第十七話:私もナデナデしてほしいです
岩肌を這うように登り続けると、やがて山腹に大きな横穴が口を開けていた。
「やっと着いたな。……ここをひたすら奥へ進めば、サラマンダーの住処に辿り着くはずだ」
アレンは穴の奥をじっと見据えた。その表情は真剣そのもので、この先に待ち受ける危険の大きさを無言で物語っている。周囲の空気が、緊張感でピンと張り詰めた。だが、その重苦しい静寂を切り裂いたのは、やはりディーネだった。
「じゃあ、ここからはアレンが先頭を歩いてくださいね? まさか、私のような『か弱い女の子』を盾にしたりはしませんよね?」
「……どこに魔人をあっさり片付ける『か弱い女の子』がいるんだ。ここには化物級の店員と、グランシーヌ最強の団長しかいないだろ。それに、女の子って歳でもないだろ、ディーネは」
「――また、ずぶ濡れになりたいのかしら?」
背筋が凍るような、低く冷ややかな声。アレンは目に見えて狼狽した。
「じ、冗談だよ、冗談! 当然、俺が前を歩くに決まってるだろ」
慌てて穴の中へ足を踏み出すアレン。エリーはその広い背中を、吸い寄せられるように見つめていた。ただ大きいだけでなく、後ろにいるだけで魂が安らぐような、絶対的な安心感。 (……誰かに守られるのも、案外、悪くないのかもしれない)そんな考えが頭をよぎり、エリーは適度な距離を保ちながら、彼の後を追った。
洞窟の奥へと進むにつれ、突然、エリーの身体が小刻みに震え始めた。
「……大丈夫か?」
「ええ、なんとかね。……これが、四大精霊の『霊圧』というやつかしら」
エリーは自分の両腕を抱きしめ、震えを抑え込もうとした。昨日まで、どんな強敵を前にしてもこれほどまでの恐怖を感じたことはなかった。だが今日は、すでに二度も本能が拒絶反応を示している。奥歯を噛み締め、腕に力を込めたその時――頭の上に、温かな掌が置かれた。
「心配すんな。何があっても、エリーのことは俺が守ってやるからな」
ハッとして顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべたアレンがいた。
「ちょっ……子供じゃないんだから、やめてよ! 慣れればこんな圧力くらい、どうってことないんだから」
エリーは真っ赤になってその手を振り払った。
「はいはい、そりゃ失礼しました」
アレンはひらひらと手を振りながら、再びゆっくりと歩き出す。エリーは振り払ったはずの自分の頭に、そっと手を置いた。そこにはまだ、アレンの掌のぬくもりが残っている気がした。……最後に誰かに頭を撫でられたのは、いつのことだっただろうか。思い返すほどに顔が熱くなり、彼女は激しく首を振った。
「エリーさん、羨ましいですぅ。それにしてもアレンったら、天然の女たらしなんですから。あんなことされたら、誰だって惚れちゃいますよね?」
横から、ディーネがニヤニヤと茶化してくる。
「だ、誰が惚れるのよ! 私はそんな安い女じゃないわ!」
「はいはい、そりゃ失礼いたしましたぁ」
ディーネは先ほどのアレンの仕草を真似て手を振り、楽しそうに追いかけていく。
(もう、なんなのよ……!)
ふざけるディーネに苛立ちつつも、エリーは自分の頬が火照っていることに気づく。きっと暑さのせいだと言い聞かせながら前進すると、不思議と先ほどまでの震えは嘘のように収まっていた。
さらに奥へ進むと、肌を焼くような熱気が一段と増した。アレンとエリーの肌には、滝のような汗が流れている。クーラードリンクがなければ、とっくに脱水症状で倒れていただろう。だが、やはりディーネだけは、涼風に吹かれているかのような涼しい顔だ。
「ディーネ、水。……さすがにきつくなってきた」
「はいはい、どうぞ」
ディーネがリュックから取り出したボトルを、アレンは受け取るなり一気に仰いだ。ぐびぐびと喉を鳴らして半分ほど飲み干すと、そのまま後ろのエリーへ放り投げた。
「エリーも飲んどけ。倒れちまうぞ。……全部飲み干していいからな」
「あ、ありがとう……」
受け取ったボトルをじっと見つめ、エリーの思考が一時停止する。
(……これって、いわゆる『間接キス』というものではないかしら?)
戸惑いが胸をかすめるが、何一つ持っていない自分を気遣ってくれたアレンに失礼だと自分を正当化し、思い切ってボトルの口を咥えた。一気に飲み干して息をつくと、ちょうどディーネと目が合った。彼女はすべてを見透かしたような、実に愉しげな笑みを浮かべている。
気恥ずかしさを誤魔化すように、エリーはディーネに問いかけた。
「……やっぱり、貴方の体っておかしいわ。この環境で汗一つかかないなんて。……アレン、貴方は不思議に思わないの?」
アレンが何かを知っているはずだ。そう確信して尋ねると、彼は歩みを止めずにさらりと言った。
「え? ああ、言ってなかったっけ。ディーネは――」




