第十五話:それは禁句です
三人が休憩を終え、びしょ濡れになったアレンの着替えを待ってから歩き出すと、周囲の景色は一変していた。湿り気を帯びた熱帯の森はいつしか途切れ、目の前には草木一本生えていない、剥き出しの岩と砂に覆われたマグニー火山が現れた。山へと続く道には、熱気に焼かれて立ち枯れた木々が、まるで墓標のようにそびえ立っている。
「……やっと着いたか」
「そうね。それにしても、尋常じゃない暑さだわ。四十℃……いえ、それ以上あるんじゃないかしら」
「サラマンダーの住処はもっと過酷だぞ。エリー、そろそろ『クーラードリンク』を飲んでおけよ」
クーラードリンク――酷暑の環境下でも強制的に体温を一定に保つ魔法薬だ。一本で一時間は効果が持続するが、それなりに高価なため、使用するタイミングが重要となる。
「……持っていないわ。予備のアイテム類はすべて部下に預けていたから。そのまま逸れてしまったの」
「はぁ、なるほどね。……よくそんな状況で、一人でも行くなんて言えたな」
「……何もできず、自分一人だけ生き残っておめおめと帰るわけにはいかないわ。無茶をして死ぬ方が、よっぽどマシよ!」
エリーが自らを律するように強く言い放った、その時だった。アレンの目つきが、一瞬で凍りつくような鋭さに変わった。
「……え?」
エリーが戸惑う暇もなかった。アレンは無言のまま、傍らにあった巨大な枯れ木を拳で殴りつけた。凄まじい衝撃音が響き、彼は振り返りもせずに一人で火山へと足を踏み入れていく。
「な、なによ急に怒り出して……! 私、何か変なこと言った!?」
背中に向けて叫ぶが、アレンは無視してひたすら前進を続ける。わけが分からず「なんなのよっ」と憤慨して一歩踏み出そうとしたエリーを、ディーネが静かに制した。
「エリーさん。これを」
手渡されたのは、冷たく冷えたクーラードリンクだった。
「あ、ありがとう。……代金は、後で必ず払うわね」
「ええ。……ちゃんと『生き残って』、お店でアレンに払ってあげてください」
ディーネの含みのある言い方に、エリーはハッとした。
「……アレンは、私が『死んだ方がマシ』って言ったことに怒ったの?」
「どうでしょうね。ただ、あの人は『人の死』に人一倍敏感ですから……。特に、自分に関わった人間の死には」
「……何か、あったの?」
「ふふ。それも、無事に町へ帰ってからのお楽しみ、ということで。……気になることが多いほど、死にたくなくなるでしょう?」
「……それもそうね。分かったわ、アレンを追いかけましょう」
「ええ。あの人、意地を張ってまだドリンクを飲んでいないはずですから、今頃汗だくですよ。せっかく着替えたのに」
二人は通じ合った姉妹のように小さく笑い合うと、ドリンクを飲み干し、駆け出すようにアレンの後を追った。
しばらく走ると、前方にアレンの背中が見えてきた。追いつく直前、ディーネがもう一本のボトルをエリーに差し出した。
「これは?」
「エリーさんから渡してあげてください。……仲直り、しなきゃいけませんしね?」
「な、仲直りって……別に喧嘩したわけじゃないし、一方的にあっちが……」
「いいから。頼みましたよ?」
ウィンクをして足を緩めるディーネに、エリーは「……しょうがないわね」としぶしぶドリンクを受け取った。
近づくにつれ、アレンの背中が汗でぐっしょりと濡れているのが分かった。エリーは歩調を合わせ、彼の横に並ぶ。ちらりと横目で伺ったその横顔は、まだ苦虫を噛み潰したような不機嫌さを湛えていた。
「……ちょっと止まりなさいよ、アレン」
アレンは「……何だよ」と短く応じて足を止めた。エリーは、持っていたボトルを無造作に差し出す。
「これ、あげるわよ。汗、ひどいわよ」
アレンは受け取った瓶をじっと見つめ、眉を寄せた。
「あげるって……これ、うちの商品だろ」
「私が今買ったのよ。それを、貴方に譲るんだからいいでしょ。……お金は、ちゃんと町に戻ってから払うから。騎士団長として、踏み倒したりはしないわ」
その言葉に含まれた意味を理解したのか、アレンの強張っていた表情が、わずかに和らいだ。
「……それ、意味あるのかよ。ディーネが直接俺に渡せば済む話だろ」
「……私も、そう思うわ」
そう言って顔を見合わせた二人の間から、先程までの棘のある空気は、火山の熱気に溶けるように消え去っていた。
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