ているアレンにとっては完全に作り笑いと分かるような笑顔だが、その美人さもあいまって一見の客には女神の微笑とも言えるほどの輝きを放っている。
入口から現れた客は男二人組だった。一人は全身を鎧に包み、背中には大剣を携えている。もう一人は身の丈程のマントをひるがえし、三角帽子をかぶっている。いかにも戦士と魔法使いのパーティーだ。戦士の方はじっと店内を見渡した後、歩き回って商品を確認している。魔法使いの方は、ただ戦士の後ろをついていく。
「ほう、こんな田舎町にしては良い商品が揃っているじゃねぇか」
「そうだな。おっ、このポーション、品質レベル『Ⅷ』じゃねぇか。これだけの品質だったらほとんどの傷が一瞬で治るぞ。おぉ、こっちには魔力を回復するエーテルLvⅦだ。これがあればいくらでも魔法が撃てるぞ」
消費アイテムには全てその品質によりⅠ〜Ⅹのレベルに振り分けられる。Ⅹに近いほど効果は高まり、価値も高くなる。しかし魔王軍との戦いにより優秀な薬師が少なくなりLvⅦ以上のアイテムとなると一気に希少性は増し、市場では滅多に目にすることがない代物となっている。 二人とも店内のもの珍しい品ぞろえにテンションがあがり、店が用意していた籠に次々に商品を放りこんでいく。しかしその姿を見ていたディーネは何故か複雑そうな顔をしていた。本来ならば店の商品がこれだけ売れれば喜ばしいはずなのだが。
「おい、ねぇちゃん。全部でいくらだ?」
そう言って、戦士の男が籠いっぱいに入ったアイテムをカウンターに叩きつけた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね」
ディーネは少し困ったようにアレンを見る。アレンは腕を組んで座ったまま、死んだ魚のような目で籠の中身を見つめボソリと呟く。とても接客をする態度ではない。
「……そんなに買い込んで、怪我人でも大勢いるのか?」
思いがけない質問に二人組の男達は顔を見合わせる。そして不快感を露わにして戦士の男が答える。
「あぁ、そんなわけねぇだろ。珍しいアイテムだからな。無くなる前に買い占めておいて損はない。いいから早く売れよ。値札がないがいくらなんだ?」
それを聞くとアレンは溜息をつき、
「一億リラン」
「「……はっ?」」
あまりの法外な金額に二人の男は言葉を失った。
確かに貴重なアイテムだが、たかが小瓶十本程でそんな馬鹿高い金額はありえない。ただディーネだけはまたか、といった感じで落ち着いてそのやり取りを眺めていた。ちなみに一億リランもあれば、王都の一等地に豪邸を建てられるほどの金額であり、一般的な成人が一カ月生活するために必要な金額は十万リラン程である。
しばしの沈黙のあと、戦士の男は拳でカウンターをドンと殴りつける。
「おい兄ちゃん、ふざけるのもいい加減にしろよ。誰がたかが回復アイテムにそんな金を払うんだよ。俺達も暇じゃないんだ。次の答えによっちゃ、この拳がお前の顔にめり込むぞ。いくらなんだよ」
その言葉を聞いて、怯むどころかますます不機嫌そうな顔でアレンはゆっくりと立ち上がるその時。再び、鐘の音が軽やかに鳴った。
「アレンお兄ちゃん、ディーネお姉ちゃん、こんにちは」
現れたのは、七歳ほどの少年・ユーリだった。かわいらしい男の子は店に入るなり、二人に元気よく挨拶をしてペコリと頭を下げた。 先ほどまでの冷徹な空気は消え、アレンの表情がふっと緩む。
「おぉ、ユーリじゃないか。今日はどうした?」
カウンターに立ち尽くし ている二人を無視して、ユーリに近づき頭を撫でた。
「うん、今日もお母さんが具合悪そうだからまたお薬貰いにきたんだけど……」
ユーリはそう言って目当ての薬の置いてある棚を見るが、先ほどの男達が全て籠に入れてしまった為、からっぽだった。
「売り切れみたいだね……」
空っぽになった棚を見て肩を落とす少年に、アレンはカウンターの籠からポーションを一瓶抜き取る。
「お、おい、それは俺達の……」
男達がまるでそこに存在しないかの如く無視をして、ユーリに小瓶を手渡す。
