一年生最後の行事
翌日。教壇に立った新田先生が教室全体を見渡し、パンパンと手を叩いて生徒たちの意識を集めた。
「よし、みんな、昨日で全員レベル10に到達した。そこで、注意事項だけ言っておくぞ」
食い入る様に新田先生を見つめる生徒たち
「授業でも散々言ってあるが、好奇心から使いたくなっても町中での魔法やスキル使用は高校生でも逮捕されるから絶対に使用するな。これは絶対だからな」
「それとこれからの年間スケジュールについて説明するぞ」
「まず、一年生のダンジョン探索授業は一旦これで終了だ。次に行われるのは二年生になってからになる」
その言葉に、教室のあちこちから安堵の溜息や、どこか残念そうな声が上がった。
「そして――二年生では、レベルが止まった者と、さらにレベルを上げていく者とでクラスが分かれることになる」
その瞬間、教室の空気がガラリと変わり、ザワザワと大きなどよめきが広がった。
「クラスが分かれるって……みんなバラバラになっちゃうってことですか?」
女子生徒の一人が不安そうに尋ねると、新田先生は静かに頷いた。
「そういうことだ。二年生に上がる時にクラス替えが行われる」
重苦しい沈黙が広がりかけた教室で、先生は空気を変えるようにパンと手を打ち直した。
「そこで、もう一つ連絡がある。来月、毎年恒例の文化祭を行う!」
「文化祭か!」
「何やるんだろう」
先ほどまでの暗い雰囲気が吹き飛び、生徒たちの間から期待に満ちた歓声が上がった。
新田先生は、そんな生徒たちの表情をやわらかな目で見つめながら続けた。
「二年生になればクラスも分かれる。つまり、このメンバー全員で参加する最後の大きな行事になるわけだ。悔いのないよう、しっかり楽しんでくれ」
本来、文化祭といえば秋の行事だった。
しかし、ダンジョン探索授業が義務教育に組み込まれて以降、年間スケジュールの都合上、今では毎年三月に開催されるのが定例となっている。
つまり、クラスメイト全員で過ごせる最後の時間が、すぐそこまで迫っていた。
「ではまず、文化祭の実行委員を二人決める。誰か立候補はいないか?」
先生が教壇から見渡すものの、さっと静まり返る教室。
いつもの光景だ。面倒な係を好き好んで引き受ける者など滅多にいない。誰かが挙手するのを待ち、最終的に指名されるまで不自然な沈黙が続く。
――だが、今回は違った。
「はい! 俺、やります!」
迷いなく勢いよく手を挙げたのは、健一だった。
「お、石井か。引き受けてくれるのか?」
「はいっ!」
(ふふふ……すべては内申書のためだ……!)
健一は心の中で熱く拳を握りしめていた。
文化祭実行委員の経験は、生徒調査書にしっかりと記載できる絶好の実績。多少の面倒はあるにせよ、将来「安泰な公務員」になるための先行投資と考えれば、お安い御用だった。
「じゃあ……私もやります」
健一に続いて、すっと手を挙げたのは佳苗だった。
「お、斎藤もか。よし、二人とも頼んだぞ」
「はい、よろしくお願いします!」
佳苗はハキハキと返事をする。
健一が隣で「佳苗もやるんだな」と何気なく声をかけると、佳苗はパッと花が咲くような笑顔を向けた。
「うん! ケンと一緒にやるなら楽しそうだし」
――けれど、本当はそれだけじゃない。
二年生になれば、レベルが止まった者と、さらに先へ進む者でクラスが完全に分かれてしまう。
『剣士』のジョブを得た自分と、レベル10で成長が止まった健一。
きっと、別のクラスになってしまうだろう。
幼い頃からずっと当たり前のように隣にいて、一緒に学校に通っていた。けれどこれからは、教室も、受ける授業も、一緒に過ごす日常の景色も変わってしまうかもしれない。
(……二年生なったらケンと一緒にいられる時間、減っちゃうんな)
胸の奥が、ツンと小さく痛む。
健一は、佳苗の淋しさには気づいていない。
レベルが止まったことをあんなに無邪気に喜んでいたし、これからは夢である公務員になるため、勉強に専念できるのだから。
それは健一がずっと望んでいた未来だし、佳苗だって心の底から応援したいと思っている。
けれど――。
(もう少しだけ……ケンと一緒にいられたらいいのにな)
佳苗は胸の中でそっと呟き、健一の横顔を愛おしそうに見つめた。
「ん? どうした?」
視線に気づいた健一が首を傾げ振り返る。
「ううん、なんでもない!」
佳苗は慌てて手を振り、いつもの元気な笑顔を作ってみせた。
(大丈夫。今はまだ、同じ教室で同じ時間を過ごせている。二人で一緒に文化祭だって準備して、思い切り楽しめるんだから)
今から寂しがっていたらもったいない――そう自分に言い聞かせるように、佳苗は深く息を吸い込んだ。
「よし、他には立候補はいないな? では文化祭実行委員は石井と斎藤に決定だ!」
「「よろしくお願いします!」」
健一と佳苗の声が重なる。
今までと同じ、当たり前だった毎日が終わろうとしている。
そんな予感を胸の奥にそっと隠しながら、佳苗は隣に立つ幼馴染の能天気な笑顔を、大切そうに横目で見つめていた。
「それじゃ、実行委員も決まったことだし、何をやるか決めるぞ。石井と斎藤は前に出て仕切ってくれ」
「「はい!」」
新田先生に促され、健一と佳苗は教壇の前へと移動した。
黒板の前に立ち、チョークを手にした健一は、大きく息を吐いてクラス全体を見渡した。
「えーっと、それじゃあ……文化祭で何をやりたいか、みんな自由に意見を出してくれ」
