第十話
新しい部隊へ所属することになったわたしたちは、街の中で聞き込みを続けていた。
NOTEへ入ってから1週間。
だけど、収穫はほとんどない。
「やっぱ情報ないなぁ…」
律が最初に音を上げた。
ベンチへ倒れ込むように座り込み、だらしなく足を投げ出す。
「違法薬物なんてもん、ほんまに出回っとるんか?」
律は空を見上げながらぼやく。
「こんだけ警備厳重な街で、わざわざ薬なんか売るアホおるんかいな」
公安都市白書。
この街は世界中の貴重書を保管している。
だからこそ警備も異常。
大通りには無数の防犯カメラ。
ただここ数週間だけ、妙に事件件数が増えていた。
殺人事件。
廃人化。
失踪。
NOTEでは、それらすべてが“違法薬物”によるものだと考えられていた。
「実際、事件件数は増えてる」
わたしは端末を確認しながら答える。
「でも、防犯カメラにも売人らしき人影は映ってない」
「なら次は?」
律がだるそうに聞く。
わたしは地図を見ながら答えた。
「路地を調べる」
「えぇ…」
律が露骨に嫌そうな顔をする。
だけど、わたしは無視して歩き出す。
すると結局、律も後ろからついてくる。
律は口うるさい。
だけど、なんだかんだ最後までついてくる。
暗い路地へ入った瞬間、空気が変わった。
湿っていて、生臭い。
大通りの光も届かず、壁は薄汚れている。
足元をネズミが走り去っていく。
細い配管からは、ところどころガスが漏れ出している。
「この前も思ったけど、路地、怖ないんか?」
律が周囲を見回しながら聞いてくる。
「いや?」
わたしは即答した。
路地は怖くない。
わたしにとって恐怖は、“死を想像した瞬間”にやってくる。
血、ナイフ、殺意。
あの日の感覚。
ただ、死ぬから怖いのではない。
体が動かなくなり、何もできなくなることが怖い。
「ほんま可愛げないなぁ」
「必要?」
「めっぽう必要」
「そう」
わたしは適当に聞き流しながら奥へ進む。
白書は、中心から外れるほど警察の力が弱くなる。
だから裏社会の人間は外側へ集まる。
今回の薬物も、おそらく同じだ。
一時間ほど歩き続けると、路地が少し開けた。
小さな広場のような空間。
三方向へさらに細い道が伸びている。
隅には木箱が大量に積まれていた。
その時。
一匹のネズミが、木箱の隙間へ潜り込んだ。
わたしは目を細める。
「律」
「この木箱、動かせる?」
「はいはい」
律はだるそうに木箱を持ち上げ始める。
すると。
その奥に、古びた扉が現れた。
小さな看板。
『ネーム』
バーみたいな店名だった。
「あかんなぁこれ」
律が端末を確認する。
「店の登録情報ないわ」
つまり違法営業。
裏社会向けの店。
薬物取引にはうってつけだ。
ただ、中から物音はしない。
鍵も開いている。
わたしたちは目を合わせると、そっと扉を開けた。
中には古びた机と椅子、酒瓶。
だけど埃は少ない。
最近まで使われていた形跡が確かにあった。
さらに奥へ進む。
そこには、大量の結晶が詰め込まれた木箱が積まれていた。
壁には赤いスプレーで文字が書かれている。
『言葉は力を与える』
『力は世界を支配する』
「…完全に黒やん」
律が呟く。
わたしは急いで端末で写真を撮っていく。
その時だった。
ガチャ――。
入口の扉が開く音。
「まだランク紫を手に入れられねぇのか!」
男の怒鳴り声が響く。
「あれがねぇと……」
複数人。
しかも多い。
「アル、ここ離れるぞ」
「捕まえないの?」
「無理や」
律が窓の外を指さす。
そこには二十人以上の人影。
「囲まれとる」
「おい、そういえば木の箱誰がどけたんだ?」
男が侵入者に気づいたその瞬間、律はわたしを抱き上げる。
「逃げるで」
次の瞬間。
バンッ――!!
律が扉を蹴り破った。
男たちの横を強引に突破する。
「おい!ネズミだ!」
「追え!」
一斉に足音が響く。
わたしたちは狭い路地を全速力で駆け抜けた。
最初は距離の差がひらいていた。
しかし、男たちが結晶を飲み込んだ次の瞬間。
彼らはあり得ない速度で距離を詰めてきていた。
「うそやろ!?」
「追いついてくるんかい!」
「バケモンやろ!」
律が叫ぶ。
その瞬間。
「てめぇが一番化け物だろ!」
追いついてきた、男の一人が上から剣が振り下ろした。
律はさらに地面を強く蹴りながら急加速し、ギリギリで回避する。
刃が地面へ突き刺さり、火花が散る。
ただ、敵の速度が落ちない。
むしろ速くなっている。
律の呼吸が荒くなり始めていた。
このままじゃ追いつかれる。
その時だった。
わたしは、路地の天井付近を見た。
古い配管。
そこから大量のガスが漏れている。
「律!」
「右の配管切って!」
「はぁ!?」
「早く!!」
律は意味が分からないまま刀を抜く。
次の瞬間。
斬撃が走る。
ブシュゥゥッ――!!
大量のガスが路地へ噴き出した。
「次、ナイフ投げて!!」
「忙しいなおい!?」
律は腰からナイフを取り出す。
そして、追ってくる男たちのほうへ投げる。
キン――。
火花が散る。
次の瞬間。
ボッ――!!
漏れ出していたガスへ火が走った。
路地の奥で、小さな爆発が連鎖する。
「うおっ!?」
「がっ!?」
追手たちの足が止まる。
炎と煙が視界を覆い、男たちの足を止めた。
「今や!!」
律はわたしを抱えたまま地面を蹴る。
一気に加速。
建物の壁を蹴りながら、さらに上へ飛ぶ。
わたしたちは屋根の上へ着地した。
下では、炎に包まれた路地が赤く燃えている。
ただ。
完全に倒したわけじゃない。
男たちはまだ動いていた。
「チッ、しぶといなぁ」
律が舌打ちする。
「でも、足止めにはなった」
わたしが言うと、律はニヤリと笑った。
「アルちゃん、頭回るやん」
そのままわたしたちは屋根伝いに走り去っていく。
やがて。
後ろの足音が完全に消えた。
律はようやく足を止める。
「……っはぁ」
「……死ぬか思った」
壁へ背中を預けながら、律が荒く息を吐く。
わたしも心臓が激しく鳴っていた。
だけど。
律は息を切らしながら、こちらを見る。
「アルちゃん、最高やわ」
わたしは、自分の震える手を見つめた。
「……でしょ?」
わたしたちは、小さく拳をぶつけ合った。




