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第九話

「あの、クマさん」

「私たちに隠していること、ありませんか」

 燃え上がるアパートから戻ったわたしたちは、そのままクマさんの執務室へ来ていた。

 部屋の中には、静かなクラシック音楽が流れている。

 ただ、部屋の空気は重い。

 机の上へ置かれた紅茶から、細い湯気だけが立ち上っている。

「…なんのことだ」

 クマさんは椅子へ深く腰掛けたまま答えた。

「ランク紫の書物が外部へ持ち出されていた件についてなら、我々も把握していなかった」

「申し訳ない」

 クマさんは静かに頭を下げる。

 わたしは紅茶を一口飲んだ。

 温かい。

 だけど、胸の中の違和感は消えなかった。

 おかしい。

 この街は異常なほど警備が厳重だ。

 一般人ですら監視されている。

 そんな場所で。

 “誰も触れてはいけない本”が盗まれた。

 しかも、誰にも気づかれないまま。

 さらに、その本は光り、爆発した。

 そして、律から聞いた話だと今回の事件を“勧めてきた”のはクマさん自身だと言う。

 偶然にしては出来すぎている。

「…本当に知らなかったんでしょうか」

 わたしは静かに問い返した。

 その瞬間。

 律が驚いたようにこちらを見る。

「そう言うとるやないか」

 律は不思議そうに眉をひそめる。

 だけど、クマさんは違った。

「……何が言いたいんだ」

 低い声だった。

 空気が重くなる。

 わたしは思わず喉を鳴らした。

 怖い。

 この人は、律を片手で吹き飛ばした。

 本気で怒れば、きっとわたしなんて簡単に潰せる。

 それでも。

 ここで止まるべきじゃない気がした。

「この街では、窃盗みたいな軽犯罪も含めれば、一週間に五百件近い事件が起きています」

 わたしは震える足を必死に押さえながら続ける。

「その中で」

「わざわざ、わたしたちへ勧めた事件でランク紫の書物が出てきた」

「そんな偶然、あるんでしょうか」

 部屋が静まり返る。

 時計の針の音だけが響いている。

「つまり」

 クマさんが静かに口を開く。

「私が、君たちを殺そうとしたと?」

 圧が強くなる。

 空気が重い。

 呼吸が苦しい。

「いえ」

 わたしは首を横へ振った。

「クマさんが、わたしたちを殺す理由はないと思います」

 そう。

 殺すだけなら、もっと簡単な方法がある。

 そもそも。

 エバさんが、そんな人へわたしを預けるはずがない。

「ただ」

「別の目的があったんじゃないでしょうか」

 クマさんの目が細くなる。

 わたしは続けた。

「クマさんは、ランク紫の存在を知っていた」

「そして」

「わたしたちなら対処できると考えて、現場へ向かわせた」

 律が目を見開く。

「…は?」

「お前、何言っとんねん」

 律は信じられないという顔でこちらを見た。

「ワイがおらんかったら、お前死んどったやないか」

「そんな危険なこと、クマさんがさせるわけ――」

「逆です」

 わたしは律の言葉を遮った。

「律がいたから、行かせたんです」

 律が黙る。

 クマさんは何も言わない。

 ただ静かに聞いている。

「クマさんは、律なら絶対に死なせないと知っていた」

「それに」

「実際、あの場で“本”を見て生き残ったのは、わたしたちだけです」

 わたしは机を見つめながら続ける。

「もし他の人間が生き残っていたら」

「あの光」

「あの文字」

「ランク紫の情報が漏れる」

「それを防ぎたかったんじゃないですか」

 重い沈黙だった。

 わたしはだんだん不安になってくる。

 全部、間違っていたらどうしよう。

 その時だった。

 パンッ――。

 部屋へ大きな拍手が響いた。

 クマさんだ。

「…すまない」

「少し、試すような真似をしてしまった」

「え」

 律が固まる。

「ほ、本当なんか?」

 クマさんは小さく笑った。

「やっぱり、頭脳面では律はダメダメだな」

「なんやそれ」

 律が抗議する。

 だけど。

 クマさんは真面目な顔へ戻った。

「アル君」

「君の推測は、半分正解だ」

 半分。

 わたしは小さく息を呑む。

「確かに、ランク紫の存在はこちらも把握していた」

「だが」

「計画したのは私じゃない」

「エバさんだ」

 その名前を聞いた瞬間、胸がざわついた。

「…エバさんが?」

「もし」

「君たち二人が、きちんと“組める”状態になったなら今回の事件に向かわせる。そして今回の事件を生き残り我々の考えを理解できたなら、正式に任命してほしい」

「そう頼まれていた」

「任命…?」

 クマさんは静かに立ち上がる。

 窓の外の白書を見つめながら、低い声で続けた。

「律は身体能力が異常だ」

「ただ、考えるのは苦手だ」

「アル君は逆だ」

「知識と観察力は優秀だが、まだ弱い」

 そして。

 クマさんはゆっくりこちらを振り返った。

「二人で、ようやく一人前だ」

 律が不満そうに眉をひそめる。

「ランク紫があるって知ってたなら、なんで警察官を行かせたんや」

 律は静かに怒っていた。

「それなら問題ない」

「問題ない?」

「人を殺しておいてか!」

 律がクマさんの胸ぐらを掴む。

 だけどクマさんは動じない。

「彼らなら全員生きている」

「…は?」

 わたしは思わず声を漏らした。

 あの爆発の中で。

 助けることなんて不可能だったはずだ。

「爆発する直前、光が収束した瞬間があっただろう」

「あのタイミングで窓から全員引き上げた」

 わたしは息を呑む。

 確かに。

 大量のガラスが散っていた。

 あれは爆風だと思っていた。

「私が窓を破って入ったんだ」

 律も、わたしも言葉を失う。

 クマさんは静かに椅子へ座り直した。

 そして。

 わたしたちをまっすぐ見つめる。

「君たちには、NOTEへ入ってもらう」

「NOTE…?」

「白書の裏側を扱う部署だ」

「君たちが知りたいこと」

「ランク紫」

「あの光」

「そして、“魔女”についても」

「そこへ入れば、いずれ知ることになる」

 “魔女”。

 その言葉を聞いた瞬間。

 また背筋が冷たくなった。

 身体の奥がざわつく。

 わたしは無意識に、自分の腕を掴んでいた。

 クマさんは静かに続ける。

「もちろん危険も多い」

「だからこそ、今回の件は適性試験でもあった」

「どうする」

「NOTEへ入るか?」

 部屋の空気が静まり返る。

 律は腕を組みながら、ちらりとこちらを見た。

「まぁ、ワイはそのつもりやけど」

「アルちゃん次第やな」

 突然話を振られ、わたしは言葉に詰まる。

 だけど。

 知りたかった。

 あの光の正体を。

 “魔女”という言葉を聞くたびに身体が震える理由を。

 そして。

 雪原で倒れていた、わたし自身のことを。

 わたしはゆっくり顔を上げる。

「…入ります」

 その瞬間。

 クマさんは静かに笑った。

こうして、わたし達は白書の裏部隊NOTEに所属することになった。


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― 新着の感想 ―
とりあえずここまで読ませていただきました!知と体力を補うバディ結成ですね♫これからの期待も込めて、ブクマとお星さま置かせていただきます!
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