第十九話:エリーさん、頑張って下さい
「お前ら、うるさいぞ。……ところでディーネ、俺に何か頼みがあるんだろう?」
ディーネがアレンを見ると、すまんと手を合わせて頭を下げていた。彼女としても不本意ではあったが、背に腹は代えられない。
「サラマンダー、私も暇じゃないの。早く鱗をはがして私にちょうだい」
ディーネは、ふてぶてしく手のひらを差し出した。そんな頼み方があるか、とエリーは戦慄したが、予想に反してサラマンダーはあらかじめ用意していたらしい。彼は大人の手のひらを覆うほど巨大な、紅蓮に輝く自身の鱗をディーネに手渡すと、そのまま彼女の手を両手で愛おしそうに包み込んだ。
「これで足りるか? なんなら、あと二、三枚持っていくか?」
「いえ、もう十分よ」
ディーネは無慈悲にその手を振りほどく。
「そうか……」
四大精霊ともあろう者が、叱られた子供のようにシュンと肩を落とす。エリーは、これが先ほどまで大地を震わせていた存在と同一人物なのかと疑わずにいられなかった。あまりにも威厳がない。
ディーネは「よかったですね」と微笑み、受け取った鱗をそのままエリーへ手渡した。だが、エリーがそれに触れようとした瞬間、サラマンダーの眼光が鋭く彼女を射抜いた。
「……ところで。さっきからそこに居る女は誰だ」
「アレンの将来の奥さんになる方ですわ」
「な、なんてこと言うのよ! 私はグランシーヌ第四騎士団団長、エリー・グレイシアです! アレンとディーネには、私の任務を手伝っていただいたのです」
「何だと……?」
サラマンダーの瞳に、青い炎が宿る。エリーはその圧倒的な圧力に射すくめられ、目の前の男が文字通り「災害」そのものであることを再認識させられた。
「アレン。……貴様、エレナを失ってなお、グランシーヌの犬に成り下がっているのか」
「俺は別に……」
「言い訳は聞かん! やはり、貴様らに俺の鱗はやらん。どうしてもと言うなら、力ずくで奪い取ってみせろ」
サラマンダーはエリーに向けていた獰猛な視線を、そのままアレンへと移した。
「エリーと言ったか。貴様が俺に一太刀でも浴びせられるのであれば、何枚でも持っていくがいい。……ハンデだ、アレンが手伝うことも許可してやろう」
サラマンダーが目を閉じると、その全身から灼熱のオーラが噴き出した。右手には、凝縮された炎が形成した巨大な斧が現れる。その余波だけで周囲の岩が溶け始め、アレンとエリーは反射的に後ろへ飛び退いた。
「ちょっと、サラマンダー! やめなさいよ!」
ディーネが必死に制止するが、狂乱に近い精霊の耳には届かない。
「エリー、こうなったらやるしかない。俺が隙を作るから、なんとか一太刀頼む。……精霊同士は争えない制約があるから、ディーネは戦力外だ」
アレンにとって最悪に近い状況になってしまった。サラマンダー はディーネにべた惚れなのは分かっていた。ディーネが頼めば間違いなく任務は達成できると踏んでいたのだ。まさかエリーの実力を試すような条件を出されるとは。
だが、絶望的な状況ばかりではない。一つは、相手が「人型」であること。本来の姿に比べれば、その出力は何分の一にも抑えられている。そしてもう一つは、精霊は一度口にした誓約を絶対に違えないということ。エリーが攻撃を当てさえすれば、この「契約」は成立する。
「……ごめんなさい。私のせいで、こんなことに巻き込んでしまって」
エリーは折れかけた心に鞭打ち、腰の剣を抜いて構えた。
「別にいいさ。俺は巻き込まれに来たんだ。エリーが気に病むことじゃない」
「ふふ……やっぱり変な人ね」
「誰が変だ!」
言い合ううちに、エリーの体から不思議と恐怖が消えていた。
「――準備はいいようだな。行くぞ!」
サラマンダーが地を蹴った。
真っ直ぐエリーを狙う炎の巨斧。アレンがその射線上に割り込み、剣を抜いて受け止めるが、激突の衝撃でアレンの剣に嫌な亀裂が走る。
その刹那、アレンの背後からエリーが飛び出した。鋭い刺突がサラマンダーを襲うが、彼は紙一重で見切り、後ろへ下がる。エリーは止まらない。流れるような剣技で追い打ちをかけるが、人型のサラマンダーはそれを嘲笑うかのように華麗に回避し続ける。
「エリー! 深追いしすぎるな!」
「大丈夫! このまま、一太刀浴びせて――」
激しい金属音が洞窟内に鳴り響いた。エリーの剣が、サラマンダーの魔力を帯びた防壁に弾かれ、真っ二つに折れたのだ。宙を舞う剣先。サラマンダーがニヤリと笑い、無防備なエリー目掛けて斧を振りかぶる。
「あっ……」
回避は間に合わない。エリーは迫りくる死を覚悟し、ギュッと目を瞑った。
直後、横から弾き飛ばされるような衝撃を受け、彼女は地面へと倒れ込んだ。ゆっくりと目を開けたエリーの視界に飛び込んできたのは、地面に滴り落ちる大量の鮮血だった。見上げれば、アレンが彼女の身代わりとなって立ち、その左肩にはサラマンダーの斧が深々と突き刺さっていた。
「アレン!!」
エリーが悲鳴を上げるが、アレンは何事もなかったかのように彼女へ顔を向け、不敵に笑ってみせた。そして、肩に斧が食い込んだまま、その柄を右手で力強く掴み取る。
「エリー! 今だッ!!」
アレンの怒号に弾かれたように、エリーは立ち上がった。手元に残った折れた剣を握り締め、サラマンダーの胴目掛けて渾身の力を振り抜く。サラマンダーは突き刺さった斧を引き抜こうとしたが、アレンが肉を切らせて固定した右腕は、岩のように動かない。
斧を諦め、サラマンダーが手を離そうとした瞬間。エリーの折れた刃が、一瞬早く、精霊の胴体を真一文字に薙いだ。
「――ふっ、見事だ」