「あのオジサン達が譲ってくれるって。よかったな」
ユーリは小瓶を手にすると一気に表情が明るくなる。そしてズボンのポケットに右手を入れてコインを一枚取り出した。
「おじさん達、ありがとう。じゃあこれいつものお金です」
アレンの手に一枚のコインを手渡すと、いち早く母親に薬を飲ませたいのか、勢いよく走って店を出て行った。 アレンはユーリが店を出ていくのを見守り、カウンターの方に振り返ると、 戦士の怒声が響く。
「おい、兄ちゃん。俺達のアイテムを勝手にガキに渡してどういうつもりだ」
男達は怒りに震えていた。 たかが雑貨屋の店員にここまで馬鹿にされては堪らない。 実はこの二人、王都の騎士団の一員である。王都では憧れの職の一つであり、もちろん入団する為の審査も厳しい。毎年入団試験が行われるが倍率百倍という狭き門だ。とある任務でこの町に寄り、上官から買い出しを頼まれたのである。二人はまだ下端とはいえ、選ばれた者達というプライドは人一倍強かった。
しかしエレールの店主こそ普通ではない。なんせ魔王を討伐したパーティーの一員なのだ。 王都の騎士団員とはいえ下端ではいくら凄んでも効果はなかった。
「一億リラン払っていないだろ。金を払うまでは店の物は俺の物。どうしようと勝手なはずだ」
「ふ、ふざけんじゃねぇ。それじゃああのガキは何百万って金を払ったっていうのか」
アレンはユーリに貰ったコインを指で摘まんで、男たちに見せる。 小さな銀色のコインだ。
「なっ……百リラン硬貨だと。な、なんで俺達が一億であのガキが百リランなんだよ。あぁ、そうか。俺達には始めから売る気はねぇってことだな」
「気づくのが遅ぇよ、バァカ」
「ふっふっふっ、もう謝っても許さねぇ。おい、こんな店燃やしてしまえ」
戦士の男は、怒りに震え魔法使いの男に指示を出す。
「あぁ、そうだな。燃やしてからアイテムだけ頂けばいいしな」
そう言って、右の掌から十㎝ほど火球を出現させる。だが、その火種が放たれるより速く。
――ザァァァァァッ!!
「ぶはっ!? な、なんだ!?」
魔法使いの頭上から、滝のような水が降り注いだ。火球は一瞬で鎮火し、男は水浸しのネズミのようになる。
突然の出来事に魔法使いの男は辺りを見渡すと、カウンターにいたディーネが右手を広げ前に突き出して、ニコニコと微笑んでいた。しかしその微笑は店に入ったときに向けられた笑みとは違い、悪魔の微笑と言っても過言ではなく、背筋が凍り付き身動きがとれないほどのものだった。
「店内は火器厳禁ですよ。気を付けてくださいね」
ディーネが真顔になり、冷たく低い声でそう伝えるとカウンター 越しの二人は全身を針で刺されるような殺気を浴びた。
「は、はい。す、すいませんでした。おい、もう帰るぞ。こんな所これ以上居られない」
魔法使いの男は、その圧に戦意喪失したのか項垂れ、相方に訴える。その体は小刻みに震えていた。
「こ、この程度の殺気で何を怯えているんだ。ここまでバカにされておめおめ帰れるか。俺がやる」
戦士の男は背中の大剣を抜き、アレンの前で構える。
「おい、謝るなら今の内だぞ。店の商品を全部よこすなら許してやる。もちろんタダでな」
アレンがハァと再び溜息をついた瞬間、店内にドンッという鈍い衝撃音が響いた。魔法使いの男は目を疑った。 相方の男と店主の間には二〜三m程距離があったはずだ。それが一瞬にして距離を縮め、拳を腹にめり込ませていた。着ていた鎧は陶器のように粉々に砕け、戦士の男は無言でその場に崩れ落ちた。
「おい、そこの魔法使い崩れ」
「は、はい!」
アレンに話しかけられ、思わず背筋を伸ばし直立不動で凍り付く。
「そこのデカブツを連れて出ていけ。商売の邪魔だ」
「わ、わかりました。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
気絶した相方を引きずり、命からがら逃げ出していく男たち。 嵐が去った後の店内に、再び静寂が戻る。二人は溜息をつきながら、またいつもの、暇で平穏な日常へと戻っていくのであった。