……が、一向に手は挙がらない。教室を気まずい沈黙が包み込む。
「……あれ? 誰もいないのか?」
「ケン、まだ始まったばかりだよ。みんな考えてる最中なんじゃない?」
佳苗が横から小声でフォローを入れる。
「そ、そうだな。じゃあちょっと待つか――」
「はい! 喫茶店!」
突然、教室の後ろから威勢のいい声が上がった。
「お、喫茶店か。いいな、他には?」
「メイド喫茶がいい!」
「それお前がやりたいだけだろ!」
「いいじゃん! 文化祭といえばメイド喫茶だろ!」
「いや普通の喫茶店でよくない!?」
一人が口火を切った瞬間、堰を切ったようにあちこちから声が上がり始め、教室は一気に賑やかになった。健一は慌てて黒板にチョークを走らせる。
「えーっと、喫茶店、メイド喫茶……っと。他には?」
「お化け屋敷!」
「定番だな!」
「脱出ゲームとかどう?」
「それ絶対面白いやつ!」
「演劇もやりたい!」
「ちょっと待って、ケン! 全部書いてたら黒板埋まっちゃうよ!」
佳苗が苦笑しながら制止する。
「おっと、そうだな。とりあえず整理するか」
健一は黒板を見上げた。
「今のところ……喫茶店、お化け屋敷、脱出ゲーム、演劇だな。他に何かあるか?」
すると、窓際に座っていた男子生徒がひらひらと手を挙げた。
「なあ、ダンジョン関連の展示とかはどうだ?」
「ダンジョン関連?」
「ほら、俺たちダンジョン探索の授業を受けただろ? そのときに撮った映像とか、魔物の資料とかを展示するんだよ」
「あ、それも文化祭らしくてすごく良いかも!」
佳苗が好感触を示す。
「でもさ、映像ってどうやって用意するんだ?」
「授業で撮影した動画があるだろ。先生に聞けば使わせてもらえるんじゃないか?」
「なるほどな」
健一は黒板に『ダンジョン展示』と書き加えた。
(うーん……どれも準備がめちゃくちゃ大変そうだな……)
健一は内心で頭を抱えた。
そもそも実行委員に立候補したのは、すべて内申書のためだ。決して文化祭に情熱を燃やしているわけではない。
できることなら効率よく進めて、余計な苦労をせずにサクッと終わらせたいのだ。
(……いや待てよ? ここでクラスをビシッと仕切って大成功させれば、内申書の評価がさらに跳ね上がるんじゃないか!?)
ゲスい思惑で急速に気合いを入れ直す健一。
「よし! じゃあ、今出た候補の中からどれにするか――」
「石井、ちょっといいか?」
男子生徒が割り込む。
「候補を絞る前に、みんながどれを一番やりたいか票を取ろうぜ!」
「あ、確かに……そうだな。じゃあ、みんなどれがいい――」
問いかけた瞬間、教室は収拾のつかない大狂乱へと突入した。
「絶対に喫茶店!」
「お化け屋敷一択だろ!」
「俺は死んでもメイド喫茶がいい!!」
「だからお前はそればっかりかよ!」
「うるせえ! 男には譲れない夢があるんだよ!」
「お化け屋敷にだって男の夢は詰まってるぞ!」
「それ夢じゃなくてただの恐怖だろ!」
「どっちも似たようなもんだろ!」
「全然違うわ!!」
飛び交う怒号、主張し合う男子生徒たち、苦笑いする女子たち。教室のボルテージは上がり続け、完全にカオスと化した。
「ちょ、ちょっとみんな! 順番に話そうよ!」
佳苗が声を張り上げるも、大歓声にかき消される。
「だからメイド服を着た女の子が――」
「お化け屋敷のクオリティを上げれば――」
「ダンジョンの資料展示も捨てがたいって!」
「みんな! 一旦落ち着けー!!」
健一の叫びも虚しく、議論は迷走を極めていた。
「……ケン」
「……なんだ、佳苗」
「これ、本当に今日中に決まるのかな……?」
「……俺に聞かないでくれ」
二人が教壇の上で遠い目をして顔を見合わせていた、その時だった。
「おーい! お前たち、いつまで騒いでるんだ!!」
教壇の脇から、新田先生の雷のような一言が落とされた。
ピシャリと、一瞬で教室が静まり返る。
「まったく……。石井、斎藤。クラスをまとめるのも実行委員の大事な仕事だぞ」
「す、すみません!」
健一と佳苗は揃って頭を下げた。新田先生は呆れたように肩をすくめる。
「まあいい。時間は限られているんだ。今日中に大まかな候補くらいは絞っておけよ」
「今日中ですか!?」
「当たり前だ。来月には本番なんだからな。いつまでも決まらなきゃ準備が間に合わん」
「そ、そうですよね……」
健一はガックリと肩を落とした。
(うう……内申書のためとはいえ、完全に引き受けるタイミングを間違えたか……?)
頭を抱える健一の横で、佳苗がクスクスと優しく笑った。
「大丈夫だよ、ケン。みんなで協力して、良いアイデアをまとめれば絶対に決まるって」
「……そうだな。よし、もう一回仕切り直すか!」
健一はポンと自分の頬を叩き、再び黒板の前に立った。
黒板に書かれた『メイド喫茶』『普通の喫茶店』『ダンジョン展示』の文字を交互に見比べる。
(……待てよ? 意見がバラバラでまとまらないなら、いっそう事合体させちゃえばいいんじゃないか……!?)
健一の脳裏に、電撃のような閃きが走った。
「よーし! みんな、もう一度聞いてくれ!」
「メイド喫茶!」
「だからそれは一旦置いとけって!」
教室に再びドッと笑いが起きた。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべた健一は、黒板に向かってチョークを力強く走らせ始めた――。




