第十六話:私、暑さには強いんです
アレンは差し出されたドリンクを一気に飲み干した。胃の中から冷気が広がり、火照った体の熱が引いていく。辺りを見渡せば、いつの間にか火山の中腹まで辿り着いていた。この先にある横穴の奥――そこが、求めるサラマンダーの住処であるはずだ。
「……ここから先は俺たちが鱗を貰ってくるから、この辺で待っていてくれ、なんて言っても無茶だよな」
「よく分かっているじゃない。貴方たちに危険を押し付けて、私だけ安全な場所で待っているなんて、耐えられないわ」
「……だよな」
アレンは苦笑した。だが、その胸中には拭いきれない不安が渦巻いている。何としてでも、サラマンダーから彼女を守り抜かなければならない。もう二度と、目の前で大事な人を失うわけにはいかないのだ。
(……大事な人、か)
無意識に浮かんだ言葉に、アレンは慌てて首を振った。エリーは彼女――エレナじゃない。似て非なる存在だ。だが、それでも「失ってはならない人」であることに変わりはなかった。
「……ボーッとして、どうしたのよ。そんなんで大丈夫なの?」
「別にボーッとなんかしてねぇよ! 対策を練ってたんだ、対策を!」
「へぇー、本当かしら」
疑いの眼差しを向けるエリーに対し、アレンは「前を向け」と指示を出した。そして、彼女の背に右手をかざす。
「――『ファイアウォール』」
詠唱と共に、柔らかな光の膜がエリーの全身を包み込んだ。
「これって……炎系統の干渉を防ぐ保護魔法よね? 効果のほどはどうなのかしら」
エリーは珍しそうに自分の腕を見つめる。
「さっきまで着ていた特注の鎧よりは、大分マシなはずだぞ」
「大分マシ、ね。……やっぱり貴方、ただの店主っていうには無理があるわ」
エリーはグランシーヌ騎士団の戦力をすべて把握しているわけではない。だが、少なくとも自分の知る限り、アレンの魔法の冴えは宮廷魔導師をも凌駕しているように見えた。実力への驚嘆は、いつしかアレンという「個人」への深い興味へと形を変えていく。どうやってこれほどの力を得たのか。なぜこれほどの男が辺境で隠居するように暮らしているのか。そして――なぜ、出会ったばかりの自分にこれほど尽くしてくれるのか。
次々に溢れる疑問は尽きないが、今は任務が最優先だ。王女の病は一刻を争う。
(生きて帰らなきゃいけない理由が、また増えちゃったな……)
そんなことを思いながら、エリーは岩と砂が積み上がる険しい道を進み始めた。
「ところで……この辺り、全然魔物がいないのね」
火口が近づいているというのに、魔物どころか一匹の虫すら見当たらない。
「サラマンダーの絶対的な縄張りだからな。魔物は一切寄り付かないし、そもそもこの酷暑の中で生きていける生物なんてそうそういない」
アレンの言う通りだ。クーラードリンクがなければ、今頃は自分も熱中症で倒れていただろう。
「そろそろドリンクの効果が切れる頃ですよ」
ディーネが手際よく二本目のボトルを差し出す。一気に飲み干したところで、エリーはある違和感に気づいた。
「そういえばディーネ。貴方、火山に入ってから一度もドリンクを飲んでいないんじゃない? 大丈夫なの?」
ディーネは二人にアイテムを渡すばかりで、自分から口にしている様子が一切ないのだ。それなのに、彼女は汗一つかかず、呼吸も乱れていない。
「私は体質的に暑さに強いので、大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」
ディーネはいつも通り、たおやかな微笑みを返した。エリーは思わず彼女の肌を注視した。この酷熱の中にあって、さらりと乾いている。
(暑さに強い……なんて次元じゃない。まるで、暑さそのものを『感じていない』みたい……)
「……大丈夫なら、いいのだけれど」
「ええ。さあ、行きましょう。もうすぐ『お目見え』ですよ」
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